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願い

 願い


午前零時、遠くで鳴る除夜の鐘を耳にしながら、実家を出る。

おーちゃんが俺に気づいて、犬小屋からのそりと出てきて尻尾を振る。

「寒いから出なくていいよ」

頭を撫でて抱き寄せてやると、遊んでくれると思ったのか、本気で甘えてくる。

連れてはいけないのが判っているから余計にかまってやりたくなる。


そう

静稀しずきの声だ。振り返ると門の外に立つ姿を見つけた。

「ごめんね、おーちゃん。しぃくん来たから俺、行くね」

ワンと、納得がいかないように吠えて、俺を睨むけど、仕方ないよ。静稀の方が先約なんだからさぁ。

立ち上がって門扉に向かい、後ろを向いてまだ尾を振っているおーちゃんを見る。

「ちゃんとあったかくしておやすみ」

帰るように促すと、クゥンと寂しげな声を上げて自分の寝床に戻っていく。

ちょっぴり可哀想になった。明日はちゃんと遊んでやるから勘弁してな。


「奏、行くよ」

「うん」

「オリオンも連れてくれば良かったのに」

「ん。でも、神社とか人ごみの多いとこで、あんまり迷惑かけられないしね」

「まあね。世の中全部が犬好きっつーわけじゃねぇしな」

「そうだね」

あたりまえだけど、世の中の誰彼もが同調するわけではない。俺と静稀だって、随分と長い付き合いだけど、おまえの心の中なんて俺にはわからないもの。


神社は思ったよりも疎らで並ぶ必要も無く、お参りができた。

賽銭を入れて拍手を打つ。

「ニ礼ニ拍手一礼って書いてあるよ」

賽銭箱の横に書いてある紙に気づいて隣りを見る。

「いいよ、もう。祈ったから」

踵を返す静稀の背中を見ながら、俺も慌てて祈って後を追った。


「あんまり込んでなかったね」

「うん。奏、おみくじ引く?」

「引く」

ちゃんと巫女さんのいるところで百円渡しておみくじを貰った。

「巫女さんかわいいな」

「おまえはあのコスプレに萌えてんだろ?」

「おまえもだろ?」

「…おみくじなんだった?」

「…中吉。おまえは?」

「小吉」

「微妙過ぎるな」

「全くだ」

用意されているしめ縄に括り付けながら、互いに笑った。


神社を出て、いつものように川の土手に向かって歩き始めた。

無茶苦茶寒くないし、風もないから真冬の夜中の散歩も悪くない。

「奏、何祈ったの?」

「えっ?しぃくんは?…ああ、志望大学合格!だよね」

「…まあ、そうだな。それと…奏と仲良くいられますように、かな」

「…」

そんなこと言ったって、おまえ、行くじゃん。ひとりで遠くに行っちまうじゃん。


「…なんだよ、黙り込んで」

「静稀はズルイ」

「なにが?」

「俺が追っかけられないところに、行っちまうから…」

「大学の事?」

「…そう…」

「遠くったって、新幹線で二時間じゃん。会おうと思ったら会える距離だよ」

「…そう、だね」



出会ったのは小学一年の時。それからずっと学校も一緒で、高校は俺には少しレベルが高かったけれど、どうしても静稀と一緒に行きたくて、懸命にがんばってなんとか合格できた。

そして合格の日、それまでずっと心に抑えていた静稀への想いを、告白した。

親友という勲章を捨てることになるかもしれないけれど、これからも親友のままだけで一緒にいることの方が、俺には苦痛に思えたし、それで撃沈するのなら、仕方がないとの覚悟した。

だけど静稀は言った。

「奏は俺がおまえを嫌いになんかなれないってわかってるから、ワルなんだよ。かわいい顔してさ」

「え?」

「…悪かったよ。今までおまえの気持ちに気づかなくて…ごめんな」

「静稀…」

「俺もおまえが好きだよ。これからは親友プラス恋人ってことでいいか?」

「うん…うん」

あんまり嬉しかったから、思いきり声を出して泣いてしまった。


パートで夕方まで帰らない母をいいことに、あいびきは主にうちの部屋。やることはひとつで、静稀と色々エロ的なことに挑戦。ふたりとも初めての事ばかりで戸惑うことも多く、なかなか快感を掴むまでは難しかったけれど、静稀が好きだから、少しでも気持ちよくなって欲しいって思ったから、俺は頑張った。

頑張ったおかげでふたりともセックスを楽しめるようになった。それからは飽きる程やりまくり、馬鹿みたいだと笑い、ずっとこうしていような、と、誓い合った。


高三になり進路を決める時、静稀は自分の志望大学を国立理系に決め、俺は静稀程、成績も良くなかったから、早々に公務員試験を受け、市役所に就職が決まってしまった。


新幹線で二時間って言ったって、ここ田舎だし、もっと時間かかるよ。交通費だってバカにならないし…そんなに簡単に会える距離じゃない。


今までずっと離れずにいたから余計に不安になる。

静稀はそんなことはないのだろうか…


川岸に沿った土手は、まだ舗装されず、暗闇の中、乾いた土と枯れた草道を歩いた。

「奏、今、何考えてるか当てようか。…俺と離れる事が不安で仕方ない。俺が浮気するかもしれないから…だろ?」

「…うん、それとしぃくん、都会の色に染まっちゃうかもしれないし…ね」

「すげえ昔の流行歌みたいだな。変わってしまう俺が怖いか?」

「…」

「人は変わり続けるものだぞ。俺もおまえも変わっていくんだよ。まあ、言い方を変えれば成長っていうのかな。だからって俺が奏を好きでいることは変わらないから、安心しろよ」

「うん」

突然の静稀の言葉に、たまらなく不安になる。

変わっていく俺を、静稀は愛し続けてくれるのか?俺は静稀を愛し続けられるのか…


向こう岸の灯りが仄かに辺りを浮かび上がらせ、冬夜の川は静かなまま、闇色のきらめきできらきらと輝く。

「さすがに寒いな」

「うん」

初日の出を拝みたいけれど、とてもじゃないが立ってるだけじゃ寒すぎて、それまで待ちきれない。


「来年は、一緒にこの土手で初日の出を眺めような」

「うん」

そう言ってくれる静稀の優しさが、すごく好き。


こんな想いがずっと続くこともないのだろうか…

こんなに近くにいる静稀が、少し遠い気がする…

バカ、今からこんな弱気じゃもたねえぞ!


「ねえ、しぃくん。俺さ、神社で祈ったのは、しぃくんとずっと仲良しでいられるように…だったけどさ…変えるよ。俺がしぃくんをずっと好きでいられるように、って。それが俺の願いだから」

「奏…」

「元気でね、しぃくん。俺はどんなしぃくんも好きでいたいって思っている」

「…ありがと、奏」


それから俺たちは、約束のキスをした。

いつまでも互いを好きでいようと…


簡単じゃないけれど…

努力するよ。

おまえが、好きだから…




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