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レノンと不死鳥によって破壊され、辺りのビルは半壊していた。その瓦礫に埋もれるようにして、颯太は横たわっていた。
「……くっ……そ……」
颯太はゆっくりと目をあけながら、自分の無力さに腹を立てる。アルシアと出会い、彼女を守り、この国を変えると言っておきながら、結果はこのざまだ。アルシアは魔導書の生贄となり、この国に更なる魔女への恐怖を植え付けてしまった。
颯太は体を起こすと、空を見上げる。夜空に上がった満月のおかげで、街灯がすべて破壊されたにもかかわらず、状況が判断できるほど明るい。人の気配は他にはなく、ニコラスは死んでいるか、未だに気を失っているのだろうと勝手に判断する。無論、レノンとアルシアの姿はどこにもない。
そこまで思考を巡らせ、颯太はある異変に気付く。
「……なんで、痛くないんだ……?」
あれだけの悪魔、不死鳥の一撃を食らっても無傷なのは都合がよすぎる。しかも、エルドとの戦いでついた傷も完治している。まるで、誰かに治療されたような……
「……みぃ」
動物の鳴き声が聞こえ、ふっとそちらを見る。そこには十センチほどでハリネズミのような、真紅の目をした小さな悪魔がいた。
「メイ、か……。無事だったんだな、お前は……」
力なく呟く颯太に、メイは、たったっと駆け寄り、右の人差指にかじりつく。
「なにするんだよ……痛いじゃねえか」
正直、痛みはそれほどなかった。メイの歯でつけられた傷はとても小さく、紙で指を切る方がよっぽど痛い。
そんなことなどお構いなしに、メイはギシギシと歯をこすり合わせる。その無力な姿を自分と重ねながら、颯太はあるルールを思い出す。
悪魔と契約者。つまり、魔女と使い魔の間には、絶対的なルールがある。それは、魔女が死ねば使い魔も消滅するし、使い魔が死ねば魔女も死ぬ、というものだ。
詳しいことは颯太にもわからないが、魔女は契約時に、自分の心臓をささげると言われている。恐らくそのことが、双方の命をつないでいるのだろう。もちろん、例外もあり、魔女か使い魔のどちらかが契約を切れば、その時点でお互いの運命の共有ということは無くなる。
アルシアが契約を自分から切り、メイを助けた。……いや、きっと彼女ならそうするだろうとは思ったが、颯太はもう一つの可能性を信じ、メイに尋ねかける。
「もしかして……生きているのか? アルシアは……?」
メイはその答えに、待ってましたと言わんばかりに飛び跳ね、がれきの山を駆け下りる。そして振り返り、颯太の方をじっと見つめ、再び前に進み、また颯太をじっと見つめる。
「ついて来い……って言ってるのか?」
メイの意図を理解し、颯太は後に続く。メイの契約者であるアルシアを救うために。
メイが颯太を連れてきたのは、小さな一軒家の跡地だった。柱が数本、半ばからへし折れており、この家を襲った惨劇を物語っている。
「メイ……なんで、なんでお前がここを知っているんだ? ここは……」
颯太は目の前の光景に息をのむ。なぜなら、
「ここは……俺が昔、母さんと住んでいた場所だぞ……」
颯太は、二度とみることがないと思っていた場所を目の当たりにし、背筋が凍り付くのを感じる。まるで見えない何か……神に運命を握られているようだった。
メイは一本の柱の前まで来ると、みぃみぃ、とせわしなく鳴き始める。
「メイ。アルシアを助けるのに関係があるの……か?」
颯太はその柱に何か違和感を感じた。子供のころは全く感じなかったが、今はオーラのようなものを感じる。
颯太は、まるでそのオーラに導かれるように、柱に手をかざす。すると、柱が光り輝き、一瞬にして姿を消し、その跡には地下へと向かう階段が残されていた。
「こんなとこに地下通路かよ。……ったく、あんたって人は」
颯太が一歩踏み出すと同時に、階段の左右に等間隔で取り付けられたろうそくに、ぱぁっと一斉に火がともる。階段は、二十段ぐらい進んだところでカーブして、先が見えなくなっている。
メイが颯太の股の下をくぐり抜け、先に進む。颯太も、今はメイの言うとおりにしたほうがいいと判断し、メイの後を追う。
階段はすぐに終わりを迎え、部屋は五、六畳ばかりの大きさの書庫となっていた。ほこりをかぶった本の中には、魔術に関するものからそうでないものまでそろっており、中には、『よくわかる韓国語講座』といった、なぜ隠す必要があるのかと聞きたくなるような本まである。
メイはその中でも一際ボロボロで、ほこりをかぶっている本の上に乗ると、ピーピー鳴き叫ぶ。
「その本……その魔導書がレノンを倒す鍵……」
颯太はその魔導書を手に取ると、手でほこりを払う。そして軽く読み進めていくと、メイのやりたかったことを理解する。
「この方法なら、多分ほとんどの魔術を打ち砕くことができるだろうな。……けど、相手は最強の悪魔だ。お前の力を疑っているわけじゃないけど、こんな付け焼刃なんかじゃ……」
レノンが呼び出した悪魔、不死鳥の強さを目の当たりにした颯太だからこそ分かる。あいつの魔力は計り知れない。恐らくあの炎ですら三十パーセントほどの力であろう。そんな相手に一人と一匹で突っ込んでいっても無駄だ。
だが、そんな颯太の態度とは裏腹に、メイは鳴き続ける。まるで、まだ何か伝えなければいけないかのように。
「ごめん。俺にはどうすることもできない。俺は魔女じゃないから……これ以外の実用的な魔導書は使えない。だけど心配はするな。あいつを一人で死なせはしないからさ……」
颯太はその魔導書を手にし、もと来た道を戻る。アルシアを救い出すことはもう、あきらめがついている。だったらこの行き場のない無力感をレノンにぶつけようと決めた。どうせ生き残ったとしても、颯太は魔女をかくまっていた反逆者だ。遠からず死ぬことは決まっている。
外に出て冷気を吸い込むと、颯太はアルシアと出会った日のことを思い出す。
「……あいつと初めて会った日は、もっと寒かったよな。雪が降っててさ……」
魔女と心中する日が来るなんてな、と物思いにふけっていると、物陰から何かの気配を感じる。
「誰だ!?」
颯太はとっさに銃を構える。弾はあと残りわずかしかなく、外したらお終いだ。緊張で手が震える中、姿を現した気配の正体に、颯太は脱力する。
「お前……どうしてこんなところにいるんだ?」