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STAGE.1 ここは乙女ゲームの世界ですか?

以前別名義でちょっとだけ連載していた作品のサルベージ&リメイクです。


「ねー、だじょぶ?ねつ、さがりゅ?」


藤堂とうどう瑠架るか2歳。

彼女は現在進行形で、40度近い高熱にうなされていた。

そんな彼女のベッドに身体を乗り上げんばかりにして顔を覗き込む幼児……瑠架の双子の弟である藤堂とうどう瑠維るい

まだ物心ついてない所為かカタコトのような単語しか喋れないはずの2歳児が、回らない舌を必死で動かして姉を気遣っている。

そして姉もまた、この健気な弟に心配をかけまいと気丈に振舞って見せている。

一見すると、仲のいい双子の姉弟。

……なのだが、姉の瑠架には瑠維も他の家族ですら知らない秘密があった。



「るーい、かぜ、うつりゅから。でてて、ね」

「や!ねー、おみじゅ、あげゆ」


2歳児の手にはまだ大きすぎるコップを両手で持ち、甲斐甲斐しく姉の口元に運ぼうとする瑠維。

その中身は、来る途中で少しずつ零したのかコップの三分の一程度しか残っていなかったが、それでもその弟の気持ちが瑠架にはとても嬉しかった。


(もう、なんでこんなに可愛いのっ!?もう抱き枕にして寝ちゃいたい!)


と、一歩間違えば変態呼ばわりされてもおかしくないほど、内心萌え転げながら。



そもそも、弟同様物心のつかない2歳児である瑠架が、こうも実の弟に萌えてしまうのには『秘密』がある。


それは、2日前のこと。

家族全員揃ったリビングで、『来年から二人も幼稚園か』と父親が言い出したのをきっかけに、母親が持ってきた学校案内のパンフレット。

彼らの2歳年上の姉である瑠璃るりも通っている、私立月城学園附属幼稚園の入園案内を見た瞬間、彼女は思い出してしまったのだ。


前世においてプレイしていた乙女ゲームというジャンルの人気ゲームに、【藤堂瑠璃】【瑠架】【瑠維】という三姉弟が出ていたことを。

そしてそれに伴い思い出した攻略情報や世界観などのデータ、全てを受け入れきれずに彼女は熱を出して倒れてしまった。

そうして、今に至る。




【Eyes - 君のために僕がいる】……略して『キミボク』


そんな名前の乙女ゲームを、前世の『彼女』はプレイしていた。

やりこんでやりこんで、全てのエンディングを見てもなおその熱意は冷めることなく、メディアミックス化を熱望していたくらいにはまっていた。


そのストーリーは良くも悪くも王道で、とある事情で名家に引き取られた少女が名門で名高い月城学園に入学し、そこで彼女の人生を変えることになる様々な相手と出会い、恋をして、進む道を見つけていくという1年計画のラブストーリーだ。

攻略対象は隠しキャラを含めると全部で6人、と乙女ゲームとしては少なめ。

ただ、その全員がかなり個性の強いキャラクターだったこともあり、色々な趣向を持っている幅広い層に受けたようだ。




瑠架は、パニックに陥った。

自分は何者なのか、この世界での位置づけはなんなのか、そんなことを一度に思い出させられたのだから、2歳児の脳が耐えられるはずもなく。


熱を出して意識を一時的に封じることで、脳は膨大な記憶を受け入れた。

とはいえ、思い出したのはゲームに関わる一切であって前世の彼女が何者だったのか、どんな生き方をしていたのか、などは全くと言っていいほど蘇らなかったのは不幸中の幸いか。

お陰で、子供らしい思考は減ってしまったが、それでも彼女は【藤堂瑠架】としての自我を保つことができたのだ。




「こらー、ルイってば。またおねーちゃんをこまらせてるの?」

「あ、ルリねぇ……」

「ごめんね、おこしちゃった?ぐあい、どう?」

「ん、まだ、あつい」


瑠架と瑠維が水をめぐって緩い攻防戦を繰り広げていると、2歳年上の姉、瑠璃が部屋に入ってきた。


瑠璃は現在、瑠架にとっての鬼門であるだろう月城学園の附属幼稚園に通っている。

月城学園は『私立』というだけあって授業料だけでも高く、それに更に寄付金やら施設維持費やら給食費やら旅行積立金やらと、やたらと物入りな金持ち校である。

その分ステータスや知名度も高く、この学園を出たというだけで就職率が格段にアップするというのだから、無理しても子供を通わせたいと思うのは親心か、それとも親のエゴか。


実際、やたらと費用が高額なだけあって、通っている生徒の大半が名家の子供だったり社会的に地位のある親の子だったり。

ただ、学園の方針としては『お金よりも実力が全て』という実力主義を掲げているため、一部奨学生も肩身の狭い思いをそれほどすることもなく、平等に授業を受けられているということらしい。


藤堂家もそれほど大きな家ではないが、父親が国際的に有名な大手総合商社の本社役員であり、母親もまたレストランチェーンのオーナー、しかも母親の実家は日本でも有数の名門ということもあり、長女の瑠璃がまだ物心つく前から既に月城学園への入学が決まっていた。



つかつかと部屋に入ってきた瑠璃は、まだ頬の赤みが取れない瑠架の頭をぽんぽんと優しく叩き、


「まだねてなさいね。おなかすいたら、ベルならせばだれかくるから」


と、母親の真似をして精一杯お姉さんぶった言葉をかける。

そしてしがみつくように布団の上にいた瑠維の肩に手を置き、「やー」と振り払われたことで意地になったのか、今度は容赦なく襟首に手を伸ばした。


「やー、じゃないの。ルカ、まだおねつあるんだからじゃましちゃめーでしょ」

「やーなのー!」

「こら、ルイ!」


バタバタと手足をばたつかせて抵抗する2歳児と、その襟首をつかんで引っ張り出そうと必死の4歳児。

記憶の戻る前の瑠架ならおろおろとして泣き出していたかもしれないが、今現在の彼女は妙に和んだ気持ちで二人の攻防を眺めている。


(ゲームはヒロインの編入時から始まるから、こんな光景なかったんだよねー)


ゲームは所詮ゲーム、決められたシナリオ通りに話が進んで、登場人物もまた決められた通りの台詞を喋り、選択肢によって好感度が上下する。

ヒロインを中心に世界が回り、ヒロインの見ていないところでは攻略対象はおろかモブや草木すらも動かない。


だが現実の世界では、シナリオになかった幼少時代がゆっくりと進んで行き、名前のあった者、名前のなかった者、登場すらしなかった者、それぞれが泣いたり、笑ったり、怒ったり、そうして時を積み重ねていく。


それは、ゲームにとって……ヒロインにとってある意味重要な位置づけにある彼ら姉弟にとっても同じことだ。



だとしたら、と瑠架は不意に怖くなった。


ヒロインが月城学園に編入してくるのは、彼女が高校2年になる春のこと。

その時瑠璃は高校3年、瑠架と瑠維は1年だ。

ヒロインが関わってくるまではこうして何気ない日常を過ごせても、もし『彼女』が編入してきたら。

その瞬間、藤堂姉弟に関わってきた者全てが手のひらを返したかのように態度を変えてしまったら?

彼女の所属するクラス、高等科、学園、そして世界が全てヒロインを中心に動き始めてしまったら?


それまで築いてきた信頼関係もなにもかも、世界の補正が働いてリセットされてしまったら?


(もしそうなるとしたら、これからどうやって生きてけばいいの?私は?瑠璃ねぇは?瑠維は?)


「どしたの、ルカ。ふるえてる。さむい?」

「さむいー?」

「うん、……ちょっと」

「どうしよ、ねつあがったかも!おかーさーん!!ルカ、おねつあがったー!」


バタバタと駆けていく瑠璃を見送る余裕もなく、瑠架は自分の身体を抱え込むようにしてガタガタと震えていた。

どうしよう、どうしたらいいの、そんな答えの出ない疑問を頭の中で繰り返しながら。




しばらくして、部屋に駆け込んできた母親はガタガタ震えていた娘を包み込むように抱きしめた。

大丈夫よ、ここにいるわよ、と何度も繰り返して。

どうやら熱の所為で怖い夢でも見たんじゃないかと解釈したらしい。



「ねー、ねー」

「っ、ルイ!?」

「しー。しーよ、ねー」


おぼつかない足取りでとことこと部屋に入ってくるのは、一時的に部屋を出されているはずの双子の弟、瑠維。


瑠架と瑠維は双子ということもあり、今現在は二人でひとつの部屋を使っている。

さすがに幼稚園に通う年齢になれば一人一部屋という扱いになるだろうが、瑠維が瑠架と離れたがらないこともあり、それならと期間限定で同じ部屋で寝起きしているのだが。

ただ、瑠架が高熱を出したこともあり、2日前から瑠維は両親の部屋に泊まっている状態だ。


二人とも忙しくまだ戻っていないのだとしても、屋敷内外には夜勤の常駐警備員がいるため勝手に部屋を抜け出すことはできない。

彼らが主の命令に逆らえるわけはないのだから、ここに瑠維がいるということは即ち根負けした両親が見て見ぬふりをした、ということだろう。



瑠維はベッドまで危なげな足取りで近づくと、えいっと勢いをつけて布団に乗り上げた。

そのまま、中に潜り込んでくる。


「えへへ。ねー、いっしょ」

「…………」


瑠維は、瑠架のことを『ねー』瑠璃のことを『ルリねぇ』と呼ぶ。

瑠架の記憶では、ゲーム上の瑠維は二人の姉のことを『瑠架』『姉さん』と呼び分けていた。

もしゲーム通りに進むなら、そのうち瑠架は姉扱いされなくなってしまうのだが。


だとしても、彼女は嬉しかった。

姉と呼んでもらえても、もらえなくても。

彼らは確かに、家族なのだから。


(うん、そうだよ。……私達は家族。お父さんとお母さんも一緒で、家族なんだから)


元がゲームの世界だろうと、世界の補正やシナリオがあろうと、それでも家族なのだ。

父と母がいて、毎日忙しそうに仕事に励んで、瑠璃は幼稚園に通い、瑠架と瑠維も本を読んだり音楽を聴いたりしながら、生きている。

確かに、生きている。



「ねー?」

「うん」


だったら、このまま生きていくしかないのだ。

高校生になった時、ヒロインが現れたらどうするか?そんなことを今から考えていても、熱が出るだけで解決方法など何もないのだから。


(今は、いいよね?家族とこんな時間を過ごしてても、いいんだよね?)


どしたの?と覗き込んでくる小さな頭をぎゅっと抱きしめて、瑠架はころんとベッドに転がった。

きゃあー、とはしゃいだ声を上げる瑠維の頭をゆっくり撫でる。


「ルイ、らいしゅき」

「あい。ねー、らいしゅき!」


互いに呂律の回らない舌で想いを告げあって、よく似た二卵性の双子はそのまま眠りについた。


もう、悪夢は襲ってこなかった。



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