表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/47

始まりの名を問う



「囲まれた、か」


木を背にしながら、周りの音に耳を澄ます。


数は―――三、四、多くて六といったところ。

動き自体は素人に毛の生えた程度と中の下といったところのものが二人ほど、そちらは気配が分かりづらいのではっきりはしない。


通りすがりの物取りか、ここらを根城にした盗賊の一派か、どちらにしても面倒な相手である。

多少統率が取れている分、余計にやりづらい。

逃げるとうつにしても、向こうが地理に明るければ追い詰められる可能性が高く、もし相手に弓持ちがいた場合、背中を見せるのはぞっとしない。


――仕方ない


「応戦といきますか」

面倒臭さに頭を抱えながら、小さく呟いた。


辺りを見渡し、地面に落ちていた自分の身長の半分という程度の長さの木の枝を拾う。

太さは手のひらに丁度収まる程度、握り締めて強度を調べる。

多少湿って柔らかくはなっているが、腐っているようではない――まあ、十分だろう。

それを肩に担ぎ、他にニ本、適当な枝を拾い上げ、手ごろな石をいくつか懐へといれた。


そして

まずは相手を探るとする、そう考えて


「っ!」


適当に拾った方の一本を気配のある方に投げこんだ。




________________________________________





「おい、お前ら。逃がすんじゃねえぞ」


左右に展開する手下へと激をとばす。

久しぶりの獲物だ。逃す余地はない。


「にしても、こんな旧道にあんな馬鹿がいるなんてねえ」

「本当いい獲物ですよ」と手下の一人が笑っている。

それを多少諌めように肩を叩き、気を引き締めさせた。


そして、考える。


確かに、こんな荒れた旧道に独りで、しかも武器も持たずに簡単な軽装で。

何か訳ありなのか、偶然なのか、どちらにしても―――本当に、いい・・獲物だ。


お上に目を付けられ、盗賊討伐から逃げ出しての不幸続き。

こんな獣道と変わらないような旧道を抜けなければならない中でのたった一つの幸運。


――地獄に仏ってのはこのことだな。


金や食料などはあまり持っていなさそうではあるが。



殺して楽しむには丁度イイ。


慣れていない逃走劇、長旅による鬱憤、それを晴らす相手としては丁度


追い詰めて、追い詰めて

痛ぶって、苦しめて

楽しんで殺す。


思わず口元に笑みが浮かぶ。


部下を諌めた手前、すぐに表情を引き締めるが、皆同じような表情を浮かべていた。

生きるため、食うための盗賊業

しかしそれ以上に


――自分たちは殺すこと自体を好んでいる。



無抵抗の相手を、必死で抗う相手を、泣いて縋る相手を。

殺す、殺し尽くす。

これは力を持っている側の権利だ。

弱者を好きにする権利。


――どうやって殺してやろうか。


全員が相手を囲むように散開したのを確認し、右腕を上げる。

これを振り下ろした瞬間、一斉に攻撃する。

まずは足、それさえ止めればもう(・・)逃げられない。


堪えきれない笑いが顔全体に広がって

振り下ろされる右腕と共に「やれっ」という怒号が口から飛び出す瞬間。



その瞬間

手下の一人から悲鳴が上がった。



________________________________________





狙いのあまい投擲は命中こそしなかったが、相手の近くを掠めたのだろう。

微かな悲鳴が聞こえた。それとともに僅かに木々の葉が揺れる。

その揺れと声に全力で耳を澄まして


――把握完了、と

感じる気配と揺れた木々の位置から相手の位置を算出する。


そして

もう一本の枝を今度は本気(・・)で投げた。


先程の倍以上の速度、矢のような速度で進むそれは、身を隠すほどの林をそのまま(・・・・)の勢いで突き抜ける。


「がああ!」


潜む様子もなく上がった鋭い悲鳴を聞き、よし、と軽く呟いた。

それとほぼ同時に、目の前の木に足をかけ、そのままの真っ直ぐに駆け上がる。



________________________________________




「なんだ。おい、どうした?」


目の前に何かが通り抜けたのを見て、仲間が声を上げた。

それを手で制して、それが飛んでいった方向を指差した。

そこにあるのは、何の変哲もない木の枝。


気づかれたのに対しては驚いたが、木の枝を投げるという幼稚な抵抗。

思わず笑みを浮かべ、近くにいた手下の一人と視線を交わした瞬間。


その手下が吹っ飛んだ。


「ぎゃああ!!」


一拍遅れた声に攻撃を受けたのだと理解する。


「な、何だ!どうした!!」


吹っ飛んだ手下を確認すると、額に何かが命中したように、首が伸びきった状態で仰向きに倒れている。

隣には、その衝撃の犯人であると思われる折れた木の枝が転がっており、命中した箇所がひしゃげているというその状態に威力の大きさを悟った。。


手下は気絶しているようにも見えるが、下手すれば死んでいたとしてもおかしくもない。

そう考えて、背筋に寒気が走った。


いったいなんだ。この状況は。


俺たちは一方的に殺す側のはず、なんでこちらが攻撃を


「ぎゃあ!」

「があっ!」


混乱する思考へのさらなる追い討ち

仲間の悲鳴を響いた。



________________________________________





――夏でよかった、葉っぱがなけりゃあ丸見えだったところだ。


隠れる場所もなく狙い撃ちされる自分を想像し、笑いが浮かぶ。


正面から相手取ってもやられる気はしないが、手傷を負わずに終われるという保障もない。

自分は無傷でも、ただでさえ心持ちの少ない荷や服を、これ以上減らすわけにはいかないのだ。


木々の微かな勾配と凹凸に体重をかけ、勢いのまま天辺付近まで登りきった。

一人がやられたのに対して僅かに慌しくなった気配を感じながら、思考をめぐらせる。


結構な統制はあるようだが、訓練を受けたというほどじゃない。

上がしっかりしてる盗賊の群れってところか。

味方がやられた驚きでバラバラにならないのはしっかりしたものだが、中途半端な分、余計に(・・・)狙いやすい。


「っ!」


陣形を保った(・・・)まま(・・)で混乱している盗賊の群れに対して、

その場所への投擲、今度は石の礫。


「ぎゃあ!」

「がっ!」


どの部位に命中したかの判別はつかないが、予想通り、その場で固まっていた者たちへと礫が命中し、野太い悲鳴が上がる。


そこでやっと自分たちが攻撃を受けている、と完全に理解した盗賊達が騒ぎ出し、混乱が全体へと浸透した。


――よし。


陣形も何もなくなる程に相手が混乱したのを確認し、足場にしていた太い枝から隣の木へと飛び移った。

そしてそのまま同じように、ぴょんぴょんと猿のように木々の枝を渡っていく。


「な、なんだ?」


「一体どうなってやが…っが!」


混乱する盗賊を木々の間から視認しては、礫や枝を投げつけながら移動を続ける。

狙いが適当な分命中精度は微妙だが、相手を怯ませ、混乱に拍車をかけるのには十分。


――連中の身体への伝達は乱した―――あとは、頭を刈れば終いだ。


猫のように身体を丸めて衝撃を殺し、枝への着地音のほとんどを消しながら木々の間を移動していく。



_______________________________________



「お、お頭ぁあ!」


情けない声を上げて手下の一人がこちらへと走りこんでくる。


「うるせえ・・・落ち着け!全員集めてずらかるぞ!」


自分も混乱しながらも、(かしら)としての意地で逃げという指示の声をあげた。

必死で錯乱しかける手下たちに号令を出し、ここから逃げ出そうとする。


――こいつらを集めれば弾除けぐらいにはなる。そうすりゃ逃げられる確率が上がるはず


そう考えて、自分が中心となるように手下を集め、そのまま向こうへ走れと声を張り上げる。

何かに狙われているという恐怖に駆られた手下たちは、混乱している分余計にだろう、盲目にその命令へと従っている。


――このまま上手くいけば逃げられる


そう思った瞬間、頭上から葉が揺れる音が響いた。


―――!!


反射的に自分の後ろを走っていた手下を引っつかみ、倒れこむようにしながら、そいつを自分の上へと覆いかぶらせる。


「ぎゃああ!」

「うああ!」

「ああああ!」


ザガッという破裂するような音と共に、散弾のように細かい石の礫がばら撒かれた。


周りにいた五人ほどの手下がそれを受けて蹲り、盾にした一人の身体から鋭い衝撃が伝わる。


――うぅぅ


うめき声を上げる、ボロボロになったそれを放り捨てて、すぐさま立ち上がり走り出す。


その眼前に、着地する微かな音さえ立てず一人の男が降りたった。



________________________________________




「な、なんなんだお前はぁあ!」


搾り出すように叫ばれた声に眉を顰めながら相手を睨みつける。


「何もかんも、あんたらが襲おうとしていた、ただの旅人だよ」


なるべく平坦な声を出して落ち着かせるように言い放った。


「あんたが頭だな?」


顔を青くしたまま、どうにかして逃れようしている様子の男をまっすぐに見据えた。


「み、見逃してくれ。頼む、死にたくない!」


その声が震えきっていて、心の底から怯えきっているように感じた。

これが演技なのだとしたらなかなかのものだ。


「こっちとしても、そんな面倒なことは御免だ。のしたやつらも死なない程度に加減してある。傷は酷いだろうがな」

動けなくはしたが、死ぬほどの攻撃はしていない、と告げる。


本気で投げたのは木の枝のみで強度はあまり高くない分、衝撃だけだろうし、礫を投げるときは加減していた。多少皮膚が裂けたり、骨折はあるだろうが、命には別状がない程度であるはずだ。


「だから、さっさと味方さんの手当てして、とっとと行ってくれないか」

そうすれば逃がしてやる、と少しの脅しを込めていった。


相手は怯えながらも「本当に見逃してくれるんだな」と念を押す。

それに頷き返すと、男は少し安心したように肩を落として後ろを向いた。


油断しないようにとびくつきながら、倒れた部下のほうへと近づいていく。

その姿は、ただの盗賊といった印象。本当に小物なのだろう。


―――まあ、こんなもんか。



________________________________________




「見逃してやる」

その男は言った。



細身の背の高い男で、腕っ節はそれほど強いようには見えない。

着古された服を着ていて、妙に鋭い目つきでこちらを見ている。


正直、部下のことはどうでも良かったが、一応相手の言うとおり倒れている手下たちの法へと向かった。

「痛い、痛い」と呻いている者や気絶しているものがいたが、確かに死んでいる様子はない。

一番ひどいので自分が盾にした手下が、体中に打ち身や切り傷がある程度ののようだった。


蹲る手下たちの様子を確認しながら、辺りを見渡す。


――その時、逃げてきた方向、木々の間にチカッと光るものが見えた。


そして、それ(・・)をはっきりと確認した瞬間に、思わず口の端が持ち上がる。


後ろにいる男の方からは見えていない。


――まだ、負けていない……ここからが、逆転の勝負どころだ。


逃げを決めこんだ思考を建て直し、ここからの策略を練る。

上手くことをすすめれば、あいつを殺せる。


希望を見出し、跳ね回る動悸を抑えながら、怯えた声を出した。


「す、すまない。手当てするのにも薬も何もないんだ。あんた、何かもってないか?」


そういうと、男はめんどくさそうに腕を組んだのままで答える。


「ここらに生えてる草が薬草になる。煎じて傷口に貼ればいい」


こちらを睨みつける目。

まだだ、まだ気を逸らせないと。


「や、薬草の知識なんかないんだ。良かったらどれなのか教えてくれ」


一か八かの瀬戸際だからだろう、自分でも思った以上に情けない声が出せた。

男は目を細めながら、微妙に視線を下げて、近くに生える大きな葉を持つ草を指した。


「すまねえ」


そういいながらすっとそちらの方向へと移動する。

そして、指された草を摘み、男へそれを向けた。


「これでいいのかい?」


そういって男が僅かにこちらに振り向いた瞬間。


木立の向こうから、先ほど光を反射させた―――(キリフダ)が飛んだ。



―――殺った。


そう思った。


放たれた矢に、男は瞬間的に反応し、それを避ける位置へと移動している。

化け物じみたこの男ならもしかしたら、とそれを予想していた自分を褒め讃えたい。


振り向いたと同時に、懐からとり出していた短剣が、矢を避けた男の腹(・・・・・・・)へと向かっていく。


これは避けられない。


男は素早い動きで手のひらを盾のように突き出したが、そんなものでこの勢いはとまらない。

体ごと相手に押し込むように一突き、これでほとんどの人間は殺せる。

腕一本を盾にした程度じゃ抑えられないと、今までの殺しの経験(・・)が語っている。


――自分がくびり殺してきた弱者たち……それにまた一人。


男に刃が吸い込まれていくのを見ながら、口には笑みが浮かんだ。




――けれど、予想していた感触は何時までたっても、手に入らなかった。



肉を突き破る感触どころか、何もないところに手を突き出したようなそんな感覚。

勢い余ってつんのめった、そんな感じに似ているかもしれない。


気づけば、空が下にあって、地面が上にあった。


そして、目の前に木の棒が迫ってきていた。


「仲間を盾にする奴が、薬を欲しがるか」


そんな声が聞こえた気がした



―――ああ、そうか…こんなに強い奴を……殺したことなんてなかった…

そんなことに気づいた。



________________________________________




ひゅんと風を切る音をたてて、木の棒を振るう。

ぱんっと軽い音たてて、空中に逆さま(・・・)に浮かんだ男の顔面へとそれは吸い込まれるように叩きつけられた。


どしゃっという地面への落下音。


それを聞きながら、矢の飛んできた方向を睨みつけた。


さらに撃ってくるなら面倒だ、と考えていたが、(かしら)の様子をみて怯えきったようで、一目散に走っていく後姿が見えた。


それをしばらく眺めてから構えをとき、ふっと一息をつく。



「終わり終わり」


そう呟いて、軽く体を伸ばして、一端感覚を元に戻した。

そして、手に持った木の棒をまた握り締める。


「―――ただし第一段階がってところか」


後ろから漏れるクスクスという笑い声を意識して


「―――あらあら、人にしては随分いい勘と腕をもっているようね」


後ろを振り向き、ふわふわと目の前に浮かぶ姿を見据えた。


「さっきからの妙な気配はあんたか」


土の色よいももっと明るく、光を跳ね返すような髪と、ひらひらとした見たこともない高級そうな衣装――異装。

口元に浮かぶ笑みは美麗ではあるが、ひどく妖しいものにも感じられる。

それが危険かどうかも確信はできないような、そんな曖昧な存在。


―――一ついえるのは、これを人間ではない、ということだろう。


「気づいていたのかしら」

「ああ、出たり消えたりする、何処からか覗かれているようなそんな微かな気配だったけどな」


隙間から覗かれているようなそんな気分。

あまりいい気持ちではないことは確かだ。


いつ後ろから攻撃されてもおかしくないという感覚がずっと続いていた。


「本当に、いい勘をしているわ」


相手はますます笑みを深くし、値踏みするようにこちらを観察する。


「ただの年の甲さ」

「そんなに年寄りには見えないようだけれど」


若作りなのだ、と軽口で答える。

それは羨ましい、と相手もそれに返した。


狸と狐の化かしあいのような感覚、話は平行線を辿っていく。

相手の正体も掴めず、相手もこちらを探って、意味の無い会話。


天気、機嫌、目的、


嫌気がさす

――こちらから腹を割るべきか、と同じく腹を決めて一歩踏み込んだ。


「で、何のようなんだい。綺麗な妖怪(・・)さん?」

「お褒め頂き光栄だわ。なかなか知識も深い方のようで」


微塵の動揺も見せず、笑みを浮かべたままに答える妖怪の少女。


「まあ、何千年以上も生きていますからね。無駄に経験は積んでいますよ」

「人間の気配しか感じないのだけどね」


反応、というほどでもないが、こちらの台詞に少しの興味を覚えたように踏み込む少女。


「たまたま寿命が長かった、ただの人間ですから」


さらに一歩踏み込んだ会話は、その先の泥沼に足を突っ込み、ますます嵌っていく。

お互いに笑みを浮かべたまま見つめあい、まったく前には進めていない。


本当に泥仕合の模様だ。


相手もこれではきりがない思ったのか、「はあ」とため息を一つついた。


「そろそろ尻尾を出してくれないかしら、狐さん」

「どっちかってとあんたが狐で俺のほうが狸って感じだろうよ。だが――まあ、そうさね。このやりとりもそろそろ不毛だ」


狸と狐というのは向こうも考えていたことらしい。

こんなに性質の悪そうな相手と同じ思考を持っているということで、少し自分の性格の悪さを考えたくなる。


「それじゃ、腹を見せあう前に。一つだけ質問だ」

「いいわよ。こちらもいくつかさせてもらうことになるのだから」


薄笑みを浮かべながらこちらを見透かしたようにこちらを見据える姿。


やはり胡散臭い気がする。

こちらは一つで、相手はいくつかと言っている時点で。


はあ、とまた一つため息つきながら続きを話す。


「まあ、いいや。それじゃ一つ目としますか」


―――なかなか骨の折れる相手だ。


________________________________________



―――本当に骨の折れる相手。

頭の中でそう呟く。


これまでのはぐらかし、はぐらかされという会話。

情報を小出しにすることで余計にこちらを混乱させようとする手口。


本当に嫌な相手だ。

上手くこちらのペースに持っていくことが出来ない。


――相手は、ただの人の形をしたもの。

けれど、微かにだが感じる――力の片鱗(のうりょくのけはい)


それは人間が持つものとしては不相応のもの。

ただの人間と人間らしくない力。

そのどうしようもない違和感には、どうも妙な感覚がする。


「何をしにきたんだ?」


一つ目の質問。


一つ目といったからには二つ目、三つ目と続くのだろう。

こちらの思惑に対して、とことん抜け目のない男だ。


しかし、あまりにそこをつついては本当に話が進まないので、そのまま答えることとする。


「ただ、興味を覚えただけよ」


これは本当のこと


自分の縄張りの近くで妙な気配と諍いの様子を感じ、それを見物にきただけのことだ。

もっとも、その中の一人にさらなる大きな興味を抱くことになったが。


それを聞いて相手は、まあそんなことだろうな、と呟いた。


「別に敵意はないのよ。お強い人がいたから、少しお話を聞きたかっただけ」


どこにいても可憐なお姫様、といったふうに微笑んでみせる。

相手はまったく信用しないといった印象でこちらを見ている。


―――失礼な


しばらく考えるように男は腕組みをしながらこちらを見ていたが、すっと切り出すように平坦な声でこういった。

鋭く、こちらの懐に踏み込むように


「それじゃ――あの盗賊どもは何処にやった?」


―――面白い。


先ほどまでと違い、今度は本当の意味で笑みが浮かぶ。


確かに、近くにいた盗賊達が消えているさまにはすぐに気づいてだろう。

けれど、この男の言葉には、他の盗賊たち(・・・・)のことも勘定に入っている。


――この男は面白い。変わった、珍しい人間だ。


久しく失っていた人間に対しての興味、それが大きく沸きあがる。


「目覚めて、貴方を恐れて逃げだしたのではないの、というのは通じないのかしらね」

「当たり前だ。逃げ出した弓兵の奴らの気配まで、すぐに消えた(・・・)んだからな」


気づいていて黙っていたのだろう。

上手い具合に牽制の札を使う。


「邪魔だから移動してもらっただけよ」

「殺しちゃいないってか」

「ええ」


これも本当のこと

話をするのに邪魔だったから、どこか遠くに放り出しただけ。


お腹も減っていないし、あんな下種な人間。―――喰べる気もしない


「どうやって」

「少し穴を開けただけよ」


そういって、謎めかすように笑う。

相手の力がわからない以上、こちらの能力は明かす義理もない。


まあそれはいいか、と興味なさ気に男は呟く。


別に盗賊の生死を心配したわけでもなく、ただの興味だったのだろう。

その言葉端には何の感慨も感じられない。


「今度はこちらから質問させてもらってよろしいかしら」


相手の質問が途切れたところでこちらの話題へと切り替えた。


「どーぞ、お好きに」


ふざけるように笑いながら彼はいう。

誤魔化す気が満々といったところか。

舐めてくれる。


「私は――妖怪の八雲紫、あなたは一体何者かしら」


こちらが先に名乗ることで相手に名乗りを誘う。

ここまで対等に会話をしている分、相手も答える可能性が高い。


男は少し考えるようにした後、こちらを探るように見ながら口を開いた。


「ただの人間―――ただし、もう何千年生きたかも忘れちまった人間だがね」


下手をすれば何万年以上かね、微笑みながら付け加えられた言葉に少し呆然とした。

表情には出していないが、結構な驚きである。


――嘘ではない。


ここで嘘をつく必要もなく、また、自分の勘が嘘ではないと告げている。

探りあいで嘘を見抜けないほど、自分は錆びついてはいない。


そして、その意味に強い思いがわきあがる。


―――もしかすると、私よりも長く。


「あら、そんなに長く生きている時点でただの人間とはいえないのではないかしら――不老不死といったところなのかしらね?」

「確かに途中から姿形は変わってないって感じだが、本当に不老で不死なのかは俺も知らないよ。今まで生きてきた分だけしか生きていないし―――死んでみたことはないんでね」

致命傷はギリギリ避けて生きてきたもんでね、と男は語る。


「お強いのね」

「しぶとく生きてきたらこうなったってだけだね。時間なら腐るほどにあった」


自嘲するような笑みを浮かべる男。

そこに自分の力を誇るような様子は見受けられない。


生き残るすべを手に入れてきただけだ、と男はとってつけたように語る。

ただの人間が長く生きただけ、そういう話。


途方もなくうそ臭い話ではある。


けれど、この男の妙な気配は、それが真実であるとも感じさせる。



人間ではあるが、

妖怪じみて、化け物じみて、人らしくなく。

神めいて、仙人めいて、それでも人間に近い。

極めて曖昧な存在。


人間離れした人間。人の枠の遥か上に、もしくは下にはみ出しているような感覚。

境界がはっきりしていない。

曖昧な区分、完璧なようで綻びているような存在。



そして、なぜか思った。


少し、少しだけ、私に似ている。

属さず、区分されない、唯一種の存在である自分と


この人間もどきが。


「名前は?」


急かすようにそれを尋ねた。


________________________________________




「名前は?」


思考を整理しているのか、しばらく黙っていたかと思うとふいに尋ねられた。

そこで名前をいっていなかったことに気づく。


そして―――答えに詰まった。


名前、誰かに呼ばれるためのもの、他との区分。その体を表すもの。


今まで呼ばれてきた名はあった。

けれどそれは、その家族の中での記号。

今の自分はその共同体から出て行った、すでに部外者。

関係者以外になったもの。


いくつか住む場所、暮らす町、住む家を変えるたびに、

自分の居場所が変わるたび、その呼び方も変わっていたはず。

旅立ったばかりの自分には、まだ呼ばれ方がない。


――今の自分には名前がない。


「どうかしたのかしら」


沈黙したこちらに対して疑問の声を上げる少女。


こんなとき、自分はいつもどうしていただろう。

どうやって名前を決めていただろう。


これまでの自分の名前を思い出し、記憶を探る。

何度も何度も繰り返したやりとり。

新たな自分を刻み付ける年輪。


『あんた――名は?』


そう聞かれたときに答えたのは。

繰り返したその場面は。


「ああ、そうだった」


その言葉を思い出す。自らの名を決める方法を


思わず呟いた言葉に少女は首をかしげている。


それを見て少し笑みが浮かんだ。

そして、思い出した言葉を放つ。


「なんて名だと思います。――ヤクモユカリさん」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ