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深夜二十三時五十分。もうすぐ一日が終わろうとしているような時間の中で、颯太は街灯の影に身を潜めていた。
ほかの四人の魔女とは違い、この魔女だけは街中に住んでいる。周りの被害が出る前に、何とかしたかった。
「そろそろ行くか」
「どこへ……ですか?」
「うわっ!?」
颯太のすぐ後ろで、綾花がボストンバッグ持ち、立っていた。
「こんな時間に大声を出すなんて、近所迷惑ですよ」
「わ、悪い。って、そうじゃなくて、なんでここにいるんだよ」
「御影先輩こそ、どこへ行こうとしているのですか? ……いえ、わかってます。魔女を殺した犯人の正体を突き止めようとしているのでしょ?」
綾花にはばれてしまったようだが、そんなことは関係ない。なぜなら、いずれは出会うはずだったのだから。
「それは偶然わかったのか? それとも、君が魔女たちを殺していたからなのか?」
「な……なぜそんなことを言うんですか!?」
当然、綾花は否定する。だが、颯太は綾花が犯人であると確信していた。武曲の弓ならば、背後から致命的な一撃を与えられることができる。いや、むしろそれが、武曲の弓の真骨頂、といったところか。
「俺だってわかっているさ。俺がやろうとしていた、魔女を逃がすことが、この国では間違ったことだということぐらい。ただな、間違っていると思っているのなら、俺の意見に乗っかったふりをするのはやめてくれ」
「違います。私は人を殺したことなどありません」
「人を、ね……」
あえてここで《魔女》という言葉を使わないのは、何か意図があるとしか思えなかった。
なおも疑い続ける颯太に、綾花はボストンバッグを差し出す。
「わかりました。そこまで言うのなら、御影先輩にこれを預かってもらいます。この弓がなければ、私は誰も殺せない。そうですよね?」
必死に詰め寄ってくる綾花の姿を見て、颯太は悩む。
颯太の考えでは、綾花は魔女たちを殺している。その凶器であるはずの、武曲の弓を渡すということは、よっぽど余裕があるのか。それとも本当に……
「いや、武曲の弓は君が持っていてくれ。魔女がこちらを攻撃してきたり、真犯人が襲ってきたときのために」
「……信じてくれたんですね。よかった」
口ではそんなことを言ったが、実際には信用しきってはいない。下手に弓を預かるよりも、自分のすぐそばで監視しておくことが一番、綾花の本性を暴けると思ったからだ。
「まずは救える命を救う。実行してみないことには、なにも進展しない」
「そう、ですね。今回の人はマンションの四階に住んでいるんですよね」
やけに詳しいな。と疑いながらも、颯太はマンションの階段を上がる。四〇二号室、それが今回のターゲットの住んでいる部屋だ。
颯太は深呼吸をし、呼吸を整える。そして玄関のベルを鳴らす。
「はーい」
魔女らしき女性の声が聞こえ、颯太は頭の中で会話を組み立てる。執行者、魔導書といった単語をいつ切るか。一人の命がかかっているこの場面で、失敗することは許されない。
「夜遅くにすみません。最近、魔女が殺される事件が起きてまして」
「は、はぁ」
当然、向こうは他人事のふりをするだろう。
「これから話すことを、落ち着いて聞いてください。自分は執行者ですが、あなたの命を奪う気はありません。ただ、魔導書だけはこちらに渡していただきたい。魔導書がなければ、こちらはあなたを殺さなければならない理由はなくなるし、黒ミサに狙われることはなくなる」
「いたずらですか。……くだらないですね。帰ってください」
「違います。このままでは危険なんです。あなたが魔女だということは、もうすでに政府に知られています。早くここから立ち去ってください」
颯太は魔女である女性を説得しつつ、綾花に注意を払う。今のところ、彼女に不審な動きは見られない。
だが、女性への注意が散漫になってしまったせいで、真犯人の行動に気づくことができなかった。
「がはっ」
女性は血を吐き、前へ倒れこむ。颯太はとっさに女性を受け止めるが、息はもうない。今までの魔女と共通で、胸のあたりを背後からえぐられていて、出血がひどい。
「御影先輩、これは!?」
「もう手遅れだ。綾花はここで待ってて。俺が仲の様子を見る」
颯太は女性を手離し、中へ突入する。必要最低限の家具のみが揃えられており、やはり魔導書は奪われていない。
「誰だ!! どこにいる!?」
部屋の窓は開いておらず、この部屋に魔女を殺したやつが潜んでいることは明らかだ。
「……ふふ。んふふふふ」
部屋の中いっぱいの高笑いが聞こえてくる。その声は若い青年のもので、少し不気味に感じられた。
「駄目じゃないか。君を慕っているあの子を疑うなんて」
声は聞こえるが姿は見えない。颯太は警戒しながら破軍の剣を構える。
「そんなに身構えなくても無駄だよ。どうせ君たちには何もできない」
「お前は何が目的なんだ!? 姿を現せ!!」
「やれやれ、君は意外とせっかちなんだね。……いいよ。ちょっと話でもしようか」
颯太の前に現れたのは、フード付きのローブを羽織った男。男はこちらを嘲笑うかのような表情の仮面をかぶっており、正体は謎のままだった。
「何者だ? お前は」
「ふふ。そうだね……冥界の使者様、とでも呼んでくれ」
「ふざけるな!!」
颯太が怒り叫ぶと、男はやれやれと首を振る。
「気に入らないかい? 僕に名前は必要ないから考えもしなかったんだけど。まあ、名前がないと、君たちも困るね。そうだな……ヒュドラって名前にしておこうか、今は」
そう言い、ヒュドラは挑発するように、破軍の剣の先をなでる。
颯太は顔をしかめ、ヒュドラを斬る。だが、破軍の剣の剣先が届く前にヒュドラが消える。
「綾花、気を付けて!!」
「やだな。逃げたりしないよ。言ったろ、話をしたいってさ。大丈夫だよ。君の興味のあることだから」
ヒュドラは颯太の背後に現れる。
「二人の執行者がある人物の記憶を失ってたろ? ……あれをやったのは僕だ」
「な……!?」
颯太は驚愕の真実に、息を詰まらせる。エルドとニコラスがアルシアを忘れていた理由。それとまさか魔女の殺害が繋がっていたとは思ってもみなかった。
「なぜそんなことをした?」
「ただの気紛れだよ。君たちの障害になると思ったから、魔術で記憶を消しておいたんだ」
「やっぱりお前も魔女か。なぜ同胞であるはずの人を手にかけたんだ?」
「その魔女って言葉、気に入らないな。僕も一応男なわけだし。そんなことを僕に聞いて、どうするつもりだい?」
相変わらず、巧みな言葉で颯太の質問をかわすヒュドラを、問答無用で斬りかかる。
「なぜ、何の罪もない人たちを殺したんだと聞いているんだ!!」
「君だって、たくさんの人を殺したんだろ? 僕を責める義理はあるのかい?」
「うるさい、黙れ!!」
核心を突かれ、颯太は動揺し、攻撃が単調になる。
確かに、颯太が殺した魔女の中には、ただこの町に住んでいるだけの人も多く存在しただろう。だが、アルシアと出会ったことで、颯太の考えは変わった。この罪の意識を一生背負ったまま、罪を犯していない人、そして、アルシアを守っていくと誓った。
「そんなことないね」
まるで颯太の心の中を見通したように、ヒュドラが呟く。
「君は、今までどれだけむごいことをしてきたことに気づき、それをたまたま出会った彼女を利用して、逃げ出したいだけの、わがままなやつだよ」
「……違う」
「けど、君がやってきたことは間違いじゃない。なんだってここは、《魔女狩り推奨国》なんだからね。この国のために、憎い魔女を殺してきた。そう、大好きな母を殺した」
「……なんで、それを……?」
カタカタと、手が震え出す。
動揺を誘うだけだとしても、ヒュドラが母が死んだことまでは知らないはずだ。何かがおかしい。
「知っているよ。なんだって、君は僕の――」
「御影先輩!!」
玄関で待っていた綾花が颯太の異変に気づき、室内に突入する。手に持っていたのは、赤と白で塗られた、シンプルな和弓、《武曲の弓》だ。
「御影先輩、彼が」
「あ……あぁ」
かすれた声で、なんとか返事を返す。
綾花はこくりとうなずくと、制服のスカートをたくし上げ、足に巻き付けられていたホルスターから一本の針を取り出す。
「武曲の弓、ねぇ。こんな夜中に《影》を狙うのは難しいと思うけど?」
「問題ありません。一撃目だけでも、この距離ならあなたを殺すには十分です」
綾花の手の中の針が、まばゆい光を放ちながら、光の矢へと姿を変える。
綾花はそれを構え、何のためらいもなく放つ。光の矢は、ヒュドラの胸を貫通し、真後ろにあった窓ガラスを粉々に砕く。
「な……なんで?」
あり得ない光景に、颯太と綾花は息をのむ。武曲の弓から放たれる光の矢は、七星の宝具の中で、最も殺傷能力に特化しているものだと、颯太は考えている。人間の急所を貫けば、敵はほぼ即死。急所以外でも、内部の臓器や骨は無事では済まない。
だが、ヒュドラは立っていた。一滴の血も流さずに。
「なんでって? そんなの決まっているじゃないか」
ヒュドラは微笑むと、そっと呟く。
「なんたって僕には実体がない。つまり僕はもう」
――死んでいるんだよ。




