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STAGE.13 遠足はニアミスの香り



「プリン、喜んでもらえて良かったね、姉さん。遥斗君なんか、お土産にもう一個って持って帰ったくらいだし」

「え?う、うん。あんなに喜んでもらえたんなら、作った甲斐あったわね」

「まぁ姉さんの場合、甘いものが好きな誰かさんのために作ったんだし?その誰かさんだって、姉さんの作ったプリンだから余計美味しく感じたのかも」

「ちょっ、瑠架ったら!もう……」


やめなさい、と言いながらもその頬がじわじわと赤らんでいく。

瑠璃が遥斗のことを好きなのは確実で、遥斗もそんな彼女以上に好意を持っているのは誰が見ても明らかだ。

遥斗は『瑠璃が中等科に進学してから』と婚約発表の時期を先延ばしに考えているが、彼ら以外の関係者は皆とっととくっついちゃえよとじれったい思いをしている。


(ずばっと告白だけでもしちゃえばいいのになぁ)


告白して付き合って、ある程度恋人関係を続けてから婚約。

普通はその流れでいいのだろうが、一宮ほどの名家となれば『付き合う=将来的に家に入る相手』と見なされてしまうのか。

そうでなくともお付き合いするということはその相手を信頼するということ、つまり付き合う相手は付き合いを始める前に厳選する必要があるということだろうか。



「とっ、ところで、今回の遠足の行き先って誰が決めたのかしら?」


いたたまれなくなったらしい瑠璃が無理やりに話題を変えてくる。

それ以上姉をからかうつもりもなかった瑠架は、「児童会だよ」と素直にそれに応じた。


「なんでもね、恭一郎君とこの本家筋……久遠の家が警察官僚一家なんだって。だからそちらのお知り合いに頼んで、当日警視庁をナビゲートしてもらうんだって言ってたよ」

「それじゃ、当日の予定は瀧河君にお任せしておけばいいってことね」

「うん、そうみたい」


国会議事堂もそうだが、天下の警視庁も一般見学者を受け入れている。

とはいえ公にできない場所も多々あるため、見学コースを決められた上で要予約となっているが。

そんな予約制の一般見学コースなら、他の生徒でも申し込めば回れる。

だが恭一郎はそんなありきたりのコースではなく、内部の関係者が同行すれば入れるという機密に属さないエリアを案内してもらえるよう、頼んでおいてくれるという。


『これで各自いいレポートが書けるな』


と得意げにしていた様子から、もう見学自体の話はついているのだろう。





「あら珍しい。パートナー君、今日はお休み?」


いつものようにダンス教室へ行くと、フラメンコ専攻の30代ほどの女性が瑠架の傍に寄ってきた。

彼女とはそれほど親交があるわけでもなかったが、瑠架は素直に頷いて「遠足の企画係なので遅くなるそうです」と簡単に事情を説明した。


(こういう詮索好きそうなタイプって、『ちょっと』とか濁すと話捏造しそうだしね)


仮にそう言って誤魔化したとしたら、「喧嘩でもしたの?だめよぉ」と勝手にあらぬ方向に話を持っていかれかねない。

事実関係はどうあれ、ここでは『仲良しペア』で通っているのだから些細な噂にも気をつける必要がある。

ここだけならまだいいが、彼女や周囲の生徒達が普段どんな生活をしていてどんな情報網を持っているかわからない、ある程度の名家に生まれた以上はそういった噂や中傷に敏感になることが求められるのだ。



【遠足】というキーワードに対して、その女性は身を乗り出すように食いついてきた。

詮索好きという瑠架の見立てはどうやら当たっていたらしい。


「遠足なんて懐かしい言葉聞いちゃった~。あたし達の時って先生に連れられて動物園行ったり公園でお弁当食べたりしたんだけど、今ってどうなの?」

「クラスごとに分かれて、区役所だったり官庁だったり見に行くんです。どこをどう回るか生徒が企画して……あ、先生も一緒ですけど」

「ふぅん。やっぱりあたし達の時とは違うのねぇ。それともお金持ち学校だからかしら」


まずい、と思う間もなく女性の表情が不機嫌そうに変わっていく。

本人は妬む気も当てこする気もなくただ愚痴をぽろりと吐き出しただけなのだろうが、何せ受け取る側が『チート』すぎた。

意識は9割方年齢相応とはいえ、一部前世の知識が詰め込まれた10歳の少女。

彼女は少し迷った挙句、「私は動物園とかの方が良かったんですけどね」と相手に賛同する形の答えを返した。


「あー、いいのいいの。子供が気を使う必要なんてないわよぉ」


が、どうにもタイミングがよろしくなかったのか、それとも元々瑠架に絡むつもりだったのか、彼女はひらひらと手を振ってせっかくの『気遣い』を追い払ってしまった。



どうしようかと二の句が継げないでいる瑠架の肩に、背後からぽんと乗せられる手。

肩越しに振り向くと、急いでやってきたのか額に汗をにじませた恭一郎が立っている。


「どうした?」

「あ、えっと……今度の遠足の話をしてて」

「ああ、あれか。悪かったな、今回は俺の案が通ったんだ。動物園にはまたの機会に連れてってやるから、いつまでも拗ねるなよ」

「……別に拗ねてないもん」

「拗ねてるだろ。わかった、夏休みのうちにはなんとかするから」


宥めるようにぽんぽんと頭を軽く叩かれ、2歳しか違わないのにと本気で拗ねたくなりながら、瑠架はそういえばと女性の方に視線を戻したが、


「あれ、いない」

「ん?俺が話してる間にそそくさとあっちに行ったぞ。反論できないってわかった分、まだマシだな」

「ってことは、あれってやっぱり意地悪だった?」

「だろうな。あれ、四条の分家だぞ」



『その【藤堂】って人たちは、パパのテキなの?』


不意に脳裏に閃いた、まだ幼いゆりあの声。

この時の会話が示すように、四条の当主はほぼ間違いなく藤堂家に敵意を持っている。

溺愛している娘に延々と語って聞かせるほどなのだ、身内の集まりなどでもことあるごとに悪評を広めようとしているのかもしれない。

だとするなら、四条の身内が藤堂家に対して悪感情を持つ可能性もあるわけで。


(……まだ四条家全体が敵に回ったわけじゃないけど……ちょっと危険だなぁ)


瑠架が目をつけられたのは藤堂家の娘だったからか、それとも瀧河恭一郎と親しいからか。

そのどちらにしても、今の瑠架にはどうしようもない事実には違いない。




悩んでも結論が出るわけじゃなく。

まだあからさまな嫌がらせでない分マシかと自分を慰めて、瑠架は遠足の日を迎えた。

行き先は恭一郎のリクエストにより、霞ヶ関の中でもテレビに映る頻度の高い建物……警視庁。

内部を案内してくれるのは、久遠家当主の親友だという20代後半ほどの青年刑事だった。


「大杉さん、今日はよろしくお願いします」

「うん。今日は一日よろしく。それにしても恭一郎君は相変わらず堅苦しいなぁ。そんなにかしこまらなくてもいいのに」

「すみません。もう癖のようなものなので、気にしないでいただけると助かります」

「うん、まぁいいけど」


(人前に出ると猫をかぶる癖、ってことかな?)


と内心だけでつっこんだ瑠架の方に、タイミングよく恭一郎の視線が向く。

本当に内心の声が聞こえたわけでもないだろうが、数年来のざっくばらんな付き合いもあって以心伝心のようなところもあるようだ。

ひょい、と小さく肩を竦めて悪びれない瑠架に、彼も強くは執着せずすぐに視線を大杉に戻す。


大杉は、警視庁の隣にある警察庁所属のキャリア官僚だ。

今は警視庁に出向中だが、いずれはどこかの道府県の警察本部に行くか、所轄の署長に就任するだろう位置づけのエリートである。

そんな彼は決して偉ぶって見せることもなく、子供達を率先して見学可能な区域に案内していく。



「わぁ、ここ映画で見たことあるわ。皆さんここを通って出入りするんですよね?」

「うん、基本的にはそうだね。ここが警視庁の顔、エントランスだ。あっちにあるカウンターが受付で、見学者や面会希望者は一度ここで止められる。あ、今日はちゃんと説明して予約をとってあるから、あそこのこわーいお姉さん達に怒られたりはしないからね」


『こわーい』と言った瞬間、それほど大きな声ではなかったにも拘らず受付の二人組がキッと大杉を睨んだ。

いつものことなんだろうなぁと瑠架が呆れる前で、大杉は「ほら、怖い怖い」となおもおどけて続ける。


瑠璃や瑠維、遥斗もどうしたらいいかとおろおろしている中、恭一郎は一人落ち着き払って


「だめですよ、大杉さん。いくら構って欲しいからって意地悪言っちゃ。綺麗な人は怒っても綺麗でしょうけど、やっぱり怒り顔より笑顔の方がいいじゃないですか。……ね?」


と、受付の方に向かって『巨大な猫を被った0円スマイル』をサービスした。


どこまで聞こえたのかわからないが、それまで不機嫌そのものの顔をしていた受付嬢二人の顔が自然と笑顔になる。

ついでに頬も心なしか赤らんでいるように瑠架には見えたが、そこはひとまず気にしないことにした。

綺麗な顔立ちとはいえ、恭一郎はまだ12歳だ。

彼女達にショタコンの気があるのかないのか、なかったとしてもこれを機に目覚めてしまったかもしれないが。

それはそれで、ご愁傷様と内心手を合わせるしかないだろう。



(お見事。ヒロインが逆ハーならこっちは正統派ハーレムとか築けそう)


「瀧河さんってすごいねぇ。僕、真似できないよ」

「……瑠維はそのままでいいの。絶対、ああいうの真似しちゃダメだからね。あれはダメな大人の見本みたいものなんだから」

「大人、って……瀧河さん、まだ子供だよ?」


指摘されて、改めてそうだと思い出す。

素で対話しているからか、どうにも彼女には恭一郎が『子供の着ぐるみを纏ったいけない大人』にしか見えない。

だからこそ、ある程度近付かれてもドキドキすることはないし、ああやって他の女性に愛想を振りまく姿を見るとそっちの方が自然だと思ってしまう。


「えっと、それはそうだけど。ああいう対応を大人になってもやってると、ナンパ男の烙印押されちゃうんだからね、ってこと」


動揺しながらもどうにか誤魔化して、視線を外の景色に向けた、その時


(え、あれ?あの制服って確か大野ゆりあの通ってる……)


少し前に見せられた画像に写っていた大野ゆりあ。そんな彼女が着ていた小学校の制服が、窓の外を歩いている。

……制服、ではなくそれを着た大勢の小学生が。

どうやら彼らも遠足らしく、皇居のお堀の方に向かってわいわい騒ぎながらゆっくり通り過ぎていく。



「あれ……あれって」


キラキラと光を反射するガラスの向こう、

ぎりぎり日本人で通用するだろうピンクベージュのボブヘアをふわふわと肩先でなびかせ、後ろから来る子達に何か声をかけながら教師の後ろについて歩く小柄な少女。


(あれって……大野ゆりあ……本物だぁ)


瑠架の内心の声が聞こえたはずもないのに、一瞬だけガラスの向こうの少女がエントランスの方へとくりっと大きな瞳を向けた。


「…………」

「…………」


視線が交わることはなかった。

なのにどうしてだか瑠架には、それが彼女からの宣戦布告のように感じられた。



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