クリスマスプレゼント
題名『クリスマスプレゼント』
18世紀のアメリカ、スラム街に一人11歳の黒人の女の子が、12月の寒さに震えながら街角に立ち、奴隷のみんなで作った木のマリア像を売る為にカゴに入れて、小さな細い声で通り過ぎる白人たちに向かって、声をかけていた。
名前はホリー。
貴族の白人が、そんなホリーの背中を後ろから大きなブーツで蹴り飛ばした。
ホリーは積もった雪の上に転がるが、すぐに立ちあがった。ホリーの顔は必死で笑顔にしていたが、目は怯えている。白人はそんな姿をみて笑った。
このような迫害は日常的だった。黒人は人間ではなかったからだ。ホリーの母は15年前にアフリカから無理やり動物のように首に鎖をつけられたあと、奴隷船に詰め込まれアメリカへと渡って来た。そして、去年の冬、幼い弟ウィルとホリーを残して強制労働の苛烈さの為に、天国へと旅立った。
ホリーたちの主人は比較的人道的なひとで、今年いっぱいまで二人の姉弟を雇ってくれていた。今年のホリーの働きによって、追い出されることになっている。食べ物なんて捨てる家なんてない時代の冬に、放り出されたら命はないだろう。
細いホリーの体には、この冬の寒さに耐えきれず、肺炎までおこし微熱さえあったが、弟の為に休むことはゆるされない。
苦しさに目が眩み、かがみ込んだ時、ひとりの白人女性が声をかけてきた。
「大丈夫?」
彼女はダイアナといった。貴族だったご主人を亡くした 未亡人で、子どもも授からなかった。黒人といえども子どものホリーをみて、助けたいと思ったのだろう。
「もうすぐクリスマスね。わたしがあなたにしてあげれることはないかな?」
ダイアナはとても優しく声をかけてくれた。そんな彼女をみて肺炎で苦しんでいたせいか、ありえない言葉がホリーの口から出た。
「わ・・わたしと弟を買って・・・ください」
ダイアナは驚いた顔でホリーをみた。黒人だったがホリーが可愛くみえた。彼女はホリーを抱えるようにホリーたちの主人に逢いに行った。そして、話をもちだしたのだ。もちろん、幼いホリーとその弟ウィルを買う為の商談だ。
しかし、主人はありえない値段をふっかけて来た。
彼女は悲しそうな顔 で、ホリーに伝えにいった。
「ごめんなさい。ホリー。わたしにはあなた達二人をわたしの家に連れていけるほどのゆとりがないの・・・。ゆるしてね。」
ホリーは必死で
「弟だけでいいです!お願いです。弟だけでもお救いください。」
弟のウィルは信じられない高額で、彼女に買い取られることになった。その日からわけもわからずに、ダイアナの家に住む事になったのだ。ホリーはとてもうれしそうな顔で、弟を抱きしめた。
「あなたはダイアナさんの家にいくのよ。わたしはここでお仕事があるからね。すぐにあなたに逢いにいくからね。」
姉の嬉しそうな顔に安心したのか、ウィルも笑顔でうなずいき、ダイアナの手を握り、別れを惜しむことなく去っていっ た。
ホリーの前にいつもいた弟が去ってしまった。それまでは、冬の寒さを弟と一緒に重なって、ベッドで眠りしのいできたのに、ひとりになることで体が温まらなかった。肺炎が悪化した。そしてある日、ホリーの姿が忽然と消えたのだった・・・。
12月24日の夜:クリスマスイヴ
ホリーは、歩いていた。寒い冬の雪が道に積もっている中を・・・。あまりの苦しさの為か、寒さも感じない。そして、大きな屋敷の暖かい場所で、弟ウィルがクリスマスを祝っている姿を、ぼんやりと見る事ができた。
とても嬉しかった。
ホリーは弟の姿をみて、その場で倒れた。その顔は幸せで満たされていた。
ウィル・・・幸せになってね・・・
ヒヒーン!
大きな馬車が倒れたホリーの前に止まった。
「なんだ・・・てっきり弟のウィルに逢い に行ったのかと思ってたが、全然違う場所でこときれてたのか・・・。手間取らせやがって。」
馬車から下りて来たのは、ホリーの主人だった。主人は痩せ細ったホリーの体を軽く持ち上げ、荷台に無造作に乗せた。
もちろん、街の人たちが黒人の子どもの亡骸を乗せている男をみても、誰も驚く者なんていなかった。
そのまま馬車はホリーを乗せて走り去った。もう自分の意志で動くことのないホリーの体は馬車の揺れに規則正しく動くだけだった・・・。
その夜は、雪が降ることは無い寒い夜だったが、とても綺麗な星空が空一面に広がった素晴らしい日だった。
ホリーの顔は弟に最上の【クリスマスプレゼント】を与えることが出来たことの満足からか、やすらかに微笑んでいた。
『クリスマスプレゼント』 おわり