EXTRA-STAGE.1 『攻略対象者』達の語らい
息抜きの閑話です。
それは、とある休日の昼下がり。
『クラス別遠足行事の打ち合わせ』と称して藤堂家に集まったのは、一宮遥斗と瀧河恭一郎、そして藤堂家三姉弟という結局いつも休日を過ごすメンバーだった。
『クラス別遠足』というのは、生徒の自主性を育てるために数多く存在する月城学園のイベントごとのひとつだ。
普通の小学校では学年ごとに計画するだろう遠足を、ここではAからJまでのクラスごとに全10コース用意し、それぞれに関して生徒達で下調べをさせた上でその日どんなコースでどこを見に行くか、などを事前に計画書として提出させる。
もちろん単独行動は厳禁とされ、数人から十数人のチームを作って1チームごとに見届け役の保護者を一人申請することになる。
今年のAクラスの行き先は『霞ヶ関』
皇居や国会議事堂、警視庁などといったドラマや映画などで舞台となる名所が多い地域だ。
彼らは当然のように5人でチームを組むことに決め、さてこれからどう計画をつめていこうかといったところで、こうして集まりを持ったというわけだ。
とはいえ、今ここには男子三人しかいない。
この日はいつも多忙な母が珍しく家にいるため、この機にエトワール特製プリンの作り方を学ぼうと瑠璃が頼み込み、瑠架も成り行き上そのお手伝いとして引っ張り込まれてしまったからだ。
二人不在なのに勝手に決めるわけにはいかないからと、先ほどから男子三名は出されたお茶をゆっくり飲みつつ雑談に興じている。
「……だから、やっぱりダンスのリードが上手くなるためには数をこなすしかないと思うんだ。瑠維君は授業でダンスはとってないんだっけ?」
「うん、必須じゃないから。授業で習う程度のことなら瑠架に教えてもらえばいいしね」
「ああ、確かに。瑠架ちゃんもダンススクールに通って長いし、下手に先生に習うよりやりやすいかもしれないね」
授業には必須科目と選択科目があり、必須授業は全員取得が義務付けられているが、選択科目はいくつかあるカテゴリの中で最低1つを選んで単位を取ればいいとされている。
ダンスは【社交】というカテゴリの中にある選択科目のひとつで、その他にはマナー講座やおもてなし術、変わったところでは宝石・服飾などの目利きなども科目に含まれている。
瑠維が選択しているのはマナー講座、一宮家をいずれ継ぐことがほぼ決まっている遥斗はおもてなし術、恭一郎は変り種の目利き術をそれぞれ選択して学んでいた。
「でも瑠架の場合、リードされることに慣れてないだろ?できればそれほど不自然じゃない身長差の相手で、瑠維より不慣れなヤツがいればいいんだけどな」
「そうだね。相手が自分より不慣れだったら、こっちがリードしてあげるしかないんだし。同じクラスとか親戚とか誰でもいいけど、頼めそうな子いないの?」
「え?うーん……」
瑠維は基本的に愛想がよく誰とでもすぐに打ち解けるが、その分『特別仲のいい生徒』はいない。
親戚筋でもある程度仲がいいのは遥斗くらいで、他の子……特に同年代の女の子の場合はきゃあきゃあと煩すぎたり、傍目におしとやかであっても瑠維の見ていないところで瑠璃や瑠架を邪魔者扱いしていたりと、彼にとって付き合い難いタイプばかりなのだ。
「ハル兄さんのこととか見てるから、自分の立場上やたらと誤解されるような態度取っちゃいけないって線引きしてるのもあるんだと思うんだよね。パーティとかのパートナーなら瑠架か瑠璃姉さんで充分だったし」
「まぁ瑠架はともかく、姉貴の場合はこれからそうもいかなくなるだろ?」
「そうだよね。そろそろハル兄さんとの婚約話とか正式に出るだろうから」
「え、…………あ、ああ……うん。やっぱバレバレ?」
「何を今更」
「だよねー」
(ハル兄さんが瑠璃姉さんのこと本気だって、気づいてないの本人だけだよ)
と瑠維は悪戯っぽく笑い、
(婚約したが最後結婚まで一直線のレールが既に引かれてるだろうな)
と恭一郎は、意外と強かな遥斗の本音を見透かして嗤う。
あの日、CM共演で出会う前から遥斗は瑠璃のことを知っていた。
従弟なのだから会う機会もあったはずなのだが、瑠璃の方は『従弟の男の子がいる』くらいにしか思っていなかったらしい。
そうと知っていて、彼は一気に距離をつめた。
子供心に、絶対に逃しはしないと強い執着を持って。
「うん、まぁ、つまり、一目惚れだったんだよな。まだ3歳くらいの時だったと思うけど」
「へぇ……それでこれまでずっとってかなり純愛じゃない?」
「一途なのは確かだな。でも遥斗、子供の頃の印象なんて変わりやすいって言うだろ?もし我侭放題な気の強い性格とかになったらどうする気だ?婚約となったらそう簡単に後戻りできないんだぞ」
(ここはゲームじゃない、なんてあいつに言った俺が気にしてどうすんだ)
言ってからすぐに、恭一郎はしまったと後悔した。
ゲーム上での藤堂瑠璃という少女は悪役を割り振られているだけあって、わかりやすいくらい性格が歪んでいた。
身内に対しても横暴で我侭、遥斗との婚約関係も元々は彼女が強く望んだこともあって実現したもので、それが成されて以降は遥斗に対する独占欲が半端なく強くなっていく。
最初は苦笑いしながらそれを容認していた遥斗も、徐々にうんざりしはじめて心が離れていってしまう。
だが今の場合、婚約を強く望んでいるのはむしろ遥斗側だ。
瑠璃の性格も見た限りでは破綻しておらず、弟妹に対しても素直に愛情深く接しているように思える。
遥斗との婚約が成立するのは時間の問題、その後彼女がどうなってしまうのか現時点では誰にもわからない。
それは、この世界が虚構をベースにした現実であるからだ。
少なくとも、恭一郎はそれを確信している。つもり、だった。
だがゲームと同じように展開が流れていくと、どうしても不安に駆られてしまう。
問いかけられた遥斗は特に憤ることもなく考え込み、「上手く言えないんだけど」と前置きしながら口を開いた。
「誰だって、性格が変わっちゃうことってあるよね?瑠璃もそうかもしれないし、僕もそうなるかもしれない。僕は、瑠璃の我侭くらい可愛いもんだと思っちゃうけど、それも今だけかもしれない。でもさ、先の話なんて誰にもわからないだろう?僕にしても瑠璃にしてもこの先どうなるかなんてわからないよ」
「……まぁ、そうだな。試すようなこと言って悪かったよ」
(それでも変わらない自信がある、なんて言われたら嗤ってやろうと思ったが)
この先ずっと変わらない、というのは所詮夢物語だ。
良くなるにせよ悪くなるにせよ、人と人の関係がずっと変わらないというのは家族でない限りありえない。
もし彼がそう告げたなら嘲笑ってやるつもりだった恭一郎も、意外と現実を見据えているらしい遥斗の言葉には素直に謝罪の言葉を返した。
遥斗も特に気にしていないのか、「別にいいよ」と笑って返す。
「でも珍しいね、瀧河さんがそういう話題振ってくるの。普段は恋愛ネタなんて知るかってクーデレ気取ってるのに」
「…………クールなのは否定しないが、いつ俺がデレた」
「んー、ほら、瑠架ちゃんといる時とか?」
「あ、確かに!瀧河さんって瑠架といる時だけ空気違うもんねー」
「それはあいつが……」
『共犯者だから』
そう心の中だけで付け加えてみて、彼はふと本当にそれだけか?と自分自身に語りかけた。
藤堂瑠架という少女を始めて知ったのは、CM披露パーティの時。
自分が『知っていた』はずの彼女とは雰囲気のまるで違う、どこか大人びた空気を身に纏ってそこにいた。
『知っている展開』ではいずれ婚約関係を結ぶはずだとわかっていたから、自分からは関わるつもりなどなかったのに……気がついたら手にしたコップの中身をぶちまけていた。
そうして気づいた。彼女もまた、【キミボク】というゲームの記憶を持っていることに。
その日から彼女は、秘密を共有できる仲間であり、バッドエンドに向かわないように協力する共犯者になった、それだけのはずだった。
(違う。……誤魔化すな、俺。もうとっくに、気づいてるじゃないか)
『ヒロイン』である四条ゆりあもまた転生者だと気づいた時、しかし彼女に対して抱いたのは興味や好奇心ではなく不安と警戒心だけだった。
その時にはっきりと、彼は自覚したのだ。心の片隅で、ひっそりと。
「あいつといると、居心地がいいんだ」
「ふぅん。……で、それだけ?」
「ああ。……いや、そうだな。俺も逃すつもりはない、な」
笑ってほしくて。
傍においておきたくて。
不安になんてさせたくなくて。
それはつまり、そういうことなのだ。
「で、いつ申し込むの?」
「お前はどうなんだ、遥斗」
「んー、時期的にはいつでもいいんだけどね。瑠璃が中等科に入る来年くらいがいいかなぁって思ってるんだ」
「なら、今から準備をして……披露は来年の春あたりか。なら、せっかくだ。二家同時の披露といくか?」
「あ、いいねそれ」
ゲームシナリオと現実は違う。
そうは言ってもあの『ヒロイン』もそのシナリオを知っているだけに、何か仕掛けてこないとは限らない。
なら、明らかにゲーム内とは違う展開を作ってやった方がいいだろう、と恭一郎はダブル婚約披露という荒業を提案した。
瑠璃と遥斗の婚約時期はほぼ同じ、だがそこに『本来』は渋々妥協したはずの瀧河家と妹の瑠架との婚約披露も加え、姉妹それぞれが相手に望まれての婚約なのだと公式に披露する。
そこで仕掛けてくるならこい、と一種の罠を張るというわけだ。
と、すっかり乗り気な未来の義兄二人から取り残されてしまった瑠維は、拗ねるでもむくれるでもなく、純粋に姉二人の幸せを願ってふわりと微笑んだ。
(瑠璃姉さんも瑠架も、厄介な人達に捕まっちゃったみたいだけど……まぁいいよね?)
「ところで、瑠維のパートナーなんだが」
「え、え?そこで僕の話?」
「当然だろう?パーティには瑠維君にも出てもらうんだし、やっぱりちゃんとしたパートナーがいないとね。心当たりもないみたいだし、候補がいないか探してみようか?」
「ああ、それなんだが。うちの従妹……久遠の家の直系になるんだが、一度会ってみる気はないか?事情があって社交界に出たことがないからか、どうにも引っ込み思案でな」
もしかしてそれは非公式の見合いでは。
と瑠維が気づいた頃には既に顔合わせの日時が決められており、気が進まないなぁと半ば諦めながら向かった先で彼は『天使』に出会うことになるのだが。
それはまた後日の話。
 




