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「魔女たちにおかしな動きがある……って、どうゆうことですか?」
ロザータの政府に呼び出され、日本から来た御影颯太は、ロザータの中でも重要な立場にある男性の前に立って、話を聞いていた。
予想通り、魔女についての話であり、魔女狩りが始まるだろうとも思ってはいた。だが、おかしな動き、というのが気にかかった。
「いやぁね、魔女が出るんだよ。最近」
「……え? それだけ……ですか?」
予想以上にあっけない答えに、颯太は呆然とする。
「いや、けど、魔女がいるなんてもは普通ですよね。日本にも魔女はいますし。俺がいた学校では魔女が先生でしたよ。チョークを宙に浮かせてみんなを笑わせたりしてましたし、忘れ物をした生徒に忘れ物を届けたり、……サボっていた生徒を一瞬で見つけたり……」
「ははは。東洋の魔女は愉快なんだねえ。そんな魔女ばかりだったら別に魔女狩りなんてしなくてもいいのにねえ」
高らかに笑う男性に、颯太は冷たい視線を浴びせる。
「いや、だから。魔女が出たくらいで大騒ぎするようなことないでしょ、って言いたいんですよ。俺は」
男性は笑うのをやめ、険しい表情になる。
「……魔女狩り推奨国であるここでも……かね?」
「……あ」
颯太は忘れていた。二年もロザータから離れていたので当然といえば当然だ。
ここ、ロザータは魔女狩り推奨国の一つだ。つまり、魔女側にとっては、ロザータは決して立ち入ってはいけない場所なのだ。それも半世紀も昔から……
「シマウマ、っているだろ? シマウマはわざわざライオンの前に立つかね? 立たないだろう。もうこの時点で異常なんだよ。魔女が、それも人目のつくような場所で魔術を使ったり、使い魔を出したり、さ」
「使い魔なんて出して大丈夫なんですか!?」
「今のところはね。だが、これは七年前と同じ、相当イレギュラーな状態だよ」
「七年前、ですか……」
ある出来事が、颯太の脳裏を横切る。とても醜く、おぞましかったあの出来事が……
「あの時は君にも辛かったことが多かっただろう。だからこそわかってくれるね? 日本のことをどうこう言いたくはないが、やはり我々は魔女の存在を認めるわけにはいかない。だから君にも手伝ってほしいんだ。……魔女の殲滅に」
男性は机の下に置かれていたアタッシュケースを持ち上げると、それを机の上に置き、開く。
そこには一メートルほどの大剣がおさめられていた。
「魔力封じの剣、《破軍の剣》。確か二年ぶりだったね。せっかく帰国したのにまたこのような心苦しいことを頼むことを申し訳なく思うよ」
颯太は剣を手に取ると、懐かしそうに眺める。
「いえ、こいつを使えるのは俺だけだってわかっていますから」
颯太は剣を背負うと、失礼します、と言い残し、その場を去った。
「変だな。民間人には手は出さないんじゃなかったのか?」
大蛇の牙を退けた颯太は、大蛇の使い魔を出したラウナに問う。
「……誰だよ。てめえは」
一歩前に出ようとしたラウナを、クレスティアが手で遮る。
「民間人というのはどちらにいらっしゃるのでしょうか? あなたがかばっているその子も魔女ですよ」
颯太は後ろにいるアルシアをじっと見つめる。
魔女に襲われていたのでかばったが、確かに魔女のような服装だ。だが、そもそも目の前の魔女が本当のことを言っているとは限らない。
「信用はできないな。別にこの子が魔女だろうが魔女じゃなかろうが、あんたらが死ぬことは確実だ」
「そう、ですか……。なら仕方ないですね。あなたも一緒に殺すまでです」
ぱちん
不気味に鳴り響いた指の音に、アルシアは、はっと息をのむ。
「縛りつけなさい……リフォーセ!!」
先にアルシアを縛りつけた拘束魔法。今度のそれは、颯太を中心に現れ、魔女狩りの少年を縛る。
「仕上げは任せます。ラウナ」
「おうよ。曼陀羅!!」
三度現れた曼陀羅は、颯太を中心にとぐろを巻き、完全に包囲する。
「やっちまえ、曼陀羅!!」
曼陀羅は、口から酸の塊を颯太に放つ。
「助かりましたよ。ラウナ。このようなグロテスクな状態を、曼陀羅のおかげで見ずにすんだのですから」
クレスティアは顔をしかめて呟く。
ぱりん
何かが割れるような音がし、同時にクレスティアは違和感を感じる。
「何ですか? これは……。どうやって抜け出したのですか!! あなたは!!」
びぎゃあああぁぁぁ
曼陀羅が突然、甲高い悲鳴を上げる。
「曼陀羅……? ぐふっ」
自身の使い魔の安否を気遣ったラウナが口から血を吐き出す。
「あなた……本当に人間ですか?」
曼陀羅はとぐろを巻くのをやめ、その場にその長い体を伸ばしきり、倒れてしまった。その様子を見ても、明らかに弱っている。恐らくそのせいで、主であるラウナの体もダメージを負ったのだろう。
そしてその弱り切った曼陀羅の体に、颯太は巨大な剣、《破軍の剣》を突き刺していた。
「やめろよ。そんな言い方されたら、俺が化け物みたいじゃないか」
颯太は剣を握り直し、大蛇の体をぐりぐりとえぐり始める。そのたびに、ラウナの口から血が出る。
「ラウナ。今すぐ曼陀羅を戻してください。早く!!」
クレスティアが叫ぶと同時に、曼陀羅の姿が消える。が、力を使い果たし、ラウナは意識を失って倒れてしまう。
「一人退場……ってことか」
颯太が呟くと同時に、颯太とクレスティアが動き出す。クレスティアはもちろん、狙いは自分だと思っていた。だが、颯太の狙いは――――
「ラウナ!!」
クレスティアの叫びは、虚しく響くだけだった。
ラウナに止めを刺した颯太は、剣を振り、刃先についていた血を払う。
今なおラウナから流れる真新しい鮮血を見つめ、怒りに満ちた表情でクレスティアは呟く。
「あなたには人間らしい感情があるのですか!? なぜ、なぜ意識のないラウナを殺したのですか!!」
「別に。俺は魔女狩りだから殺したまでだよ。あんたも、たぶん違うとは思うがこの子も、俺にとっては殺さないといけないんだよ」
冷たく言い放たれた颯太の言葉に、クレスティアは冷静に返す。
「なるほど。それならば、私も魔女としてあなたを殺しましょう」
再び拘束魔法で颯太を縛ると、間髪を入れずにどこからか取り出した短剣を颯太に向け、走り出す。
ぱりん
再び、あの音を聞き、クレスティアは攻撃を中断し、後ろへ飛ぶ。
「なるほど。その剣はもしや、《破軍の剣》ですか。しかし変ですね。破軍の剣は魔力がなければ《魔術の相殺》などという真似はできませんし……」
「先に言っとくけど、俺は魔女なんかじゃないぜ」
それを聞いたクレスティアがくすりと笑う。どうやら颯太の言いたいことを理解したらしい。
「それを聞いて安心しました。魔女が魔女を殺すのは納得がいきませんから」
颯太の周りに魔法陣が現れる。しかし、それは今までの拘束魔法の魔法陣ではなく、全く別のものだった。
「燃えつきなさい……」
魔法陣がまばゆい光を放ちながら、炎を噴き上げる。
「その剣の弱点は、自分の魔力よりも巨大な魔術は打ち消せないこと。……でしたよね?」
「さすが。……って、もともとはそちら側の武器だったっけ?」
ぱりん、という魔術を相殺する音を立て、炎の中から颯太が姿を現す。身に着けていたコートの端がちりちりと燃えているが、本人は無傷のようだ。
「なら、分が悪いですね」
渾身の一撃を無力化されたからだろうか、クレスティアは颯太に背を向け、駆けだした。
ばーん。
鳴り響いた銃声と共に、クレスティアが倒れる。
「人を殺すのに銃さえあれば十分なんだよ」
颯太の握りしめた銃から硝煙が上がっている。
クレスティアがピクリと動いた。颯太は眉をひそめ、もう一度、銃の引き金を引く。
クレスティアが力尽きるのを見届け、颯太はアルシアに手を差し伸べる。
「……いい。自分で立てるから」
アルシアはそう言い、立ち上がるが、バランスを崩してしまう。
「おっと。どうした? 魔女が怖かったのか?」
倒れる直前に、アルシアの手をつかむ。アルシアは、照れくさそうにぼそぼそと呟いた。
「……違うわよ。ただ、メイとのリンクが……」
アルシアは、はっと口を押える。魔女だということがばれれば、確実に殺されると思ったからだ。使い魔のことを話すのは自殺行為だ。
「何でもない。それよりも、あの人たちみたいに私も殺さなくていいの?」
「俺が殺すのは魔女だけだよ。普通の人間は殺さな……」
颯太の手がするっと離れる。当然、アルシアはそのまましりもちをついてしまう。
「ちょっと、何するの?」
「ごめん。訂正。やっぱり魔女の君をこのまま返すわけにはいかない」
「……あなた、あの魔女の言葉を信じるの? 私は本物の魔女じゃ――」
「信じてなかったけど、そんなのを見せられちゃ……ね」
颯太は指で、自分の首元をつんつんと指す。
「魔女の刻印。君の首筋に刻まれてるだろ。正直言って、君が魔女だとは思ってなかった。せいぜい魔女のコスプレを楽しんでいるだけだろう。って」
魔女の刻印。それは、悪魔と契約したことを意味するものだ。黒字で記された、五センチ程度でしかないそれは、魔女であるという絶対的な証であった。
颯太は剣をアルシアの首筋に当てる。
「けど、そうじゃなかった。俺は君を殺さなければいけない。……ごめん。これが……俺の選んだ道だから」
強風が吹き、アルシアの帽子を飛ばす。魔女の三角帽子はそのまま、倒れている魔女の指先にそっと着地した。