表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/47

それでも道を行くのなら



独りで行くのは怖くない。

失うものがないから

得るためにいくのだから


そこには希望が満ちている。


けれど


独りで帰るのは少し怖い。

そこに何があるかを知っている。

そこに何がないのかを知っている。


自らが通ってきた道なのだから



新しいもの

古いもの

未来

過去



進むなら

先を知らないのは当たり前。


戻ることは

何が変わってしまったのかを知るのだろう。

何をしてしまったのかを見るのだろう。



けれど

独りでなければ

誰かと一緒に行くのなら


どうだろう





________________________________________




最後の一撃を食らい、上空に浮かんでいた影の片割れが落ちていく。



見下ろす神と落ちていく神

象徴的な光景。


栄華を誇っていた王が落ち、新たな王が立つ。


神としての格付けがそこで決まる。




「――おしいとこだった、って感じか」


作り出していた術式。

結界として込めていた力を解きながら、その情景を眺めた。



最後の最後

相手の虚をついた一撃

避けられるはず(・・)のない攻撃


あれがもし、(・・)の輪でさえなければ、結果は変わっていたのかもしれない。


確かに、あれはこの国の先端の技術を使った道具であり、神具としても最高級品といってもいいものだ。

けれど、その材質は鉄であり、その技術は伝わったもの―――渡来(・・)した文化の産物である。

それはこの国では最新であっても、それを伝えた国にとってはもっと古くから存在していたものなのだ――むしろ、新しいものであるからこそ、まったく知らない部分を多く含んでいる。


相手は大和の神、新しく伝えられたものの中心点に位置する者たち

ならば、その扱いには一日の長がある。


もし、古来より伝わる武器を使っていれば―――違う攻撃方法をとっていれば


―――まあ、考えても仕方がない、か。


それを選んだのは自分、それを信じたのは自分だ。

一番良いと思う方法を選んだ。

それに、後悔も反省もあれども―――結果は覆らない。



そういう巡りあわせだった。

負けは負け、だ。

ギリギリだろうと、偶然だろうと、それを語り継ぐのは――勝者。

歴史を作る権利は勝者にある。

信仰を――畏怖を力と変える神にとって、それは致命的。


より強大なものに靡くのが、人の性。



――しかし、まあ割り切れないのも人間ってものなんだが、ね。



人の世の習いを想いながら、その先に待つものを思う。

強さに憧れながら、弱さに拘るのも人間というものだ。


とくに―――昔を忘れるというのは難しい。


幸福であれ、恐怖であれ、それは深く刻まれている。

ある意味、新たなものを得たからこそ、その対比として強く残るだろう。



――さてさて、あの神さまはどうするのか。



諏訪の神が落ちた方へと飛んでいく大和の神。

おそらく、その力――信仰を奪うために何かをするつもりなのだろう。



「まったく――相変わらず、間の悪いときに居合わせるもんだ」


ただ、様子を見るだけ――そのために訪れた。

そして、そのほんの数刻程度の恩返し(・・・)によって事件に巻き込まれている。


――ほんとに、何か悪いことでもしたかね。



思い当たる節は――あるな……

…しかし、まあ長い年月にほんの数ひゃ…千程度だ、許容範囲だろう。

そもそも、そういうことに巻き込まれるからこそ、そんなことを繰り返しているような気もしている。


「はあぁ……」


中途半端に思い起こした過去の事件の数々に少し肩を落としながら、地面に放り出していた荷を肩にしっかりと結びつけた。


――さてさて


「そうはいっても」

放っておく気にはなれない。


「――頼まれごともあることだし、な」



友人をただ見捨てるほど――人間(・・)を捨ててもいない




________________________________________




ぎりぎりのところだった。


気を失い、地の落ちた神を見下ろしながらそう思った。



――もしあれが、(・・)の武器でなければ、倒れていたのは私の方だったかもしれない。


眼前にまで迫っていた鉄の刃を思い起こす。


咄嗟に発した力―――植物の力によって赤く錆びつき、落ちていった鉄の輪。

もし、その鉄の概念を知らなければ―――それが鉄でなければ



けれど

そうはいっても、勝ったのは自分。


古の土着の神が負け、新たな大和の神が立ったのである。



「ふう……」


息を吐く。


何はともあれ、これで自らの存在を確立させることができるのである。

ここに訪れた目的のほとんどは達しったといってもいい。


――あとは


目の前に倒れた神。

その力を奪い取るだけである。



「……。」


正直、あまり気は進まない。


自分たちは侵略者であり―――今ある平和を乱しにきた側なのである。

いわば、盗人と変わりない。


――けれど


これが神というものであり――信仰を得るということだ。

新たな為政神として認められるに、その強さを示さなければならない。



今、この強き神を下し、私は新たな強き神となった。

それだけでも、私は崇められる神となれるだろう。

今度は



「恐れられる神にならなければならない、って感じか」


その身体に手が届く、そこまで近づいたところで声がした。


「強きものとして認められ、崇められる理由を得た。今度は――それを崇めなければならないという理由をつくらなければならない」


後ろ。

先程越えてきた湖側から響く低い声。


「望み、願う――それと同時に、恐れ、怖がり、畏怖する」


今の今まで感じすらできなかった気配。

通常の人間としての気配すら殺しきっていた存在。


「それが、神を崇めるということであり、信仰するということ」


静かに、呟くように発せられた声は、不思議とよく聞こえた。


「だから、それを示す――そんな感じ、かね」


面倒くさそうに――まるで、呆れているかのように、やる気なく締めくくられた声。

そこに立っていたのは、ボロボロの姿をした人間。


「まあ、正しいっちゃ正しい方法か」


纏わりついた土を軽く払いながら、こちらを見据える人間。

多少、その汚れは消えたが、すでにボロボロとなった着物のせいでほとんど変わったようには見えない。


「何者だ―――人間…」


気配も察せなかった存在に、多少警戒を抱きながら睨みつける。

普通の人間なら威圧されるような眼光――それにまったく怯んだ様子も見せないままに男は答えた。


「何の変哲もない人間ですよ―――ただ、長生きしてきただけのね」





________________________________________




カサカサと木の葉が音を立て、風が通り抜ける。

後ろからは湖が波立ち、空気を飲み込む音がする。


先程の戦によって荒れていた波もどうやら治まってきたらしい。

多少の余韻はあれど、ほとんど今朝と変わらない静けさが戻ってきている。


そんな関係ないことを考えながら、こちらを観察する大和の神を見つめる。


――赤い衣装に青の髪……諏訪の方よりも背が高いな…


神といってもやはり、一人一人…一柱一柱違うものだな。


どちらかというと少女に近い諏訪の神と大人の女性といった様子の大和の神。

これは神としての性質の違いからくるのだろうか。

それとも、その性格がその姿に影響を与えているのか……


「――ただの人間が何の用」


―――ととっ、と……


不意にかけられた声に、なんともなしに続けていた思考をとめ、相手に向き直った。

また、馬鹿なことを考えていた。


「いえ、まあ――そちらの神さんに少し縁がありましてね」

どうする気なのか、とね。

そういいながら、気を失っている様子の諏訪の神へと視線を向ける。


かなりの神力を消費し、傷を負ってはいるが、その存在に支障が出るほどではないようだ。

このまま暫く眠っていれば回復するだろう。



「ただの人間と神が――どうやって縁を結ぶと」


疑うように放たれる声。

訝しげな視線が、こちらと後ろ往復する。


まあ確かに、余程のことがなければ、神宮関係者以外の人間が神と関わることなどありえないだろう。

今の自分の姿を見ても、決してそういう者には見えない。


「――色々と妙縁重なりまして」

ただの偶然ですよ、と笑って返すが、相手は信用がならないという表情である。

確かに、そういっている自分であっても胡散臭く感じている。



「――で、そちらさんをどうするつもりでしょうか」

これ以上、証明ができない話を続ける意味も無い。

そう考えて、話を先へと進める。


相手は少し不満気な様子だったが、自分でもそう思ったのだろう、素直にその答えをいった。


「貴方のいった通り――力を奪い取って消えてもらう」


低く、呟かれた言葉。


「まあ、そうでしょうねぇ」


――答えは、予想通りのもの。


己の恐怖を示すための『見せしめ』。

それは、正しく神の行いであり―――勝者の行い。

決して間違ったことではない。


「神話―――歴史ってのはそういうもの、か」


敗者が力を失い、その利益と恐怖を失くすからこそ、信仰は失われる。

そして、その積み上げた力の歴史は、そのまま新たな勝者に奪われる。

そのための、下地作り。


「そう―――そしてこれは、神同士の決め事みたいなもの。この国の神として、この子にもその覚悟はあったはずよ」


「神としての――覚悟、ね」


確かに、神さまとはそんな存在だ。

力あるものがその頂点に立ち、力がなければとって変わられる。

それが、戦神――人間と密接に関わるものならばなおのこと。


諏訪の神は力を持ち――その頂きに君臨した。

得たからこそ、それを奪われる覚悟も持たなければならない。


それが

力あるものの宿命

決まり事


今まで、山になるほどに見てきたこと



けれど



「――あんまり好きじゃない、な」

そういうのは。


ぽつりと突然呟いた言葉に、相手は怪訝な顔となった。

警戒、というよりも意味が分からないといった表情。


そう

この言葉に意味なんてない。

分からなくて当然のことだ。


これは

ただの自分にとっての好き嫌い


「―――いえねぇ…大和の神さまよ」



気に入らない答えを塗りつぶすための我がままであり、誰に頼まれたものでもない勝手な提案。

嫌なことに首を振る子供の駄々のようなもの。


「一つ年寄りの戯言を聞いてみませんか?」


ますます意味の分からない表情をする大和の神。

それを真っ直ぐに見据えながら、言葉を紡ぐ。



「一足す一を、そのまま二にする方法なんてものを、ね」



自分勝手な自己満足を





________________________________________




「…ううぅ…」


温かい風を感じて、暗くなっていた視界に少し光が差し込んだ。

散り散りになっていた意識が一つとなって、やっと、自らの状態を理解し始める。


「むううぅ…」


体中の骨が軋みを上げるような感覚に、思わずうめき声を上げた。


「体中がだるい……」


腕一つ、指一本動かすだけでも多大な精神力を必要とするような状態に陥っている自分。

徐々に身体の感覚がはっきりし始めたことで、余計にそれを実感していく。


――ええと…一体何をしたんだっけ……


身体の疲労と共に朦朧としていた記憶が少しずつ焦点を結び、微かにだが、自らがこんな状況に陥った経緯が浮かび上がってくる。


――ええと、確か…


朝一番に妙な人間にちょっかいをかけて…ホントにみょうちくりんな人間で

その後、大和の神だとかいう女が現れて……国を寄越せだとかなんとか…



激しい戦闘。

明滅する弾幕。

荒れ狂う雲。


最後の情景は――錆びつき、赤く変色した円形の刃。



――ああ……負けちゃったのか。



その光景――落ちいく自らの神具が思い浮かんだとき、それを理解した。



自分は負けたのだ。


「あーあ…」


折角つけた力も――負けてしまえば、そこでおしまい。

全て奪われて、白紙に戻される。


私の神話も、ここで御終い。

後は、敗者として名を残すだけ



「ふう……」


――あっけないもんだね……


栄華を誇り、力を振るっていたのはつい先程まで

崩れ落ちるのに、時間はいらない。

ほんの数年も立たないうちに、私の名前も埋もれてしまう。


これまで、繰り返されてきたことと同じ。



――いつか滅びるもの、か。



永遠に続くと思っていたわけではないけれど、こんなにも簡単に壊れてしまうとは思っていなかった。

砂で作った造形が、風で解けてしまうような――そんな呆気なさ


――こうして意識を保っていられるのもいつまでだろう。


きっとすぐに、自分は堕ちていく。

敗者として、落ちぶれた神として、その存在を変えていく。

今の自分を保てないほどに、八百万の一つにも数えられないほどに



下手すれば、そのまま忘れられて―――消えてしまうかもしれない。

その歴史――記憶ごと


少なくとも、今のままではいられない。


走馬灯のように巡るのは

神としての日々。

重ねてきた時間。


自ら望んだこともあった。

望まずそうなったこともあった。


それは

いつの間にか築いていた場所。

けれど、

確かな、自分の時間。


それも、消えてしまうかもしれない。



「………。」



薄く開いた瞼から差し込む光。

前髪を揺らす優しい風。



――折角、面白いやつも見つけたのになぁ。



つい先程まで、笑いあっていた相手を思い出す。


変り種のおかしな人間。

久々に出会った新しいもの。


こんな人間もいるのかと

神と人の関係でしかなかったものへ――新たな興味が生まれた。


――少し、勿体無いなぁ。


ここで終わりってのは。

そんな名残惜しさがこみ上げる。


けれど、仕方がない。

今まで自分が下してきたもの達だって、そう思っていたのに違いないのだから。



だから、仕方ない。



「――そろそろ、目を覚ましてくれませんかねぇ」



そんな思考を遮るように、気の抜けた声が落ちてきた。


「折角の焼き魚が冷めちまう」


丁度、思い返していた声が。


「それとも、お魚は口に合いませんかね」

「あ…れ?何で…」

あんたが、そう続けようとした言葉は、視界に入ってきた妙な光景によって塞がれる。


「お、お目覚めですかね」

諏訪の神さん、と気軽に声を上げたのは、確かに、あの妙な人間だった。

その隣には焚き火がたかれ、木の棒に刺された魚が置かれている。

先程から話しているのはそれのことだろう。


そして、その焚き火を挟んだ向こう側にいるのは、先程まで自分と戦っていた存在。


――大和の神…?


上手く理解できない光景に、思考が停まる。


――え?あれ…?


「そっちは…まだ少し。こっちが焼けてますよ」

「おや、ありがとう」


差し出された焼き魚を受け取る神と「いえいえ」と笑いながら答える人間。

状況についていけず、ますます混乱が増していく。


「――にしても、本当においしいわね。何かコツでもあるの?」

「まあ、ここの魚がいいのと……あとは海で採ってきた塩がね」


美味しそうに焼き魚を頬張る大和の神。

それに対して普通に受け答えする人間。


決して飲み込めない違和感に満ちているが、本人達はあくまで普通。

一体どういう変遷を経てこういう状況に陥ったのか、疑問ばかりがあふれていく。


「さて、お嬢さん――混乱するのも解りますが…とりあえず、ここに座って飯でもくいませんか?」


人――神をも食ったような悪戯っぽい笑みを浮かべて笑う男。

大和の神は、少し複雑そうな表情をしているが、こちらに敵意をもっている様子ではなかった。


――ああ、もう。


よくわからない。

わからないが――


痛む身体を押して立ち上がり、焚き火を囲むように男の隣へと腰を下した。


――どうせこの先は相手次第なんだ。


殺到する混乱を無理やり押し込めて、言葉を発した。

「それじゃあ、いただかせてもらうよ」


伊達に長い年月を生きていない。

こうなりゃなりゆきまかせだ。


そう開き直って、男が手渡した魚を頬張った。



―――おいしかった。






________________________________________





「―――つまり、こういうこと?」


残りの魚を食べ尽くし、食後の一服をいれてから、それまでの経緯を多少要約しながら説明した。

それを聞き、しばらく黙り込んだ後、諏訪の神は確認するように尋ねる。


「信仰を少しずつ変化させ、それに大和の神の力を加えていくことで――今ある信仰(・・・・・)を保ったままでその力を取り込む」

「ああ、そのために、信仰の対象が少しずつずれていくように細工をする。社の改名とか、新たな形としての御神体をつくっておくとか……あとは、神としての格付けを何か(・・)で示しておくとか、ね」

上手くいけば、現在の信仰を保ったままで、土着と大和、両方の信仰を得ることができる。

過去から続く伝統ごと、その信仰を呑みこんでしまえるのだ。

しかも、対面と矜持さえ考えなければ、実際として諏訪の側にもほとんど損がない。

実質的な利益としては、新たに大和の力が得られる分、その針は利の方へと傾く。


「なるほど、ね」


諏訪の神は、納得したように頷いた。


「確かに、こちらとしても益が多い――何より、負けた側のこちらとしては願ったり叶ったりだ―――……だけど」


そこでふと、その表情が曇ったものとなる。


「――あんたはそれでいいの?」


黙り込んでいた大和の神へと向けた問い。

それは当然のものだろう。


今まで語ったのは、全てが上手くいった時の話。

もし、諏訪の神が反旗を翻せば、人々がやはり過去の伝統を変えようとしなければ、それが上手くいかなければ成り立たないものでもあるのだ。


大和の側にとっては、その獅子身中に虫を飼うにも等しい行為だ。

わざわざ、自分達が失脚する可能性を抱え込むこととなる。


だから、これは都合の良い幻想――絵空事のようなものだ。



諏訪の神の真っ直ぐとした視線を受け止めて、大和の神は口を開いた。


「私としては構わないわ。ミシャクジに対する人々の畏怖は根強いし、その力も強い。それをそのまま取り込めるのなら、こんな願ってもないことはない――それに」


その目には、強い光が灯っている。

新たなものを得るために、どんな苦難も乗り越えていくような――


「この国を統一する神なら――その程度の困難は望むところよ」


そんな強さが、宿っている。


――ああ、こりゃ

こっちも心配だ。


強く、真っ直ぐな強さ。

折れずに、信じた道を突き進む勇猛さ。


――強いねぇ……


その強さは感心すべきものであり、そんな強さを持つからこそ、この神はここまでの力をつけてきたのだろう。

それが、この神の強さであり、力ともいえる。


それでも


――これで国を治めるってのには、少し怖くなるな。


治世を保ち、信仰を維持するには、ある程度の知恵と経験、そして周到さを必要とする。

新たなものを根付かせ、それを広げていくならなおさらだ。


――知性は高い分、土地神として経験を重ねれば何とかなりそうなものだが…

今現在においては器用さが足りないようにも感じられる。



「――っくく…」


そんなことを思っていると、隣から小さな声が聞こえた。

漏れ出たような、小さな声。


「確かにね。この国を統一するなんて息巻いてるんだ。私くらいの力なんて簡単に操っちゃわないとね」


不適に笑う諏訪の神。

その表情は新しい玩具を見つけたように、楽しげに見える。


――まあ、そういう意味でも得になる。


長く、この土地を治めてきた土着神であり、一癖も二癖もあるミシャクジを統制してきた能力を持つ神。

その経験は、この国でも有数のものだろう。

その二つが合わされば、確かに、この国全体に及ぶほどの信仰を得ることができるかもしれない。


「望むところよ」


微笑み返しながら、不遜に返した大和の神。


互いに勝気な笑いを浮かべながら、力強く手を合わせた。

これで契約成立、といったところだろう。


――にしても


対峙する二柱の神――女性を見て思った。


――案外、いい組み合わせなのかもしれない。




「さてさて、お話もまとまったようで」


そのように話がまとまり、丁度一段落したところで、今まで閉じていた口を開いた。

すぐ横に置いておいた荷を探り、この間手に入れたとっておきの一品を取り出す。





「新たな門出を祝って、宴会とでも参りましょうか」



________________________________________





「ぷはー!」

注がれた杯を一気に傾け、その中身を飲み干した。

とろりとした液体が喉を通り抜け、内腑が熱くなる感覚がこみ上げる。


「――折角の上品なんだ。ゆっくり味わってくださいよ?」

「ああ、ごめんごめん」


ちびちびと器を傾けながら、じっくりとその味を楽しんでいる男。

そうはいいながらも、こちらの空いた器へと新たな酒と注いでくれている。


「にしても、本当においしいねこのお酒」


注がれた酒―――男がその荷から取り出した一品は、神である自分にとっても飲んだことのないようなすっきりとした味わいで

呑むたびに、身体に力が戻ってくるような、滋養の効果も感じられる。


「まあ、秘伝の薬草酒ですからね」

熟成させた十年物ですよ、と自慢げに酒の器を揺らしながら答える男。


「十年…?よく腐っちゃわないわね」

少し驚いたように八坂の神が声をあげ、自分の器に注がれた液体を不思議そうに眺めた。


「保存状態さえしっかり管理すればね。長年の成果ですよ」

まあ、それだけ暇な時間が多かったってことですがねぇ、と笑いながら答える男。

その様子からは、神への畏敬など全くといっていいほど感じられない。

そして、神である私達も、それに対してなんの嫌味も感じていない。


お互いに、全くの自然体。

それでいいのだと、自然とそう思えてしまう雰囲気。


男からは、そんな不思議な感覚を受ける。



――本当に、妙な状況だ。


ほんの少し前まで、

お互いに力をぶつけ合っていた相手。

侵略する側とされる側。


それが手を取り合って、酒を酌み交す。



「杯、空いてますよ?」

「ああ、ありがとう」


それも、こんな人間の男と一緒に



「――不思議なもんだねぇ」

「まったくよ」


感慨深く呟いた言葉に、いつの間にか隣に来ていた大和の神が相槌を打った。


「――最初は、力なんて奪い取ってしまえばいいと思っていたんだけどね」


それは、本音なのだろう。

自分がその立場であっても、同じ選択をする。

そういうもののはず、当たり前のこと。


「まったく――神に意見するなんて、生意気な人間もいたものよ」

その表情は、何処かすっきりしたような――なんとなく楽しげに見えた。


そして


「同感だね」

自分も同じような顔をしているのだろうと、なんとなく思えた。


知らないものを――新しいものを知らされて

違う可能性を知ってしまった。


私達の常識が、1人の人間によって煙に撒かれてしまったように曖昧になってしまったのだ。


――それが、なんともなしに面白く感じている。

新鮮な感覚だ。



「――俺は意見をいっただけですよ」

話が聞こえていたのか、男が声を発した。


「結局のところ、答えを出すのは―――選ぶのは自分次第、俺は自分の都合のいい提案をしただけですよ」

ここでの仕事を終わらせるためにも、ね。

そういって胡散臭く笑う男。


「そういえば、何か用事があるっていってたね」

何だったの、と尋ねると、男は曖昧に笑って返した。

秘密、ということなのだろう。


なら、それでもいい。


「――それでも、一応いっとくよ」


助けられたのは、確かなことだ。


「ありがとう」





________________________________________





「ふぅぅ…」



息をついた拍子にずり下がった荷物を背負いなおした。

西の方に大分傾いてきた太陽の光に照らされて、影が随分と長く伸びている。


――失敗したなぁ…


もう半時もしないうちに日は完全に落ちてしまう。

そうなれば、また夜の道を進むことになるだろう。

また野宿ということもありえるかもしれない。


―――宿を借りておけばよかったと思うのも、これが二度目だ。

自分の情けなさに少し笑いがこみ上げる。


――酒もなくなっちまったしなぁ。


幾分軽くなった荷物、それに、神様に振舞ってしまった秘蔵の酒を思い起こした。


村を出立するときに荷物に詰めてきたものの最後の一つ。

それが、あれだった。

眠る時分にちびちび飲みながら楽しんでいたのだが、それも最後。

少しずつ気温が下がり始めたこの季節に、夜の友がないというのもなかなか辛い話ではある。


ふう、と一声ため息をついた。


「でもまあ…」


こちらの出発を見送りながら笑っていた二柱の神。


―――恩は返せた、かね。


そんなことを思いながら、ここまで来た道を振り向いた。


広がるのは大きな湖といくつかの建物。


|その〈・・〉ずっと向こうまで広がる森を見据えて呟いた。


「――お知り合いの娘さんは、お元気でしたよ」



深い深い森の奥。

その中でも一際大きい、古い大樹へ向けて

一宿の恩は果たした、と




「重畳重畳、ってことで」


自分に言い聞かせるようにそう呟いて、


「―――はっ…くしょい!」


砂埃を巻き上げながら吹いた風に思わずくしゃみをした。

むずむずとする鼻を擦りながら、これから進む方向へと向き直る。


――しまんねえなー…



そんな格好の悪い自分を引きずって歩き出す。

知らない場所に行く道を


――帰る場所のない道を





________________________________________




二人で歩くのは難しい。


上手くいかなくてすれ違ってしまったり

些細なことで喧嘩してしまったり


食費も二倍になるし

苦労も二倍抱えることになってしまうかもしれない。


二人いればぶつかるし

二人いれば狭くなる。

必要なものが多くなって

不必要なものも多くなって


口争って、喧嘩して

たまに笑いあって


そんなことに夢中になっている間に


怖さを忘れ

帰り着く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ