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「……何のつもりだ?」
七時前、颯太の家に来た二人、アルシアと綾花をにらみつける。
「いいじゃない。たまにはこういうことも」
アルシアは作った手料理を自信満々に出す。
ハンバーグに野菜炒め。出来立てのそれらから、おいしそうな湯気がたっている。
「綾花の料理もいいけど、私の方がおいしいんじゃ……」
「駄目ですよ。それでは御影先輩の口に合いませんよ」
何やら奥で少し、味付けに関して二人がもめている。気にせず、先に食べていようと箸をのばそうとするが、ふと思いとどまる。
このような日常を、俺は何度も砕いてきた。この空間に、俺はいてもいい存在なのだろうか?
母親を殺されてから、颯太は当たり前の報いだと思い、魔女を殺し続けた。確かに、この国にとってはこれは正しい行為だ。ロザータで起きた七年前の大戦。それによって人々の中には魔女に対する恐怖と不安が植えられたに違いない。
そしてその大戦は、魔女である母、御影亜里沙が政府に渡した、《七星の魔導書》に書かれていた宝具によって抑えられた。颯太の持つ、破軍の剣。そして綾花の持つ、武曲の弓もその一種だ。魔女の使う魔術に引けを取らない宝具を政府に渡した目的は……
「颯太? どうしたの?」
台所のアルシアをめざし、颯太はぐったりとした体を進める。
魔女が魔女を滅ぼすようなものを、人間に手渡すはずがない。そう、母もきっと、
――――魔女が憎らしかった。殺したくなるほどに。
「ん? どうしたの? 颯太」
アルシアの前で、颯太は立ち止まる。
目の前の魔女さえ殺してしまえば、もう何も悩むことは無い。ただ、親しくなった女の子を一人、失うだけで、この胸の痛みは消えるはずだ。
「……いや、何でもない。ちょっと喉が渇いただけ」
颯太はアルシアを横切り、冷蔵庫の中を確認する。
「ちょっと自販機で買ってくる」
そう言い残し、颯太は玄関へ駆け出す。
「あれ? 確かお茶がまだ入ってましたよね?」
「うん。だけど……」
アルシアは少しうれしそうに呟く。
「さっきの颯太、いつもみたいだった。……自信はないけど、たぶん」
くそっ。俺はいったい何をしようとしてたんだ!?
自分のしようとしていたことに気づき、颯太は拳を握りしめる。
今、颯太はアルシアを殺そうとしていた。自分が守ろうとしたものを壊そうとした。それこそ、ヒュドラが自分に言っていた逃げの選択だ。
颯太は自動販売機で、普段は飲みもしないブラックの缶コーヒーを買うと、一気に飲み干す。
「……にがっ」
そういえば、アルシアとファミレスに行った時も、彼女はブラックのコーヒーを飲んでいたことを思い出す。
「あれから俺の考えは変わったんだよな」
アルシアと出会わなければ、今も颯太は罪のない魔女たちを殺していただろう。だが、そのことで、これほど悩むこともなかったはずだ。
変わったことによって救われたのか。それとも、変わったことによって地獄をさまようことになったのか。執行者として魔女狩りをすることが正しいのか。それとも、このまま中途半端にこの国にとどまり続けるのか。
「やあ、悩める少年。元気にしているかい?」
「……お前か」
いつの間にか颯太の背後に立っていたのは、自分と同様に、何人もの魔女を殺してきた殺人鬼、ヒュドラだった。
「元気がないじゃないか。昨夜のこと、そんなにショックだったの?」
「まあな。見事に核心を突かれてしまったからな」
「ははは。そりゃどうも」
ヒュドラは愉快そうに笑うと、颯太の飲みかけの缶コーヒーを奪い、口にする。
「やはり味などしないか。肉体があったとしても、所詮は僕とこの世をつなぐだけのものか」
「そういえば、あんたは死んでいるって言っていたな。……それはどういうことだ?」
ヒュドラの言っていた『自分は死んでいる』という言葉が気になり、声をかける。
「へえ、覚えていたんだ。てっきり僕は、自分のことを考えるので精一杯だと思っていたよ」
そのことに対して、颯太は何も言い返すことができなかった。事実、昨夜からヒュドラの言った言葉が頭を駆け巡り、自分への自信を失いかけている。
「まあいいや。君の考えていることはわかるから手短に話すよ。死んだ人間を生き返らせることは不可能だ。君は自分の罪から逃れることはできない」
「なぜだ!? お前は自分が死んだといったはずだ。だったら存在するのだろう? 死んだ人間を生き返らせる方法が」
「まず、僕が本当に死んでいるのか疑うべきところなんだけど。まあ、今はそれは別にいいことか」
ヒュドラは缶コーヒーを傾ける。ドボドボと流れ出てくる黒い液体を黙って見つめながら、続ける。
「僕はあいつに気に入られていてね。利用されている、って言えばいいのかな。あいつの目的を叶えるために肉体を与えられているんだ」
「誰なんだ? その、あいつってやつは」
ヒュドラが本当のことを言っているのなら、ヒュドラを利用している者に頼めば、今まで殺してきた多くの人々を生き返らせることができるかもしれない。
「期待しないほうがいいよ。君が求めているものは、そこには存在しない。言っただろ、僕は肉体を与えられただけだ。僕はこの世界ではイレギュラーな存在。生命体ではないんだよ」
「くっ」
颯太の心の中は、ヒュドラに完全に読まれていた。どうやら、颯太が殺してきた魔女たちを復活させ、すべてをなかったことにするということはできないらしい。
「大丈夫だよ。僕の言うとおりにしてくれたら、君をその罪から解放してあげよう」
「……どうゆうことだ?」
ヒュドラが仮面の下で微笑んでいることが伝わってくる。
「さっきも言った通り、僕には完全な肉体が存在しない。ただ、あいつの言いなりになっているのも癪だ。率直に言おう。君の体が欲しい」
ヒュドラの言っていること。それがいかにずれていることなど、今の颯太にもわかる。
「ふざけるな!! 殺人鬼のお前の言いなりになるほど、俺は落ちてはいない!!」
「君ねぇ。その言葉を、君が殺した魔女の前で言えるのかい?」
答えることはできなかった。
「君は悪くない。魔女狩りはこの国で正当化されている行為なんだ。僕が君を観察してきたのは、君がその存在を否定し、自分の考えを貫き通そうとしたからだ」
「……ずっと監視していたってわけか」
「ああ、そうだよ。だから君の考えが今では手に取るようにわかる。君は逃げ場が欲しいんだろ? 魔女が人間だと思い出してしまってから、ずっと悩んでいたんだろ? その罪は、僕が背負ってあげるよ。君の分まで……ね」
ヒュドラの巧みな話術に、本能では危険だということがわかっていながらも、つい、口に出してしまう。
「お前がやろうとしていることは何だ?」
「そうだね。この不平等で理不尽な世界をつぶすこと。そして作り変えるんだ。誰もが平等に過ごせる世界をね。……僕が殺した魔女は、その力のための《代償》。そして君は《器》だ」
「器……」
颯太がヒュドラの器となることで、どのようなメリットがあるかはわからない。だが、なにかが変わる。そう感じた。
「すぐに決めなくてもいいよ。僕もいろいろと準備があるからね。まずは……君を縛る鎖を断ち切ろうか」
そう言い残し、ヒュドラは姿を消す。からんからんと、それまでヒュドラが持っていた缶が、音をたてながらそばの排水溝の隙間に、落ちた。




