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STAGE.11 ゲームなんかじゃない

本日二度目の更新。

ちょっとシリアス気味です。



『……なぁ、どうしてお前は俺に付きまとう?』

『そっ、それは……私は、恭一郎様の婚約者、ですからっ』

『ふぅん、コンヤクシャ……ねぇ』


片肘は壁に、もう片方は女生徒の肩に。

意地悪い笑みを浮かべた男子生徒がぐっと体重をかけると、壁際に追い詰められている女生徒の顔が僅かに苦痛を訴えた。

が、それと同時に吐息がかかるほど近くに寄ってきた麗しい顔を見上げ、彼女は苦痛のそれだけじゃない理由で、頬を赤く染める。


『お前、痛くされて喜ぶ趣味でもあるのか?この変態が』

『ち、違います!私は、その、恭一郎様が……貴方だからっ!』

『俺だから?』

『ですから、その、私、恭一郎様のことが』

『メイワクだな』

『あうっ!』


ぐりっ、と肘を抉るように動かされ、女生徒が呻く。

更に壁についていたはずの手が、彼女の喉にかかる。

女生徒の顔が苦痛から恍惚、そして恐怖へと塗り替えられたのを見下ろして、男子生徒はにやりと口の端を歪ませた。


『俺のことを思うなら、今後もずっと俺の周囲の羽虫を追い払い続けろ。上手くできたら、ちょっとくらいは構ってやるよ。だから……いいな?瑠架』


真っ直ぐに覗き込んでくる暗い色を湛えたグリーンの瞳に、女生徒は完全に魅入られコクンと素直に頷いた。




「っ!!」


ばさっ、と勢い良く布団を跳ね除けて飛び起きた瑠架は、荒い息を繰り返しながら周囲を忙しなく観察し、そこが慣れた自室だとわかると肺を空っぽにするくらい大きく深いため息をついた。


「はぁ……夢、かぁ」


(あれって、瀧河恭一郎ルートのヒロインいじめフラグ立った話だよね)


恭一郎は自分に擦り寄ってくる女達と適当に遊びながらも、その女性達が執着を見せ始めると『婚約者がいるんだ』と瑠架の存在を示唆し、そして嫉妬の目を彼女だけに向けさせる。

瑠架も恭一郎の周囲に纏わりつく女性達を牽制するように彼の傍で婚約者面し、益々周囲の反感を買いながら彼の思惑通りいいように動かされていく。


今回夢に見たのは、恭一郎がヒロインである四条ゆりあに惹かれ始めた頃のシナリオ。

ゆりあを完璧な形で手に入れ、更に邪魔になってきた婚約者をどかすために彼が仕組んだのは、瑠架がゆりあをこれまでの女性に対するように嫌がらせをし、ねちねちといじめ、そしてそれを何食わぬ顔で自分が庇うというものだ。

瑠架自身ちょっと冷静になって考えれば違和感に気づける程度の浅墓な計画、だが彼女は盲目的に恭一郎を慕っているためそれに気づけない。


「バーカーだーよーねー」


と棒読みで評しておいて、どうにか落ち着いた瑠架はそっとベッドを降りた。




『特待生』という華々しい戦果でスタートを切った藤堂瑠架の初等科生活もはや3年。

今年10歳になる彼女は、相変わらずトップクラスの成績を維持しつつ学園内のヒエラルキー上層構成員として、他の生徒や教師達からも一目置かれていた。

同時にやっかみを含んだ悪意も向けられてはいるが、そこはそれ。

『頭のいい』生徒ばかりのAクラスには、いじめや嫌がらせなどという低レベルの発想をする者はいなかった。


また、ドラマや小説などでありがちな『良くできる家族の所為で比較されて性格が歪む主人公』というパターンに姉弟達が陥ることもなく、瑠璃は意外とチート性能だった遥斗と並んで見劣りしないようにとクラス委員などで力を発揮し、瑠維ものほほんとした顔をしながら常に瑠架の後にぴったりとくっつく形で成績を維持している。

周囲からは『藤堂家のチート三姉弟』と呼ばれているほどだ。

それを聞くたびに瑠維などは「チートじゃないもん、努力だもん」と拗ね、瑠架は少々居心地の悪い思いに囚われてしまうのだが。




「チートなのは否定しないが、瑠維の言うように努力があるってのも事実じゃないか?」


と、もう一人のチート能力者である瀧河恭一郎は笑いながら言う。


確かに、スペックを上げなければと決意してからの瑠架は何かに取り付かれたかのように、あらゆる方面に関して目を向け始めた。

それは週一回のダンス教室に始まり、両親のお供をしてのパーティ出席、自宅での予習復習、そして彼女を気に入ってくれたダンス仲間からのレクチャー、などなど。

特に老若男女集まるダンス教室の仲間達からは、数ヶ国語をミックスした多彩な会話はもとより、まだ子供には理解できないような政治経済の話、かと思えばファッション業界をベースにした最先端の流行の話など多岐にわたり、おかげで初等科に進学する6歳にして藤堂瑠架は周囲の少女達とは一線を画すほどのスペックを手に入れることができたのだ。


元々の舞台である乙女ゲーム風に言うなら、

【学力】【芸術】【女子力】は堂々のAランク、【体力】【流行】がその少し下のBランクといったところだ。

尤も、【流行】については単に瑠架がそれほど興味を持っていないからで、【体力】についても成長期前ということもあって、体力づくりをセーブしているからという理由がつく。



「でもこうなった今だから言えることなんだけど……これって単に、噛ませ犬的な程度の低い悪役から、ハイスペックな隙のないラスボスに進化しただけ、ってことない?」

「はぁ?お前のどこが『隙がない』んだ?隙だらけだろうが」


瑠架の抱える不安を、恭一郎は未だ丸みの残るほっぺをむにゅっとつまみながら笑い飛ばした。


そんな恭一郎は今年12歳、1年生の頃から児童会の役員をしていたこともあり、4年生にして児童会会長の推薦を受け今年で3年目だ。

会長になれば正式な児童会役員以外にも補佐を引き抜く権限が与えられる、ということで現在は当然のように藤堂姉弟……瑠架と瑠維も児童会の役員補佐という仕事を与えられていた。

ちなみに、恭一郎と同学年の瑠璃はクラス委員、ひとつ下の一宮遥斗は風紀担当役員になっている。



「それはそうと、耳寄りな情報がある」

「なに、そのお昼の通販番組みたいな言い回し。電波少女がまたなんか受信したの?」


『電波少女』というのは、言わずと知れた大野ゆりあのことだ。

月城学園に早期入学を希望していた彼女は、1年目にして母に猛反対され、2年目にして裏口入試にこぎつけたものの惨敗し、さすがに懲りたかと思いきや『ゆりあはあの学園に行く運命なの』と電波なことを口走り、瑠架と恭一郎(ついでに見張り役)をドン引きさせたツワモノである。


あれ以来、彼女は表向きは大人しく公立小学校に通っている。

発言がちょっとアレであっても前世記憶持ちというアドバンテージがあるからか、さすがにそこでの成績は常に上位に位置しているらしい、との報告もある。

ただし苦手な科目があるようで、トップというわけではないそうだが。



瑠架のうんざりしたような問いかけに、恭一郎はいいやと首を横に振る。


「聞いて驚け。獅堂蓮司が退学する」

「…………え、……えぇっ!?」


驚け、と言われて素直に驚いた彼女に、彼も満足そうにひとつ頷く。


「退学、と言うと聞こえが悪いが……要するに病気療養のための留学だそうだ。幼稚園もずっと休みがちだったと言ってただろ?気になって調べてみたら、心臓系の病気らしいんだ。受験して初等科に入ったまではいいが、今のままじゃ出席日数も足りなくなるだろうしな」

「でもゲーム上じゃ【体力】パラを重視する脳筋キャラだったはずなのに」

「そもそもずっと気になってたんだが…………瑠架」

「っ!」


普段滅多に呼ばれない名前を口にされ、瑠架の身体がわかりやすくビクリと跳ねる。

だがそれは照れのためでも驚きでもなく、今朝方見たあの夢で呼ばれた低く甘い悪魔の囁きと重なったからだ。

あちらはゲーム、しかも声変わりした高校生の瀧河恭一郎。

こちらはまだ小学生、声変わり前の瀧河恭一郎。

同じようで違う、だがこのまま育てばああならないとは言い切れない。



「おい、どうした?」


困惑気味に眉根を寄せて顔を覗き込んでこようとする彼から顔を背け、瑠架は今朝見たばかりの夢をぽつぽつと語った。

ゲームとして二次元の、グラフィックとして見ていたはずの【瀧河恭一郎】を、実際今目の前にいる彼が育った形で夢に見たこと。

彼の台詞も表情もゲーム登場時そのままで、まるで自分達がそっくりそのまま画面の中に入ったかのような錯覚をしたこと。


「なるほど、な」

「その時にじっとこっちを見てた緑の瞳がなんか怖くて。……ごめん、同じじゃないってわかってるつもりなのに」

「……いや。さっきも言おうと思ってたんだが、お前はまだわかってない」


さらり、と彼の手に乱された黒髪が小さく揺れる。

何度も何度も、ただ撫でるだけの動作を繰り返す彼に、堪らず瑠架が視線を戻すとオリーブグリーンの瞳が真っ直ぐに彼女を見ていた。


(……あ、違う。そうだよ、決定的に違うとこがここにあったじゃない)


ゲームならではの派手な髪色や瞳の色。

日本人設定だというのにこれはないだろうという色合いも、ゲームだからだ。

実際、【キミボク】の中でも派手な色合いを持つキャラがいる。

例えばその代表格であるヴィオルは、ストロベリーブロンドに紫の瞳として描かれていた。

幼稚園実習の時見かけた彼は確かに髪色こそ同じだったが、目の色ははっきりとした紫ではなく青の中に紫の色素があるかな、という程度だった。


それと同様に、クォーターである遥斗は青い目で描かれていたが、実際はブルーグレーだ。

瑠維は金にも見える琥珀色の目をしているが、ゲーム内ではオレンジ色だった。

恭一郎もゲームの場合は鮮やかな緑の瞳をしていたが、今こうして見上げると日本人でもたまに見かけるオリーブグリーンという、多少地味な色合いになっている。

あまり交流のないままの四条拓人や獅堂蓮司も、それぞれゲームとはまた違った色合いを持っているのだろう。



瑠架が落ち着いたのがわかったのか、「気づいたようだな」と恭一郎は小さく笑みを浮かべる。

夢で見た意地悪なものでも、歪んだ笑みでもない。優しく、安堵したような微笑だ。


「確かに、前世で知ってるゲームと同じ名前で生まれて、同じ家族構成で、他にも知ってる名前がたくさんいて、当然のように知ってる名前の学園に入った。これで全く無関係ってことはないだろ、さすがに」

「うん」

「だけどな、お前はちょっとゲームにこだわりすぎてないか?俺達はキャラクターじゃないし、プログラムコードでもない。大体、こんなめちゃくちゃなシナリオがあってたまるか」

「…………そ、だよね」


ゲームだと思うから色々考えなくてもいいことまで勘繰ってしまう。

相手がキャラクターだという前提があるから、知っているシナリオと違う行動を起こされるとパニックになる。


その前提自体がおかしい、と改めて指摘されて初めて彼女もそれに気づけた。

これまでずっと違和感としてわだかまり続けていた『何か』が、知っているゲームの世界と現実の相違にあったのだと。

自分達を含む全ての人間が作られたキャラクターではなく、意思を持って動いている人なのだと。



「もう、怖くないか?」


至近距離で顔を覗き込まれても、瑠架はもう視線を逸らしたりしなかった。


「ん、大丈夫。そうだよね、ゲームだって考えるからおかしいんだよね」

「ああ、今度はちゃんと理解できたな。いい子だ」




出ないままに去って行った獅堂くんは今後どっかで出てきます。多分。

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