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「そこにいるのって……」
破軍の剣を握りしめていた手の力が、より強くなる。アルシアが魔女だと知った彼、エルドは、必ず彼女を殺そうとするだろう。それが悪いことだとは言えない。むしろロザータにとっては、それが正しいことなのだ。
だが、颯太はアルシアを守ると決めた。例えこの二人を敵に回すことになったとしても、アルシアを守りたい。そう感じていた。
「今朝、颯ちゃんの家にいた子でしょ。何でこんなとこにいんの? てか、巻き込まれなかった? 怪我とかしてない?」
「あ……えっと……」
一気に緊張が解け、颯太は思わず口ごもる。そもそもさっき、アルシアの格好はコスプレみたいだから大丈夫だと思っていたはずなので、こうなってもおかしくなかったはずだ。
「颯ちゃん。ちょっと」
エルドが手招きをするので、とりあえず近づいてみると、エルドは颯太の肩をしっかりとつかみ、アルシアに背を向け、小声で尋ねてきた。
「なあ、お前の彼女、なんで魔女の格好してんの?」
「いや、だから彼女じゃなくて単なるクラスメイトだってば」
「いや、仕事中だから、これ以上の詮索はやめる。……ほんとはここで直接伝えた方がいいんだろうけどさ、やっぱ戻ってきてよ。この子の前じゃちっとばかし言いずらいことなんだよ」
「……なんだよ」
アルシアの前で言いずらいことという言葉に引っかかり、颯太は聞き返す。
「いや、さ……、お前を追っかけてくる途中で魔導書拾ったんだよね。多分あの子、食いついてくるだろ?」
「食いつくって……ああ、そっか……」
正直、アルシアが魔導書を見て、目を輝かせるようなところは想像できないが、それが、『魔女のコスプレをした女の子』ならば、容易に想像できる。
「どうしたの? そんな間の抜けた返事しちゃってさ」
「何でもない。……じゃあ俺はあいつを家に送ってから行くからさ、ニコラスさんと一緒に先に行ってて」
「はいはい。わかってるよ。そんなに邪魔なんだな……おい、ニコラス、帰るぞ」
今朝、無理やり追い返されたのが気に障っているのか、エルドは少々ふてくされたように呟く。
「ニコラス、おい、ニコラス、聞こえてんのか!?」
エルドが怒鳴ると、ニコラスは、ああ、という力の抜けた返事をする。
「おいおい、どいつもこいつも、しっかりしてくれよ。……たく」
エルドが文句を言いながら帰っていくのを見届けると、颯太はへなへなと腰を下ろす。
「さすがにあせったよ。ばれたんじゃないかと思ってさ」
「そう? そこまで深刻に考える必要、なかったと思うけど……」
「あのな……」
颯太は乱暴に頭をかくと、
「ロザータは魔女狩り推奨国だぞ。つまり、アルシアが魔女だってわかったら殺されるってわからないのか?」
「わかってるわよ。そのくらい……」
「いや、わかってない。だいたいアルシアは危機感ってものが……」
「あれ? ……ない……」
「人の話を聞け!!」
柄にもなく大声で叫んでしまったが、アルシアが必死に何かを探している様子を見て、ただならないことだと察する。
「どうしたんだよ? そんなに慌てて」
「……魔導書……落としたかも……」
同時刻、ロザータにある、誰もが忘れているであろう教会の中にレノンはいた。
「持ってきましたよ。七星の魔導書」
そう言うと、奥から、たったっ、と誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「ほんと!? 見せて見せて」
駆けてきた小柄な少女は、レノンに魔導書を見せるようにとせがむ。少女の目はくりくりと丸く、十歳らしい無邪気な笑みを浮かべる。
「あらあら、そんなに急かさなくても……あ!!」
「へへ~、もらっちゃうよ」
魔術を使ったのだろうか、レノンの手にあったはずの魔導書は消え、少女の元に現れた。
「そんなにうれしがらなくてもねえ。まだまだ先は長いのに……」
「うれしくなるよ。なんたって《大図書館グリモワール》の復活に一歩ずつだけど近づいているんだもん」
きゃっきゃっと、子供らしい笑い声をあげながら、少女は手放しに喜ぶ。
魔女の聖地とも呼ばれていた《大図書館グリモワール》。今は魔導書が各地に散らばってしまい、かつての偉業を失いつつある。そんな中、魔導書を集め、グリモワールを再建させようとしたのが《黒ミサ》だった。
「あ、そうだ。レノンちゃん、一つだけミスがあったよね」
「え……ミス?」
不意に少女に声をかけられて、レノンは息を詰まらせる。
「うん。だってね、あの子も持ってたじゃない……魔導書を。それも神が記したといわれる《転生の書‐レメゲント》をね」
「……そんなことは……」
「失敗は失敗だよ。ごまかさないでよね」
レノンを見つめる少女の目の奥には、すべてを飲み込むような冷たさがあった。
「あの子だよね。クレスティアが向かった教会の魔女って。すごい魔導書を見つけたからって言ってたから、何かと思ってたら……ふふ」
「……クレスティアはどうなったのかしら? 今日はいないみたいだけど」
「あれ? 言ってなかったっけ? 死んだよ。破軍の剣を持ってるやつに殺されたの。レノンちゃんは生きて帰ってきたのにね」
生きて帰って来てくれてよかった。そのようにもとらえられる言葉だったが、レノンは、全く違う意味だと感じた。すなわち、クレスティアは必死に魔導書を奪おうとしたが、お前はのこのこ帰ってきたんだ、と。
「……わかった。今度こそは必ず持ってくるわ」
「うん。楽しみにしてるね」
その笑顔はまさに、先ほどまでとは違ういたいけな少女のものだった。