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「……怒ってるの?」
校舎で燃え上がっている炎を背に、アルシアが申し訳なさそうに呟く。
「ああ、あれだけ魔術を使うなって言ってるのに、魔術を使うし、レノンの前に出なければいいのに堂々と出てくる。……いや、もうこの際それはどうでもいい。けどな……」
颯太は水分をめいいっぱい吸い込んだ学ランを脱ぐと、それを投げ捨てる。
「これ、どうゆう状態かわかるか?」
「……それは……」
颯太の問いかけに、アルシアは目をそらす。颯太の服は水でぐっしょりと濡れており、髪の毛の先ではしずくが滴っている。
「まあ、今はそれどころじゃないんだけどな。我慢できなかったんだろ。あいつの好きにさせとくのが」
「あら、私が一体何をしたのかしら? 私はただ、その子から転生の書‐レメゲントを渡してもらいたいだけよ」
炎が一か所に集まり、銀髪の少女へと姿を変える。颯太は左手で髪の水分をぬぐう。
「お前な……。これだけ派手に暴れておいてごまかせるとでも思ってんのか? それにこいつは気に食わないみたいだぜ。あの使い魔があんたの元にいることが」
「それもあるけど、あなた、颯太に嘘ついてたでしょ」
「……嘘、だと?」
はっとレノンを見ると、図星を突かれたせいか、レノンは表情を曇らせる。
「適当なこと、言わないでくれる? 私がどんな嘘をついたっていうのかしら」
「転生の書‐レメゲント……、お母様が私に託したあの魔導書は、グリモワールに保管されていたものじゃない」
「あら、なぜそんなことがわかるのかしら?」
「……私が物心がついたとき……十年以上前に、教会にあったのを見たの。その頃はグリモワールから魔導書を盗み出した魔女はいなかった……違う?」
アルシアの問い詰めに、レノンは微笑む。
「あら、気づいた? ……転生の書を含む、たった数冊の魔導書の魔力は、グリモワールの許容範囲を超えていた。そんな化け物みたいな魔力、制御しきれるわけないじゃない」
「じゃあなんで今、魔導書を奪いにきたの? ……たくさんの人の命を犠牲にしてまで」
「あなたは何も知らないのね。人間だって成長するでしょ。グリモワールだって耐えきれる魔力の総量も、その規模も昔とは違う。少なくとも、あの子が上に立ってからは」
レノンは懐から魔導書を取り出す。それは、昨夜レノンがサラマンダーを召喚する際に使用したものだった。
「……出てきなさい……サラマンダー!!」
レノンはそう叫ぶと、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、そっと本を閉じる。だが、いつまでたってもサラマンダーはその姿を現さない。
「なんで、……何で出てこないのよ。サラマンダー!! 出てきなさい!!」
「あなたの命令、あの子は聞きたくないんじゃない?」
「なによ。道具でしかないトカゲが私に歯向かってるって言いたいの?」
「……道具?」
なんとなくだが、アルシアの放っていた魔力の質が変わったように感じる。もちろん、颯太には魔力を感じられるような力はない。しかし、今のアルシアは、誰が見てもいつもの彼女とは違うとわかるくらいに……怒っていた。
突如、アルシアはさっと手を挙げる。大量の水が生み出され、それは大砲のようにレノンに向かって放たれる。
「あら……どうしたの? 急に」
レノンはアルシアの生み出した水と同等の質量の炎で、その大砲を防ぐ。炎と水は、互いにぶつかり合い、蒸発し消滅する。
「あの子たちは道具なんかじゃない……」
「なっ!?」
蒸気にまぎれ、アルシアはレノンの後ろをとる。バチッという強い電流が走り、レノンは三メートルほど飛ばされる。
「痛いわね。何か気に障ることでも言ったかしら」
「あの子のこと、本当に道具だと思ってるの?」
「……なあに? 使い魔にどんな感情を抱けっていうの?」
ごおおぉぉ……と、レノンの隣で火の玉がうなりを上げ、そこから炎の弾丸が打ち出される。
アルシアは次元魔法を使って別空間に逃げる。ターゲットを失った炎の弾丸は、地面に叩きつけられると同時に、爆音をたてながら砕け散る。
「わからないのなら……魔法を使うこと、やめた方がいいよ」
こちら側の世界に戻ってきたアルシアは、次は風でレノンを吹き飛ばそうとする。レノンは再び炎に変化し、アルシアの攻撃を受け流す。
炎は一瞬でアルシアのすぐ隣まで移動し、実体となってステッキでアルシアを攻撃する。
「そんなにいろいろな種類の魔術。あなた……もしかしてレア物と契約した?」
「そんなこと……関係ないじゃない」
アルシアも次元魔法で逃げ切ろうとするが、発動せずに片膝をついてしまう。
「ったく……むきになりすぎなんだよ」
間一髪のところで、颯太が二人の間に入り込み、レノンのステッキを破軍の剣で受け止める。レノンは力勝負では不利だとわかり、五メートルほど後ろに跳ぶ。
「魔力切れなんだろ? メイのことも考えてやれ」
「大丈夫。……出ておいで」
ポンッという音をだし、アルシアの使い魔が肩に乗る。レノンはメイの姿をじっと見つめると、ぼそっと呟く。
「それがレア物? ……そんなちっちゃな体にいったいどれほどの力が秘められてるのかしら……」
「いったい何なんだ!! お前が言う、レア物っていうのは」
颯太が叫ぶと、レノンはそれには応じず、ステッキを高くかざす。上空には、先の炎の弾丸を大きく上回る魔力を持つ溶岩の塊が現れる。
「私……そこまで性格、優しくないのよね。だから……教えてあげない」
「そうか……じゃあしょうがないな」
あれだけの規模の魔力を持つ溶岩を相殺できるほどの魔力を、颯太は持っていない。あれを放たれる前にやるしかない。そう感じ、颯太は駆けだす。
「遅い!!」
「メイ!!」
二人は叫ぶと同時に、魔術を放つ。レノンはすべての力をささげた溶岩の塊を。そしてアルシアは、今までアルシアが使ってきた魔術と比べられないくらいほどの存在感を持った水の砲弾を。
レノンの攻撃はきっとアルシアが何とかしてくれる。それだけを信じ、颯太は銃を取りだし、レノンに照準を合わせる。
二つの魔術が交差し、辺り一面に蒸気をまき散らしながら巨大な衝撃波を生む。その衝撃は校舎のガラスを砕き、その場にいた三人を吹き飛ばす。
「……っく」
霞んだ視界の中、颯太は銃を取りだし、必死にレノンをとらえようとする。
「このまま撃てば、あいつを……」
……殺す、のか? 人間であるあいつを……
颯太の頭に迷いが生じたが、すぐうにそれを追いだす。あいつらは、黒ミサはやっぱり間違っている。あいつらの言っている『大図書館グリモワールの復活』。それは正しいことなのかもしれない。ただ、そのために校舎を燃やしたり、人を殺したりするのは間違っている。
「……やってやる」
颯太はそう決心し、引き金に力を込める。
バーーンッ
銃声が鳴り響くと同時に、レノンは血を吐き出す。だが、颯太はまだ引き金を引いていない。
霧が晴れ、視界が良くなると、レノンの奥に見覚えのある人影が見えた。身長は高く、がたいもしっかりとしている。
「ニコラス……さん? なんで……」
「これだけ派手に暴れられたら、な」
ニコラスは颯太の質問に燃え続ける校舎を見て答える。無我夢中でわからなかったが、こんな白昼に魔女が現れたら、誰でもそこに人員を割くだろう。
「あなた……そいつがかまっているのが……」
言葉を詰まらせながらも、レノンは何かを告げようとすると、ニコラスは再び巨門の銃を構え、レノンの足を撃ち抜く。
「……殺したんですか?」
「いや、こいつから得られる情報は昨日殺した魔女の比じゃない。うまくいけば黒ミサの実体まで聞き出せるかもしれない」
「……また拷問ですか」
颯太は顔をしかめる。昨日殺した魔女、というのは恐らくエルドがとらえたと言っていた魔女のことだろう。いくら黒ミサに所属していた魔女だったとはいえ、あまり気分のいい知らせではない。
「もう行く。こいつは俺が車で運ぶからお前は帰れ」
ニコラスは倒れているレノンを担いで、近くに止めてある車の方へ歩き出す。
「そうだ、御影」
突然ニコラスが口を開く。普段は必要なこと以外はしゃべることのないニコラスがどのようなことを口にするのか、少し興味があり、耳を傾ける。
「あの子とは関わらないほうがいい」