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魔女狩りのアルカイド  作者: 明智 透
交差する魔導書 ーー出会いーー
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   1


 人通りの少なくなる夜の九時、星の光の中を、雪がこんこんと降っている。


 その中を十五、六歳の少女がしゃ、しゃと雪の上を駆けている。紺色のマントのようなローブを羽織っており、その下も紺色のスカート。帽子(ぼうし)も魔女を連想(れんそう)させるような、例の三角形の帽子を深くかぶっており、見た目はまるでハロウィンのためのコスプレだ。

 だが彼女、アルシアはいたって真剣(しんけん)だ。近くにあった西洋風の建物の影に(かく)れる。わきに(かか)えた一冊の本を大事(だいじ)そうになでると、ほっと息をつく。


「み・つ・け・た」


 ぞっとするような声を聞き、反射的(はんしゃてき)()退()いてしまう。が、アルシアはその拍子(ひょうし)にバランスを崩し、転倒(てんとう)してしまう。


 アルシアのすぐ目の前には三十代くらいの大人の女性。少女と似た、暗い赤色のローブを着ている以外は、どこにでもいる普通の女性だ。


「なーにそんなに慌ててるのよ。大切な魔導書ほったらかして、それだけじゃなくパンツまで見せちゃって」


 アルシアはかあーっと(ほお)を真っ赤に染めて、(あわ)ててスカートを(おさ)える。


「あらやだ。魔導書のことよりも自分優先? それで私たちから逃げられると思ってるわけぇ?」


 女性の挑発(ちょうはつ)に少しむっとしたが、立ち上がり、ローブについていた雪を軽く払うと、ぼそっと呟く。


「おばさんたちに私が(つか)まるわけないもん」


 今度は女性のほうが顔を真っ赤にする。だが、それがアルシアと同じ羞恥(しゅうち)ではなく、怒りによるものだということは一目瞭然(いちもくりょぜん)だ。


「っく!? 小娘がなめたこと言ってくれるじゃない。それに私はまだ二十八だから。まだまだ若いから!!」

「私から見れば十分におばさんだと思うけど。……じゃ、私行くから」

「待てよ!!」


 女性は大声で(さけ)ぶ。先ほどとは違い、切羽詰(せっぱつ)まったような声だ。


「なに? ちょっと不意を突いて逃げれたくれえで大人を出し抜いたつもりか? てめえ。ここまでが遊びだっていうことを思い知らしてやれ。曼陀羅(まんだら)!! 出番(でばん)だよ。あの小娘を絞殺しめころしな!!」


 女性の周りの空気がゆがむ。突如(とつじょ)、空間がぴきっと割れ、そこから体長五メートルはあるかという(へび)が飛び出してきた。

 アルシアはそれに動じず、指先で帽子の先をはじく。ふわっと上がった帽子の中で、赤い目がぎろりと不気味(ぶきみ)に輝く。


「メイ。(ほうき)


 ぽんっ、と心地のいい音を出し、箒が、ちょうど地面と平行になるように現れた。

 アルシアはそれに軽く(こし)()けると、じゃね、と小さく手を振ってその場を飛び去る。そのほんの一秒後、曼陀羅(まんだら)の牙がアルシアのいた場所を(かす)める。


「そんなんで逃げられると思ってんのか? 曼陀羅(まんだら)、追撃しな!!」


 女性のその言葉に、曼陀羅(まんだら)は応じ、アルシアに牙を向ける。が、その牙は突如現れた魔法陣によって(さえぎ)られる。


「落ち着きなさい、ラウナ。魔女狩りの奴らに目をつけられたいのですか?」


 先ほどまでアルシアを追っていたラウナと呼ばれた魔女の前に、新たにもう一人、魔女が現れる。

 年はラウナと呼ばれた魔女よりも幼く、二十二、三歳といったところだ。ラウナと同じ服装であり、髪は長い。


「ク、クレスティア。けど……」

「私たちの目的は彼女の抹殺(まっさつ)などではありません。魔導書の奪略(りゃくだつ)です。少し頭を冷やしなさい」

「だが、生死は問わないはずだ。だったら殺しても……」

「殺した後、どうするんですか? そのまま見つかっていたら、あの忌々(いまいま)しい魔女狩りの人たちがあなたを狩りに来ますよ」


 仲間同士もめている今がチャンスだと思い、アルシアは箒で一気にその場を離れようと試みる。


「あ、だからって、逃げるのは無しですよ。小さな魔法使いさん」


 クレスティアは、ぱちん、と指を鳴らす。すると、アルシアを中心にした魔法陣が現れる。


「くっ」


 アルシアはむきになり、魔法陣から(のが)れようとする。が、魔法陣はかなりの高等魔術なのだろうか、アルシアを中心にとらえたまま離れない。


(しば)りつけなさい……リフォーセ」


 魔法陣が光り輝き、その光がアルシアを包み込む。アルシアの脳裏(のうり)に嫌な予感が浮かぶ。


拘束魔法(こうそくまほう)。あなたなどには到底(とうてい)使えない魔法ですよ」

「拘束……魔法……」


 初めて聞く名前だが、名前を聞いただけでもその恐ろしさは伝わってくる。

 それまで自由に使っていた手足の自由が利かなくなる。箒から転落し、そのまま自由落下をし始める。


「いっつ……」


 アルシアは地面にたたきつけられる。が、積もった雪がクッションとなり、動けなくなるほどの手傷は負わなかった。それでも完全に無傷ではなく、アルシアの肩口から血が流れる。


「さあ、魔導書をそこにおいて立ち去りなさい。そうすれば、私たちも深追いはいたしません」


 アルシアはうずくまったまま動かない。


「どうしたのですか? まさか、痛みで口が開かない、などと言うのですか?」

「……信じない」


 クレスティアたちにようやく届くか届かないかというようなか細い声で、アルシアは呟く。


「何をですか? あなたも死にたくないのでしょ? 私たちだって、あなたをここで殺したくないのですから」

「そんなのウソ! だったらなんで私たちの教会を襲ったのよ!? あなたたちもお母様の言う世界の終わりを望む者なんでしょ!!」


 お願い、メイ、頑張って。


「何を言っているのでしょうか。そのような第一級クラスの魔導書をあなたたちが保管できるわけないでしょう。私たちはそれをこちらで責任をもって保管するといっているのですよ。そちらのほうが亡くなったあなたのお母様もお喜びになる」

「亡くなった……? 何を言ってるの? そんなこと…………」

「さすがはあの教会の主たる人物です。私たち十七名の内、彼女の魔法で生き残れたのは私とラウナだけでしたよ」


 母を失った悲しみに、アルシアの目から涙が出る。だが、泣いている場合ではないと思い直し、クレスティアに反論する。


「何でそこまでしてこの魔導書が欲しいの!? そこまで世界が憎いわけ!?」

「あなたは誤解している。こちらが交渉に来たのをあなたたちが勝手に勘違(かんちが)いし、攻撃してきたのではないですか。第一、私たちはその魔導書を保管するために来たと何度も言っているではありませんか」

「だったら殺すことはなかったじゃない。私みたいに、こうやって追いつめればよかったじゃない」

「困った人ですね。状況が違うじゃないですか。魔法結界で保護されていた教会で殺すのと、このような街中で殺すのとはリスクが違うじゃないですか。わかっていますか? 私たちは魔女狩りに捕まりたくないのですから」


 丁寧な口調で話しかけてくるクレスティアに対し、ラウナは話が進まずに、若干(じゃっかん)イライラしているようだ。


「早く出してくださいよ。もうあなたを縛る教会はないんですよ。その魔導書さえ渡していただければ、あなたは死なずに済むのです」


 アルシアは(なか)ばあきらめたようにため息をつく。


「わかったわ。渡すから魔法を解除して」


 ラウナはつまらなさそうに笑う。しかし、クレスティアはアルシアをまじまじと見つめる。


「それはできません。こちらで勝手に回収させていただきます」

「仕方ない、か……。だったら勝手に行くから、もう追ってこないで」


 アルシアの背後に何か小さなものが見える。クレスティアは知らないが、ラウナはそれを知っている。


「クレスティア、使い魔だ!! 魔法が飛んでくるぞ」

「あの状態から何ができるというのですか。そんなこと……!?」


 突如、目の前にいるはずのアルシアの姿が消える。


「クレスティア!! いったい何が起こったんだよ!!」

「落ち着きなさい。単なる目くらましにすぎません」


 今度はクレスティアを中心とした魔法陣が現れる。そしてそれはどんどんと大きくなり、やがてそれはある地点でぱりんと音を立て、割れる。

 魔法陣が割れると同時に姿を現したのはアルシアだ。アルシアはふらつきながらもこの路地裏を出て、右へ曲がる。


「甘く見ていましたね。さすがはステラ・ソフィーナの娘ですね。まさかあの年で次元魔法を使うとは。……ラウナ、逃げ切る自信はありますか?」


 クレスティアの問いに、ラウナは自信満々に答える。


「あるにきまってるわよ」

「わかりました。では彼女を――」



 抹殺します。



 クレスティアの言葉が言い終わると同時に、二人は駆けだす。路地裏を出るまで、(わず)か三秒。アルシアとの距離は……十メートルもない。

 二人の殺気に気づき、アルシアは再び次元魔法を使おうと試みる。が、使えなかった。


「メイ!!」


 相棒であり、友達でもある使い魔を呼ぶが、反応はない。アルシアはすぐに感づいた。

 先の魔法陣のダメージ。あのような高度な魔術を外し、そのうえ、強引に不完全な次元魔法までつかったのだ。使い魔とのリンクが一時的に切れてもおかしくはない。


「曼陀羅!! やっちまえ!!」


 ラウナの使い魔がアルシアに牙をむく。

 アルシアに死の恐怖はなかった。その代わり、母との約束を守れなかった自分への無力感だけがあった。

 ギュッと目を閉じ、死を待っていたが、いつまでたっても牙はアルシアを貫かない。

 恐る恐る目を開く。そこに映ったのは、大蛇の牙を一メートルはあろうかという巨大な大剣で防いでいる少年の姿だった。


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