STAGE.10 進め!電波少女
「すっごいねルカ!!『とくたいせい』ってなんにんかしかもらえないんでしょ!?」
「確か、総合得点で一位から三位の子しかもらえないはずよ?私の学年だったら……ほら、瀧河君とか」
「ルカちゃん、すごいね。おめでとう」
「うんっ、ありがとう!」
(と返事しておいてなんなんだけど……私や恭一郎君の場合は卑怯な手使ってるからなぁ)
とは間違っても口には出せないため、表向きは無邪気に喜んでおくが。
恭一郎の場合は記憶持ち転生者として当然であり、瑠架の場合も個人としての記憶は持ち越してないが社会人としての知識は持っている。
それを使えば、いくら普通の私立と比べて相当に難しいとされる出題であっても、いくら引っ掛けがいくつも用意された面接であっても、それなりにソツなく対応できるというものだ。
なので、これだけ手放しに祝福されるとどうにも居心地が悪くなる。
瑠架の手元には、先ほど届いた簡易書留郵便。
中には入学を許可する旨の通知書類と、更にその成績上位者に与えられる特待生用の身分証明証、そして諸々の手続き書類が入っている。
特待生とは、簡単に言ってしまえば成績優秀であったご褒美に学園からいろいろな特典がもらえる生徒のこと。
例えば入学金免除、授業料減額、その他食堂や各種施設の利用料金割引など、主に金額的なものに関しての恩恵が受けられる。
ただし、特待生のご褒美を受け続けるためにはその成績を維持し続けなければならず、最低でもAクラスから落ちるようなことがあったら即刻アウト、と条件もかなり厳しい。
A・B・Cまでがトップクラスと呼ばれる成績優秀者達のクラスなのだが、そのAクラスに居続けるためには学年で30位以内に入らなければならない。
入学試験はまず学科として児童書程度の文章を読ませる読解問題、大きな積み木を使って足し算引き算などの問題を作らせる計算式組み立て問題、現在の首相の名前や他国の国名などをパソコンに入力させる社会科兼パソコン実技問題。
それが終わったら今度は音楽。
これは楽器演奏でも独唱でもなんでもいいので、とにかく音楽に関係する得意な事柄を試験官の前で披露する。
ここまでで合格点を叩き出した生徒だけが次の面接に呼ばれ、そこで保護者と並んでいくつか簡単な質問を受けることになるのだが、とはいえ一般的な『どうしてこの学園に入りたいのか?』『将来何になりたいと考えているか』などという質問は出されない。
どうやら一人ひとり違うらしく、瑠架に投げかけられた質問は『家族についてお話してください』だった。
なので彼女は、両親のことにまず簡単に触れてから後は制限時間一杯使って姉と双子の弟についてとことん語った。
気の強そうな外見に反して涙脆く弟妹思いの姉のこと、いつもふんわり癒し系の弟が実はここぞという時に空気を読めて頼りになる子であること。
語りすぎて引かれるかと途中で心配になりはしたが、面接官がうんうんと頷いて聞いてくれているからと遠慮せずに語りきった。
そして最後。
「お疲れ様でした」と告げられ、席を立ったその時。最後の最後に簡単な罠が仕掛けられていた。
「ねぇ、ルイ。めんせつのさいご、ペンをおとされなかった?」
「ああ、うん。やっぱりあれもしけんだったんだ?サンキューって言われたから、ユアウエルカムってとっさにかえしたけど」
「あ、それ私の時もあったわ。私の時はフランス語だったかな……でもなんて返していいかわからなかったし、普通に『どういたしまして』って言っちゃった」
(英語にフランス語かぁ……ランダムで選んでるにしても、私のは難しすぎだよ)
恐らく最後に張られた小さな罠は、面接官が落としたペンをまずすぐに拾おうとするかどうか。
そして拾ったペンをちゃんと相手にグリップを向けるようにして返せるか。
最後に、ランダムで選ばれた国の言葉を使って御礼を言われ、ちゃんとそれに返答できるか。
その対応によって、何点か加減されるのだろう。
瑠維はきちんと拾った上に棒読みでも英語で返せたので少数加算、瑠璃は拾って返したが日本語で応対したので更に少ない点数で加算。
瑠架の場合、かけられた言葉はイタリア語だった。
たまたま運のいいことに通っているダンススクールにイタリア人の知り合いがいるため、挨拶程度なら覚えていた彼女は
『Grazie』とかけられた言葉に
『Prego』と返すことができた。
特待生になれたのはここでの加算も大きかったんだろう、と彼女自身はそう考えている。
「俺の時はスペイン語だった」
「……面接官の判断基準ってなに」
「さあ。フィーリングだろ」
「適当だなぁ」
とはいえ、瑠架も恭一郎もそれに答えられたから特待生として入学が許されたと言っても過言ではない。
あとは、名門校の生徒としてマナーがきちんとしていたか、自分の中でここぞと主張できるものがあるか、面接で見られているのはその程度だろう。
「ともかく、これでまたひとつフラグが折れたな。瑠維はともかく、お前はそれほどいい成績じゃなかったはずだろ?」
「うん。瑠維はずっとトップクラスの成績だけど、瑠架はかろうじて普通ランクに引っかかってる程度だったと思う。瑠璃ねぇも似たようなものだったはずだし、一応これで変わってはきてるよね」
当初、瑠璃は勉強嫌いだった。
だが瑠架がなんとなく読み始めた本を一緒に読んだり、密かに『脱・我侭娘』を掲げる瑠架に強請られて勉強を教えている間に、楽しくなっていったらしい。
更に元々利発な遥斗と仲良くなるにつれ、これじゃいけないと奮起して頑張った結果1,2年はBクラス、そして3年に進学した今年は見事Aクラスになることができた。
これで、藤堂家三姉弟、従兄弟の一宮遥斗、そして交流のある瀧河恭一郎、全員がAクラスの所属となったわけだ。
「こうやって頑張ってフラグを一つ一つ折ってけば、ヒロインが入ってくる頃にはかなり変わってるかもしれないね」
「…………それ、なんだが」
「うん?」
いつにない歯切れの悪い言い方で視線を逸らした恭一郎に、瑠架はきょとんと琥珀色の目を見張る。
(なんだろ?見張りの人から悪い知らせでもきたのかな?)
大野ゆりあは今年小学校2年。
小学校入学時は月城学園の入学試験を受けられなかったことで揉めたらしいが、順調に進級したということは編入を諦めたか、それともまたしても母親の反対にあったか。
「どしたの?」
「ある意味、非常に残念なお知らせがある」
「だからなに」
「お前が受けたあの入学試験……どういった手を使ったか知らないが、大野ゆりあも受験してたらしい」
「……は?え、だって今年2年生ってことは編入になるんでしょ?なんで?」
編入希望者は入学希望者とは違う内容の試験を受けさせられる。
去年母親と相当揉めたらしい彼女が今年も受験に乗り気なのはわかる、だとしても一般入試と同じ扱いというのはどうなのだろうか。
「もしかして裏口?でも月城学園ってそういうのに厳しいはずでしょ?」
「ああ、だから推測でしかないが……試験官の中に四条グループに逆らえないやつがいた、とかだな。まぁ一応同じ試験を受けさせておいて、成績が優秀なら編入できるようにかけあうつもりだったんだろうが」
「が?」
「ここからが残念なお知らせだ」
ため息をつきながら、恭一郎が取り出したのは非合法な手続きで入学試験を受けたらしい大野ゆりあの成績表。
それもまた、非合法な手段で手に入れたのだろうが……それに関しては瑠架に何か言う意思はない。
「一時限目。文章の読解能力を問う問題では、読んでいる途中で居眠りをして失格」
「うっ。初っ端から残念すぎる」
「二時限目。積み木で計算式を作れと言われた彼女は、得意満面で『2×5=10』と作った」
「……まぁ、掛け算は必須項目最低レベルだし。得意になるほどじゃないよね」
「三時限目。社会の問題をパソコンで出され、人差し指一本で打っている間に時間切れ」
なんかもう聞きたくないなぁ、と瑠架はそこで項垂れる。
彼女は転生者だ、しかも恐らくゲーム攻略の知識を持ち越したはずの。
その知識を無駄にしまいと周囲の環境改善に取り組み、ゲーム内では駒扱いにされた父親を見事デレデレ溺愛オヤジにするのに成功している。
(なのになんだろう、この残念ヒロインぶり……)
「四時限目。音楽で自己アピールしろと言われた彼女は、某48人のアイドルグループの曲を適当な振り付けでフルコーラス歌いきった」
「…………なんかもういいや。がっくり疲れちゃった」
「奇遇だな、俺もだ」
成績表を仕舞いこんだ恭一郎は、疲れたと言いながら更に追い討ちをかけるべくいつものタブレットを取り出した。
まだあるの、とうんざりしたような顔になった瑠架に、彼はまぁ待てと宥めてから動画をトンとタップする。
現れたのは、清楚なワンピースを身に纏った大野ゆりあ。
そしていつものようにその目の前にしゃがみこんでいるのは、頭にちらほら白いものが混じりはじめた四条家当主だ。
どうやらシチュエーション的には、見事不合格通知が届いて落ち込んでいるゆりあを慰めようとしているバカ父、というところらしい。
『そんなに落ち込むことはないよ、ゆりあ。今回は残念だったが、また来年受けられるように掛け合ってあげるから。ただな……あそこはかなり試験が難しいんだ。だから今度はしっかり勉強して…』
『パパ、だいじょうぶ!ゆりあならだいじょうぶだから』
『ゆりあ?』
『だって、ゆりあがあの学園に入るのはもう運命なんだもの。それでね、今は他の子に余所見してる遥斗君だって、本当はゆりあのこと待っててくれてるのよ。遥斗君だけじゃない、ゆりあは学園でたーっくさんの人に愛されるの。それもね、もう決まってることなんだよ。それに、学園に入っちゃえば勉強なんて簡単なんだもん!ボタンをぽんって押すみたいに、簡単にできちゃうの!ゆりあならそれができるんだよ?だからだいじょうぶ、心配しないでねパパ』
『そ、そうなのか?なんだかよくわからんが、ゆりあがそう言うならそうなんだろう。さすがは私の可愛い娘だ!』
いつの間にか、動画は終わっていた。
終わってもなお、瑠架も恭一郎も口を開けなかった。
(これって所謂電波系ヒロインってやつかなぁ……それともまさか本当にヒロイン補正?)
「ねぇ」
「聞きたくないが一応聞いてやる。なんだ?」
「私も言いたくないんだけど、この子がうちの学園に入ったら本当にボタンひとつでパラ上げできるようになるのかな?」
「……そもそもどうやってうちの学園に入るつもりなんだ?」
「あ」
だよね、と呟いた瑠架に
だよな、と恭一郎も返す。
つまりはそれ以前の問題なのだった。