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魔女狩りのアルカイド  作者: 明智 透
交差する魔導書ーー発動ーー
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 暗くて寒い牢屋(ろうや)の中、レノンは絶望していた。全く意味のない行動で捕まり、地獄のような拷問を受け、ぼんやりと自分の死を待っている。


「……バカみたい」


 こんなはずじゃなかった。焦って動いたりしなければ今頃は転生の書‐レメゲントを奪って、あの子に認められていたはずだったのに……。


「どうしたの? そんな顔しちゃって。レノンちゃん」

「……あら……来てくれたの?」


 牢屋に現れたのは、どこにでもいるような無邪気な十歳の少女だった。その少女の姿を見て、レノンの表情がぱーっと明るくなる。


「もー、政府に捕まったって聞いてたけど、ここまでひどいことになってたなんて思わなかったよ。政府の人たちって本当に悪者だよね」

「……ごめんなさい。ドジを踏んでしまって。……けど次こそはあなたの期待に……」

「わかった。わかったから……ちょっと待ってて」


 少女はしゃがみこむと、レノンの右手に刺さっていた杭を引き抜く。杭の先からはレノンの血がぽつ、ぽつと(したた)る。


「うわっ……痛そうだね。可愛そうなレノンちゃん」

「ありがとう。死を覚悟してたからかしら……またあなたのそばにいられることが、こんなにうれしいだなんて……」

「……また?」


 少女はきょとんと首をかしげると、年齢にそぐわない冷たい笑みを浮かべる。


「レノンちゃん。何か勘違いしてない? あなたのことは助けるよ。今まで散々お世話になったからね。……でも、もうあなたは黒ミサには必要ない」

「……なんで? ……だって私はあなたのために!?」

「わかってるよ。レノンちゃんがミーシャのために頑張ってくれたこと。ここまでミーシャを『人』として見てくれた人はいなかったからね」

「だったら、なんで? 私はまだまだ役に立てる。そうでしょ……」


 言葉では説得するものの、レノンはうつむいたままだ。それはずっと隣で見てきて知っていたからだろう。ミーシャという少女が、決して自分の意見を曲げないということを。

 ミーシャは何も言わず、手に持っていた薄汚いローブを投げ捨てる。ローブの端がレノンの顔にかぶさり、レノンの視界が暗くなる。


「だからって、レノンちゃんだけを特別扱いにはできない。それじゃあ黒ミサのためにならないからね。……バイバイ」


 レノンからは見えないが、ミーシャは恐らくもうそこにはいないだろう。レノンがボロボロで(すす)けた色の布きれを払いのけると、案の定もうそこには誰もいない。

 夢だと思いたかった。だが、このボロボロのローブがおのずとそのことを物語ってくる。


「……どうせ見捨てるのなら、何でこんなにやさしくするのよ……。ほんと、もう……馬鹿みたい……」





「……なんだよ……これ……」


 颯太の見上げた先には巨大な魔方陣。そしてそこから巨大な鳥の悪魔が顔を出していた。

 あの規模の魔法陣を颯太は見たこともない。颯太が三日前に戦っていた魔女、クレスティアも魔法陣を使っていたが、この魔法陣の魔力をはるかに下回っていた。つまりこれはクレスティアを大きく上回る魔女か、もしくは……


「アルシア……なのか?」


 レノンが昨日言っていた、『転生の書を含む、たった数冊の魔導書の魔力は、グリモワールの許容範囲を超えていた』という言葉。魔女の聖地に収まりきらない魔力というのは、まさに今、頭上に現れたあの魔法陣なのではないか?


「……いや、違う。あいつがあの魔導書を使うはずがない。……ってことは……」


 だったら誰が魔導書を使ったんだ……?


 今、あの魔導書、転生の書‐レメゲントを持っているのはアルシアだ。かろうじてだが魔術が使える彼女から魔導書を奪うことなど、普通の人間には無理だ。そしてもし奪ったとしても、あのレベルの魔導書を使いこなすには魔力が必要だ。

 ロザータ政府に保管されていた《七星の魔導書》は、魔力を必要としない魔導書であり、政府の人間でも使うことができた。だが、この魔法陣が魔力のない者に制御できるのかと問いに、イエスと答える者はいない。


「……黒ミサ、か……」


 魔導書を手に入れるために、アルシアの教会を襲い、そして追い回していた組織。黒ミサほどの組織が簡単にあきらめるわけがない。


「くっそ。こんな時に」


 颯太はコートの裾を引きちぎり、廉貞の鎌の傷口に巻いて止血する。少し心もとないが、そう言ってはいられない。

 颯太は立ち上がり、魔法陣の方角に向かって駆け出す。



 ぐおおおおおぉぉぉぉぉ



 鳥獣の姿をした悪魔は、現れた翼を羽ばたかせる。

颯太はとっさに破軍の剣を地面に突き刺す。悪魔が生み出した突風が、先の衝撃によって破壊されたガラスや破片を吹き飛ばす中、颯太は必死に剣にしがみつく。


「くそっ……何なんだよ。あれは」


 颯太は剣を抜き、魔法陣の中央を目指す。そこまでの距離は思ったよりも近く、颯太の足でも一分足らずで悪魔の真下までたどりつく。目の前のビルから不気味な赤い光が漏れ出しており、恐らくそこに術者とアルシアがいるのだろう。


「待て」


 颯太に声をかけた、今は敵であるはずの人物に、颯太は問答無用に剣を向ける。


「待てと言っているんだ。……剣を下ろせ」

「あんただって今は敵だ。……ニコラスさん」


 颯太はニコラスの言葉を無視し、剣を向けたままだ。


「落ち着け。俺はエルドと違ってお前と殺しあうつもりはない」

「だけどあなたはアルシアを撃った。何の罪もない女の子を……殺そうとした」

「当たり前だ。それがこの国のルールなんだからな」


 颯太は剣を投げ捨てると、ニコラスの胸ぐらをつかむ。


「なんでそんなこと平然と言えんだよ!? 俺たちは人を殺し続けてきたんだぞ!? 許されないことを今まで続けてきたのに、ルールだからっていう理由で片づけられるわけ……」

「だからあの子とは関わらないほうがいい、と言ったんだ」


 ニコラスは颯太の腕を振り払うと、続ける。


「魔女はこの国にいてはいけないんだ。確かに彼女たちはれっきとした人間だ。ならばなぜこの国にとどまっているんだ? 魔女保護国ならどこへでもあるはずだ。そこへ逃げ込まないということは、殺されても文句は言えないはずだぞ」

「そ、それは……」


 ニコラスの言葉は確信をついている。魔女たちはこの国に強制的に縛られ、そして殺されているわけじゃない。死ぬのが嫌ならどこか別の国、颯太がついこの前まで住んでいた日本のような、魔女狩りを行わない、魔女保護国に行けばいい。



 それでも私は、この国を離れたくない。



 不意に、アルシアとの会話が颯太の脳裏を横切る。


「だからって、俺たちの勝手な押し付けを彼女たちに強要させるのはおかしい。……魔女の中にはな、意地っ張りで、この国が好きで、出て行けって言っても言うことを聞かない馬鹿もいるんですよ……」

「……それが彼女、というわけか」


 ニコラスは短く舌打ちをする。


「だが決まりは決まりだ。当然俺は魔女狩りをやめはしない」


 颯太は数メートル先に落ちている剣を拾うと、ニコラスの元へととぼとぼと歩きだす。その手には力は入っておらず、刃先は地面にすれ、キィィという嫌な音をたてる。


「……わかりました。ならあなたを倒して俺はアルシアを助けます」


 颯太は剣を持つ手に力を込める。だが、その剣でニコラスを切ることはなかった。


「あら……面白いことを始めようとしているのね」


 突如聞こえてきた声に、颯太は言葉を失った。それもそのはずで、颯太が聞いた声は、ロザータ政府の地下室に監禁されているはずの、レノン・ジュノールのか細いソプラノ音だったからだ。


「レノン。どうしてお前がここにいるんだよ……」

「あら? それほど不思議なことなのかしら? 私がここにいることが」


 赤い光の漏れ出すビルの隙間から、レノン・ジュノールが姿を現す。今のレノンは、ボロボロのローブをまとった遭難者(そうなんしゃ)といった感じだが、その見た目とは裏腹に、つい数時間前とは別人のような、圧倒的な存在感を放っている。


「お前がこの魔術を使っているわけか?」

「そうよ。あの子……あなたが連れていた魔女の子を生贄に捧げてね」


 レノンが言い終わると同時に、颯太は飛び出し、レノンの首をはねる。レノン・ジュノールという人間を殺したことは、颯太にはもうどうでもよかった。ただ、アルシアを守り切れなかった絶望感だけが取り残されていた。


 宙を舞ったレノンの首は、颯太のすぐ足元にぽとっと落ちる。今までに何度も繰り返してきた。何度も魔女を殺し続け、それが正しいと思ってきた。だが、魔女狩りはやはり間違ったことなのだと、颯太はレノンの首をぼーっと見ながら、実感する。


「こんなことは終わらせないとな。……アルシア、君が教えてくれたんだよな。魔女が、人間だってことを……」



「まだ、何も終わってないわよ」



 たった今、殺したはずである魔女の声が、颯太の耳に聞こえる。


 ごおぉっ、と鈍い音をたて、レノンの首が燃え始める。颯太はよろよろと、数歩後ろへ退く。熱気を感じ、振り向くと、胴体も首と同様に燃えている。

 レノンを燃やし尽くした炎は、空中で一つになり、新たな肉体を作り出す。


「死んだふりをしていたなんてな。……趣味が悪いぜ」

「あら、私は死んだわよ。ついさっき、あなたのその剣で」

「……それはどうゆう……!?」


 頭上の魔法陣の輝きが、よりいっそ強くなる。完全にこの世界に解き放たれた悪魔は、咆哮を上げ、炎をまとった翼をめいいっぱい広げる。


「私が召喚したのは、不死鳥(フェニックス)。今から三千年以上前に神によって魔導書に封印された……最強の悪魔」


 颯太は破軍の剣にすべての魔力を注ぎ込むが、その炎には文字通り無力だった。


「くそっ」


 ニコラスも負けじと巨門の銃でレノンを撃つ。が、レノン高笑いを上げながら炎へと変わり、弾丸はレノンの魔力を乱すどころか、向かいのビルの壁にめり込んでいくばかりだ。


「はははは……ははははは」


 これまでのレノンとは比べられない、まるで突然、山火事の中に放り出されたように、不死鳥の炎が周りを包み込む。

 そして、颯太の視界が赤く染まり、熱いと思うまでもなく、意識を失った。

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