STAGE.14 攻略対象達の様子が最近ちょっとおかしいんだが
最初に異常を訴えたのは瑠維だった。
「ねぇ、瑠架。ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに?」
「しばらく一緒に登下校してくれない?え、と……ダンスの日とかもできれば」
基本的に、瑠架と瑠維は一緒に行動することが多い。
部活動には入っていないかわりに二人一緒に児童会の手伝いをしているし、朝はもちろん余程時間があわない限りは一緒に出ているし。
例外があるとすれば児童会の手伝いで瑠架だけ残される時か、週に一度のダンス教室の日か、それとも日直などで朝早く登校しなくてはいけない時くらいだろうか。
「それはいいけど、なにかあったの?」
「うーん……なんかね、最近ちょっと変な視線を向けられることが多くって。それも僕一人の時に」
「え?それってあれ?いつも発生する変質的な……」
「それとはまた違う気がするんだ。なんて言ったらいいかな、なんか肉食獣につけまわされてる的な」
「はぁ?肉食獣?」
わからない、と頭を振る瑠架に瑠維も僕もわかんないと軽く俯く。
10歳になった瑠維と瑠架は相変わらず外見上はそっくりだ。
どちらも可愛らしい外見で男女ともに人気があり…………そう、その『男女ともに』というのが瑠維にとっては曲者なのだ。
瑠架が『女子』に好かれるのはまだいい。可愛いと愛でてくれるレベルなので、彼女もそれは容認している。
だが瑠維の場合、『男子』にまでモテてしまうのは非常に問題なのだ。
まだ学校内の男子生徒に熱い視線を向けられるくらいなら、いい加減瑠維も慣れたし対応もできる。
だが道を歩いている時などにふと振り向けば変質者的な男性につけまわされていたり、いきなり服を着ていない変態さんに登場されたりすることもあり、姉弟の中で一番厳重な防犯グッズを持たされているのは実は瑠維である。
(いつもの変態さんとはちょっと違うか……肉食系ショタコンでも現れたかな?)
その場はひとまずいいよと了承しておいて、瑠架は珍しく早く帰ってきた父のいる書斎を訪ねた。
早く帰ってきたとしても食事や風呂以外は大体書斎にこもりっきりの父のもとに、姉弟達が顔を出すのは珍しい。
交流がないわけではないのだが、書斎に引きこもっている場合大体が仕事関連であることはわかっているので、邪魔をしないようにと幼いながらも配慮しているからだ。
そんなわけで、瑠架が顔を出したことに父は意外そうな顔をしたが、あっさり中に招き入れてくれた。
「お父さん、瑠維に護衛をつけることはできませんか?」
「なんだ、藪から棒に。また変態が増殖してきたか?」
「そうじゃないんですが……実は瑠維がちょっと気になることを言ってまして」
彼女は、瑠維が話していた『よくわからない感覚』のことを素直に父に打ち明けた。
『肉食獣』の辺りでさすがに驚きを露にした父も、何か思い当たることがあったのか「ふむ」と腕を組んで考えこんでしまう。
(あれ、他にもなにかあったのかな?)
「実は瑠璃からも相談を受けていてな」
「え、姉さんにもなにか?」
「いや。被害にあっているのはどうやら遥斗君らしい。最近になって、熱狂的なファンらしい子から頻繁に手紙が届くようになったらしいんだが……手紙に消印がないようなんだ」
「…………はぁ。それは熱狂的だけじゃ済みませんね」
「わかるか。つまりそういうことなんだ」
遥斗がファンから手紙をもらうのは何も今に始まったことではない。
一宮の護衛がしっかりガードしているからか待ち伏せや付き纏いの被害にはあっていないかわりに、机の中に手紙が入れられていたりそれが呼び出し状だったりと、主に学校内でささやかなアプローチを受けることがよくある。
まれに勇気ある子が家に手紙を送りつけてくることもあるが、そういった場合は本人に渡される前に厳しい検閲を受けることになるため、遥斗がそれを目にすることは殆どない。
(消印がないってことは直接ポストに入れたってことで…………うわあ)
チャレンジャーだなぁ、という思わず洩れた声に父は渋い顔をする。
そうまでするということは、学園の生徒ではないのかそれとも他の生徒と差をつけたいと考えたか。
なににしても、名門一宮家のポストに堂々と手紙を入れに来る勇気はたいしたものだ。
もちろん敷地内のみならず邸前の道路に向かって防犯カメラは複数設置されているし、その解析をすれば誰が入れたか一発でわかるはずだ。
と、ここまで考えてから瑠架は「あれ?」と首を傾げた。
「姉さんが心配してお父さんに相談する前に、一宮家でどうにかできたはずじゃ……」
「無論防犯カメラの映像は確認した。だが映っていたのは毎回『頼まれた』らしい若者でな。首謀者にたどり着くのが非常に困難なんだ」
一宮と縁のない普通の若者が、ある日いきなり『これをあの大きな邸のポストに入れてきてくれ』と金を渡して頼まれる。
ある者は道を歩いている時に。ある者はネットの掲示板で。
そうして頼まれた若者は、一宮からいきなり連絡をもらって目を白黒させながら一様に『頼まれたんだよ。相手は知らない』と語る。
(少なくとも依頼者はある程度のお金持ちかぁ……)
「ちなみに、差出人のヒントとかないんですか?」
「特になさそうだな。いかにも女の子が好みそうな香りつきの便箋に、書いてあるのは遥斗君に対する思慕の念やら時節の挨拶やら。指紋も残ってないあたり、その辺の女の子の可愛らしいラブレターだと片付けられない案件だな」
「香りつき、ですか。ちなみになんの?」
「私に香りの種類まではわからん。……いや、待てよ。瑠璃が確か、百合がどうのと言っていた気がする」
「百合……」
カチリ、と瑠架の中でひとつのピースが嵌った。
最近瑠維を悩ませているという肉食獣のような視線、そして遥斗の家に直接届けられる『百合の香り』の手紙。
それが、彼女の中にくすぶっていた不安感を一気に煽る。
(百合……もしかして、大野ゆりあ……?)
考えすぎかもしれない。杞憂かもしれない。
それでも、その可能性に思い当たった以上調べないわけにはいかなくなった。
「瑠架?どうした、顔色が優れないようだが」
「あ、ええと……なんだか、少し怖くなってしまって」
「そうか。そうだろうな」
普段は年齢以上に利発な娘が視線を俯けたことで、父としても心配になったらしい。
話しすぎてしまったか、と彼はベルで秘書を呼び出し、愛娘の分のカフェオレを依頼する。
しばらくしてそれが運ばれてくるまでの間、書斎は奇妙な沈黙に包まれた。
「とにかく、瑠維にはすぐに護衛を手配しよう。肉食獣というのが何を意味しているのかはわからんが、もしかすると遥斗君とうちの瑠璃の婚約話が意外と洩れているのかもしれん。現時点でフリーの瑠維を、と誰かが考えたとしても……ああ、すまん。また話しすぎてしまったか」
「……いえ。私もできるだけ瑠維の傍にいるようにします。落ち着かないみたいですから」
「そうだな、お前の安全のためにもその方がいい」
優しく頷く父に、ようやく瑠架は小さく笑うことができた。
すぐにでも恭一郎に相談しなければ、と心の中だけで硬く決意して。
「最近変わったこと?……いや、特にないな」
翌日、瑠維と一緒に早々に登校した瑠架は、遥斗と瑠璃に不安げな瑠維を任せておいて一人で児童会の使っている会議室に顔を出した。
事前にメールで連絡しておいたので、中には恭一郎一人だけだ。
彼は事情を聞くと、自分には問題がないとあっさり瑠架の不安を打ち砕いてくれた。
「俺の場合、周囲が警察官僚やら政治家やらとアプローチしにくい環境にいるからな。下手に手出しをすれば身元照会のみならずなんらかの罪状を突きつけられて投獄、なんてことになりかねない」
「でもそれ、格上の四条家とかの場合はできないんじゃない?」
「四条と言えども弱点がないわけじゃないだろ。現に…………ああ、そういえばあったな、ひとつだけ」
「え?」
「最近やけに、四条の分家筋が擦り寄ってくるんだよ。パーティの招待状も去年の3倍くらいに増えたな。しかも四条筋ばっかりだ」
(いや、それ充分『変わったこと』だと思うんだけど?)
どうやら四条家がなんらかのたくらみをしているのは確からしい。
それがゆりあの企みなのか、それとも四条家当主の判断なのかまではまだわからない。だが少なくとも遥斗に百合の香りのする手紙を送りつけたのは、ゆりあ絡みであると断定してほぼ間違いないだろう。
「瑠維も俺もそれから遥斗も、公にはまだパートナーを発表していないからな。遥斗は来年初旬には発表する気だろうが、それにしても婚約だけなら覆せる。考えたくないが、大野ゆりあがゲーム脳ならシナリオ通り俺や遥斗を奪ってやる、くらいには考えててもおかしくないだろうな」
「あー、うん。やっぱり?」
予想が当たったことで、余計にげんなりとしてしまった瑠架はそのまま項垂れる。
乙女ゲームのヒロインが、婚約者のいる攻略対象者と恋に落ち、苦悩の末に彼と結ばれる。
ゲームのシナリオとしては切なさを踏み越えてのハッピーエンドということで、共感を得るかもしれない。
だが現実的には、本人の意思もあったにせよ家同士の婚約関係を惚れた腫れたで台無しにした上、お相手の婚約者はとばっちりを受けて没落もしくは人生の破滅にまで追い込まれてしまう。
程度はヒロインが選んだお相手次第だが、どちらにせよ藤堂家が破滅する未来となる確率は非常に高かった。
実際に『悪役』の立場に立たされてみて、それがいかに不遇であるか、ヒロインがいかに勝手であるかが実感できただけに、この四条家の猛攻をどうしたものか瑠架には悩ましい問題である。
「ひとまず、四条拓人とヴィオル・アルビオレだったか?その二人と大野ゆりあの接触がないか見張らせてある。ま、あっちがどうなろうとこちらに影響がなければそれでいいんだが。念のためにな」
「うん、お願い」
「あとは……そうだな、遥斗の婚約発表時期を少し早めるのと、瑠維に四条でも手出しできないようなパートナーを見繕うのと……」
「ちょっと待って。四条でも手出しできないって、もしかして一宮クラスの名門の子?瑠維と年頃のあう子ってまだいたの?」
初耳、という顔で食いついてきた瑠架に、恭一郎は予想通りとにやりと笑う。
そして、男子3人で話した時に出てきた『瀧河家の本家筋にあたる久遠家の令嬢』について簡単に話して聞かせた。
「……滅多に外に出ない久遠家のお嬢様か……ん、家柄的には問題ないよね。瑠維も了承してるんなら、早い方がいいだろうし。予定組んどいてくれる?」
「ああ。で、その見合いの間に俺達は婚約披露の打ち合わせでもしとくか」
「……誰の?」
「俺とお前の、以外に何があるんだ?」
「………………はい?」
一瞬呆けた後、それこそ初耳だよ!と噛み付いてきた瑠架に対し、恭一郎はますます笑みを深めた。
悪いイメージで書かれてますが、個人的には百合の香り好きです。




