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「あら。あの魔女はどこにいるのかしら」
近くにアルシアがいないことを確認し、レノンが呟く。
「アルシアならここにはいねえぞ。だが帰ってくれとは言わねえぞ。あんたに殺されそうになった借りは返しておかないとな」
「借りだったら私もあるわよ。あなたたちがいなかったら、目的を達成した私は、あの子に認めてもらえたのに……」
さーっと風が吹き、レノンの周りで燃え続けていた小さな炎が揺らぐ。
「別にあんたらが何をしようとも、俺は何も気にしない。魔導書が欲しいんなら勝手にすればいいし、ロザータにいたいならそうすればいい。けどな、そのために関係ない人間を巻き込むのはやめろ」
「……関係ない、人間、ですって?」
炎が勢いを増し、バチバチと火花を立てる。土が少し焦げたのか、焦げ臭い匂いが颯太の鼻孔をくすぐる。
「あなたたちが私たち魔女をごみのように扱ってきたんでしょ。だいたい、魔導書だって七年前の大戦がなければグリモワールから散らばらなかったわよ。全部、全部あなたたち政府が魔女狩りなんて言いださなければ!!」
「……すまない」
「謝るぐらいなら、なぜ今までずっと魔女を殺してきたのよ!? そんないい加減だから……私たちは!!」
さらに強くなった炎が颯太へ向かう。
「だからって……被害者ぶるなよ!!」
颯太が破軍の剣を振り、レノンの炎を消し去る。
「お前らも関わっているんだぞ。ほかの魔女を追いつめることに。黒ミサが魔導書を手にした裏で、悲しい思いをしている奴らだっているんだぞ」
「だからなんだっていうのよ。黒ミサのことを何も知らないくせに!!」
魔術に使うのであろう、長さが五十センチ程度のステッキを握りしめ、レノンが飛び出す。それを颯太は大剣で迎え撃つ。ステッキと破軍の剣が互いにぶつかり合い、キンという高い音が鳴る。
「ああ、知らねえな。当たり前だろ。黒ミサから何も言ってこないんだからな」
「あなたたちが聞く耳を持たなかったんでしょ。きっとこれからも、この国は魔女の存在を否定し続けるんでしょ!?」
「じゃあこんなやり方をしても許される、っていうのか!? 親や仲間を殺し、魔導書を奪うために一人の女の子を追い回して、恥ずかしくはないのかよ!!」
颯太は破軍の剣に力を加える。颯太の力がレノンを上回ったのか、剣の刃先がレノンの頬を霞める。
レノンはくすっと笑い、炎に姿を変える。破軍の剣は対峙していたはずである相手を失い、地面に突き刺さる。
「なにあの子だけ特別扱いしているのよ」
颯太の数メートル先に炎が集結し、レノンは実体を現す。それと同時に繰り出された炎を、颯太は剣を力いっぱい振る。破軍の剣は大きな半円を描き、レノンの炎を消し去る。
「……特別扱い?」
「そうでしょ。あの子はそばに置いて、ほかの魔女は殺す。あの子の心配ばかりして、ほかのことは気にしない。それが特別扱いじゃなくて何だっていうのかしら」
今度は颯太がレノンに飛び掛かった。レノンはそれに対し、炎で応戦するが、ことごとく破軍の剣で相殺される。
「そんなわけないだろ。俺がアルシアを殺さないのは……殺さないのは……」
声にこもっていた力が抜けていき、颯太はレノンの目の前で歩みを止める。
その答えは颯太にもわからない。なぜアルシアを殺さなかったのか。……いや、殺せなかったのは。
「俺はあいつに教えられたんだよ。魔女だって生きている、人間なんだってことを」
「だけど私は殺そうとするのね。それにこの国にいる限り、そんなおめでたい考えは通用しない」
いつもの冷静さを取り戻したのか、レノンは颯太を余裕な態度で挑発する。
「だったら俺が覆してやるよ。この国の考えを!!」
颯太は剣を高く掲げ、切りかかる。が、レノンは戦う意思がないのか、再び炎へと戻る。
「くそっ……また逃げる気か!?」
「あら、そんなわけないじゃない」
炎と化したレノンは颯太の周りを逆巻き始める。
「いい機会だからね、黒ミサのことについて少し話してあげるわ」
渦は颯太を閉じ込めるようにどんどんとその規模を狭め、やがて颯太を完全に閉じ込めた。
「いいのか? そんなこと勝手に話して」
「もちろんよ。もともと話そうとしていたことだし。それに、あなたならわかってくれるだろうし」
炎の熱気によって、颯太の額に汗がにじみ出る。颯太はそれをぬぐうと、破軍の剣を地面に突き刺し胡坐をかく。
「あら、抵抗しないのね」
「そりゃそうだろ。もともと聞きたかったことなんだし、それに俺の魔力じゃここから出られない」
落とし子である颯太の魔力は、一般的な魔女の四分の一程度でしかない。連発できるような魔術や、少ない術式で組まれた魔術は難なく打ち消せる反面、今のレノンのように魔力を大量に消費するような魔術は打ち消すことができない。
「あらそう。……なら、どこから話しましょうか」
「それなら、魔導書を集める目的を教えてもらおうか」
「そんなに急がなくてもいいでしょ。見たいテレビがあるから急ぐ、ってわけじゃないのでしょ?」
「まさか。あんたらの目的がわかればそれで十分だ」
「それは残念ね。……魔導書を集めるのは、《大図書館グリモワール》の完全なる復活のためよ」
唐突に出てきた魔女の聖地であったその名に、颯太は戸惑う。グリモワールが七年前、半壊したという噂は聞いたことがある。母のように、そこから魔導書を持ちだした者が数多くいたために図書館という機能が低下したからという理由も知っている。だが、レノンの口からグリモワールの名が出てくるとは思わなかった。
「不思議な縁だと思わない? 大図書館グリモワールと、そこを管理者である黒ミサ。グリモワールに保管されていた七星の魔導書に転生の書‐レメゲント……。これらが全部つながっているのよ。まるで、あなたをこちら側にいざなうために」
「……何が言いたい?」
それらがすべてつながっているのは颯太にもわかる。だが、それがどう自分に関係しているのか全く分からない。
「グリモワールを復活させたら、きっと魔女たちは元に戻る。七年前の大戦で引き裂かれたあの楽園が、魔女として生きる意味が帰ってくる。そしてあなたは、母親がした過ちを正さなければならない。そうは思わない?」
「母の……過ち?」
「あら、自覚なし? だってそうでしょ? 御影亜里沙がグリモワールから七星の魔導書を持ち出さなければ、七年前の大戦は起こらなかっただろうし、グリモワールも自身も消滅しなかった」
「そ、それは……」
確かに言われてみれば、七星の魔導書がグリモワールから持ち出されていなければ、この状況はなかった。颯太がこれまで母の意志として受け取っていた、『魔女は消し去るべき存在』という考えも、今では間違いだとわかる。
「だから、黒ミサに入らない? 魔導書を渡してくれさえすれば、あの子を殺すこともないし、そもそもあなたはこの国の考えに反発しているんでしょ?」
「……そうだな。確かにこの国の考えは間違ってると思う。魔女を、人を無差別に殺すことが正しいわけない。だが、魔導書は渡さないし、黒ミサにも入らない」
颯太はゆっくりと立ち上がり、破軍の剣を抜くと、ふっと鼻で笑う。
「なぜだろうな……。いまいち好きになれそうにないんだよな。黒ミサは!!」
叫ぶと同時に、颯太は破軍の剣に魔力を注ぎ込み、炎に叩きつける。だが、颯太の手には何の手ごたえも伝わらなかった。
「ほんとに残念ね。私があなたの魔力よりも劣っていると思われているだなんて」
「……そうかしら」
当然、颯太の視界からレノンの炎が消えて、代わりに大量の水が覆いかぶさってきた。
「……あ、ごめん」
「ごめんじゃないだろ。何で出てきたんだよ……アルシア」