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光芒一閃


今、目にしているものは、現実にはありえないはずのものだろう。


この世界――この星の地表において、自分達人間・・・・・視覚というものが存在する生き物、いや、触覚や何かしらの器官によって、光を知覚することができるどんな存在においても、絶対に知ることがないはずのもの。

光を遮り、灯りを塞ぎ、目を閉じて――それに夜が訪れても足りない。


あの天照が隠れた時でさえ、炎を灯し、光を焚くことで、少しの光源を得ることができた。けれど、この闇にはそれさえ叶わない。


触れてはいけない。

見てもいけない。

壊れてしまう。

崩れてしまう。



この世に光があることを、何かが存在することすら、忘れてしまう。

真っ暗な一色だけの色に、塗りつぶされてしまう。


あらためて――初めて実感する、その規格外さ。


「――化け物、以上・・・・・・か」


気配はない。

けれど、そこに何かがあるのはわかりきっている。


そこに地面があることすら、そこに空気が存在することすら感じさせない。

そこにある空間が、まるで切り取られて消えてしまったかのような―――まるで、そこには何も存在しないような

あるはずのもの(せかい)がない、そんな違和に満ちている。



――逃げろ。


本能が叫ぶ。


――あれに触れるな。近寄るな。一分一秒でも早く走り出せ。



怖い。

恐ろしい。

苦しい。


この場から逃げ出せと叫ぶ声。



けれど


途方もない年月に培った経験が、生き延びる為の知恵が――命を支えた理性が全力でそれを抑え込んでいる。


――考えろ、何ができる。何をすればいい。


何も考えずに逃げ出せば、そんな感情のままの逃亡では、絶対に助からない。

全力で、全霊で、ただ一つのことに全てのものを注ぎ込まねば――ここで生きることはできない。


――考えるな。感じたままに、そのままにいけ。


ゆらりと揺れる球体の闇。

その先に存在するのは、もう、別の世界といってしまってもいいだろう。


――感じて、考えて、本能のままに理性に従って


そんな矛盾した思考を実現させるほどに研ぎ澄ます。

眠りこけた原初の獣を引きずり出して、それに人の知識と知恵を乗せ、狂いながら正常に――余力を残さず全力以上で挑む。


それくらい――自分自身くらいは騙し(・・)きれなければ、賽の目に『生存』という文字すら浮かばない。


「想い描く幻像は――最速の形」


その発現を言葉とすると同時に――その場を全力で飛び退いた。

迫るのは、目の前にあった闇の球体が、ばらばら(・・・・)に弾け飛んだ破片。


――こりゃあ、また・・・


弾けた破片。不定形の塊。

そこには、先ほどまでの攻撃の癖や型など存在しない。

規則性など持たず、制御などされていない。ただ、飛び散っただけの破片が飛んでくる。


まるで、陶の器が割れたかのような、ばらばらに散った黒の塊が迫る。


「――読みづら「いきなさい」」


動きが読み辛い、そう言い放とうとしたその時に。

大小、形や速度もそれぞれに違う乱雑な攻撃を避ける最中に、小さな声が響く。


「――と・・・!」


破弾の間より迫っていたのは、明らかにこちらを認識した上での攻撃。

そのばら撒かれた弾幕の中に潜む――獲物を穿つ嘴の群れ。


――誘導式っ・・・!


多分、こちらの方が本当の使い方なのだろう。獲物を追うのは二次作用で、本来の役割は相手を逃がさない追跡式の弾丸。数は数十匹以上の、妖力で編まれた鳥の群れが、今度はこちらの肉を抉る遊撃隊として辺りを囲んでいる。


――散弾と合間合間からの鳥による曲射、ね・・・。


「大判振るまいしすぎですって――」


迫り続ける真っ黒の群れに対して――微かにも、休む暇はない。


ちりちりと、毛が逆立つほどの力の奔流に晒されながらも、その間をすり抜けるようにして身体を滑り込ませる。右に、左に、いくらかの薄皮を削られながらも、それが肉まで届くことはないように、踏み外せば終わりの綱の上を渡り続ける。

そして、そのぎりぎりの間隙を埋めるようにして迫る黒い嘴、それを――


「お客さんは物を投げないでくださいよ・・・っと」


こちらに届く前に、羽根や胴体の部分を狙って、身体の何処かしら(・・・・・・・)を叩きつけることによって弾き飛ばす。幸い、この鳥達に込められた力はそれほどのものではない。嘴の部分に触れさえしなければ―――火傷(・・)程度ですむ。

この雨だ。それほど酷いことにはならない。


そうやってやせ我慢を決め込んだところに


「無茶をするわね」


くすくすと笑い声が響く。

辺り中が黒に囲まれ、ほとんど視界が覆われてしまっている今の状態では、それが何処から聞こえてくるのかはわからない。

今はまず、この攻撃を避け切る、そう判断し―――


「・・・っ!?」


ぞくりと背筋が震えた瞬間に、全力で空中へと跳んだ。

今、一時手前まで自分がいた場所に伸びるのは、一本の剣。


「――おしい」


一際大きな黒の破片の中から覗くのは、漆黒の剣を携えた黒衣の少女。


――破片の中から・・・・!?


弾けた破片は囮で、本命はそれを隠れ蓑にしての直接攻撃。

そして、狙い通りとはいかずとも体制を崩したこちら。


「じゃあ、今度も避けられる?」


足場のない空中で迫るのは、幾匹かの黒の鳥と無数の光球。

奇しくも、前にあった状況を同じ形。


「ああもう」

ほんとうになけなしだ。


そんなことを呟きながら、手首に巻いた布の中から仕込んだ札を取り出す。


――右下、いや左上方・・・


その攻撃の隙間。追撃が少ないだろうと考えられる空間を探り、両足に力を込めて――跳んだ。空中を進む身体は、その弾幕の群れを抜け出しかけて――


「――っぐ・・・」


僅かにだが、一匹の嘴が右肩口を掠めた。

軽く血が流れ、鈍い痛みが走るが、前のとは桁違いの数の隙間を抜けたのだ。

この程度なら上々といったところだろう。


先にあった木の幹を蹴って地面に着地したこちらを、少女は面白そうに口端を持ち上げる。


「そんなことをしていたのね」


やっと種が割れた、と楽しそうに笑う。

どうやら、今の攻撃はそれを探るものでもあったらしい。


「ただの手品ですよ」


対して、こちらは前と同じような台詞で返した。


そう、ある意味では簡単なことなのだ。

踏みしめたのは、札で作り出した固定式の結界。

対した集中もなく作り出した結界では攻撃は防げないが、ただの足場代わりにはなるといった寸法――それを上手く誤魔化しただけ。


「ええ、面白い見せ物だったわ――お礼をしないと」


そう口にしながら、宙へと浮かび上がっていく少女。

さらに高まる妖力と共に、背に広がる闇を塗り固めたかのような翼が現れ、大きく広げられた。片手に掲げられた剣は暗く明滅し、その気配をさらに色濃いものへと昇華する。


「ここから、本気ってことですかね」

「ええ、知りたいこともなくなったから」

もういいや。


軽い調子で呟かれたのは、ほんの僅かな好奇の終わり。

今度は、試しではなく、明確な殺意を持って――その凶弾がばら撒かれる。


「――さっさと幕は降ろしたいんですがね」


手品の種の残りは四枚。稼げる時間はそれほどのものではない。

対して、相手に打ち止めの兆しはなく。まだまだ余裕たっぷりといった状況。


――伸るか反るか・・・。


あまりに分の悪い賭けではあるが、まだ犀は転がり続けている。

まだまだ、結果が出すには早すぎる。


「――ぎりぎりまで踏ん張ってみますか」


年寄りは気が長いのがいい所と、そう言い聞かせて――疲労した身体を叱咤する。




________________________________________




――右に、左に


迫る弾幕の間をすり抜けて、飛び掛る夜鳥を叩き落して


――上に、下に


落ちていた木の棒をつっかえにして跳ねたかと思うと、私の攻撃によってできた隆起に身を潜める。


――よく避ける。


攻撃が当たらない。

さっきの不意打ちに対応してからは、札を使わせることすらできていない。

そうさせないように男は動き、距離を保っている。


――ほんとに面倒・・・。


いい加減に飽きがきてしまう。

いつまで繰り返せば、いつまで同じままでいるのか。

どこまで続くのか。


――なぜ・・・


「なんで反撃してこないの?」


辺り全体を破壊し尽くして、もう、ほとんど平らな地面など残っていない。

囲んでいて木々のほとんどを吹き飛ばされて、もはや、残るのは一、二本程度。それも、男がそちらに近づかなかったからこそ巻き込まれずに済んだだけのものだ。

それほどの攻撃を繰り返して、それほどの破壊を繰り広げて、それでも――男は傷を負ってはいない。勿論、僅かな掠り傷や火傷などの軽傷はだんだんと増えて、少しずつ息も乱れ始めている。動きが遅くなっているような気もしている。


それでも、致命傷どころか、動きを損なうような傷は負っていないということは確かだ。明らかに、こちらの攻撃に慣れて――見切り始めている。


しかし、だというのに、


「あなたなら、そろそろ何かをしてもいいころでしょ」


何もしてこない。

見せた隙にも、作った隙のも――偶然にできた隙にさえ、何の反応も見せない。

ただ、避けて、逃げて、それを繰り返す。


――一体なんで


いくらそれを続けようとも、人間の体力が妖怪に叶うはずもない。ジリ貧だというのはわかっているだろう。このままでは、時間を稼ぐ程度のことしかできない。


「――さてさて、何のことでしょう」


攻撃が止まったのを見て、男も動きを止めた。

雨に濡れた髪に手を当てて、深く息をつく。


「あんまり買い被られても、俺の力なんて、そう大したもんじゃありませんよ」


ひらひらと片手を振って、覇気のない様子で微笑む。

そこには、死に直面しているという絶望感も、絶対に生を掴み取るという気負いも見られない。まるで、何かの流れそのままに身をまかせているかのような自然体。


「――変な手品はもうお終い?」

「ほとんどを上着と一緒に置いてきてしまったので――出し惜しんでます」


ふざけた調子を崩さないままに答える男。

にこりと人の良さそうに微笑む笑みは、とても、とてつもなく


「また、何か企んでるんじゃない?」


――胡散臭い。


「さて、どうでしょう?」


人を食ったような嘘臭い笑み。

どちらが化かす方なのか、分かったものじゃない。


――はったりなのか・・・何か考えがあるのか。


どちらにしも、このままでは埒が明かない。

なら


「月が出るには少し早いけれど」

この暗闇には映えるでしょう?


言葉に共に、両腕を伸ばし、男の方へと真っ直ぐに向ける。

そして、打ち出されるのは、月の光を模した光の線。


「・・・・・・とっ!?」


一度見せた攻撃だからだろう。

真っ直ぐに伸びた光線を男は危なげなく横に跳んでかわす。

それを追いかけて、そのままなぎ払うこともできるが、それでは多分当たらない。

なら


ダンッ――


「・・・・・・っ!」


地面を穿っての急加速。

雨が染みた土によって多少の減速は免れないが、それでも、人間の動きに追いつくには十分。

背の翼が空気を切り裂く音と共に、目の前に迫るのは男の僅かに狼狽する姿。


「ここから先は、出し惜しみは無しよ」

そんなことをしたら、一瞬で消し飛ばす。


右手に掲げた剣をその胴体を狙って薙ぎ払う。

どす黒い闇をはらんだその切っ先は、そのまま男の身体に吸い込まれる寸前――投げられた札から出現した障壁にぶつかって、それを消し飛ばす。


「――あっ・・・ぶないですねぇ!」

「まだまだ、よ」


その一瞬に生まれた均衡の間に後ろに跳んで回避した男に対して、真っ直ぐに左手を向け、そこに溜めた妖力を撃ち出す。

今度は数ではなく、質の――威力による範囲攻撃。当てる攻撃ではない、巻き込み、吹き飛ばす規模の攻撃だ。


――これで・・・!


「――こりゃまた豪勢な」


目の前まで迫るその大規模攻撃。

それでも、男の余裕――空気は変わらない。


柳に風。

暖簾に腕押し。


――というよりもぬかに釘。


交渉ものではなく軽薄なまま。

雲のように飄々と―――崩れない。



________________________________________



「――っぐ・・・!」


大分元の形を無くしているでこぼこの地面の上を転がって、その勢いを殺しながら呻いた。

体中に出来た擦過傷や火傷が小石や砂利に擦れてさらなる痛みを誘う。


「い・・・ったいなぁ。こりゃ・・・」


そんな軽い悲鳴を漏らしながらも、手のひらをぐーぱーし、手足の状態を確認しながらすぐさま立ち上がる。


――右手が弱冠ひどい・・・が何とか。両足も万全ではないが、十全程度には大丈夫・・・邪魔にはならない。


「――なんとかって・・・とこですね」


負傷の具合を知らせないように、わざと明るい声を出しながら、土ぼこりの晴れた先に立つ影に向かって言い放つ。


「――いい加減にしてほしいわね」


いい加減にとさかにきているのか。そこにはもう、優雅に微笑む姿の少女など存在せず、ただただ、にらみ殺そうとでもするかのような瞳を向ける妖怪としての姿のみ。

その視線だけでも、気の弱い者なら石にでもされてしまいそうな圧力が放たれている。


――いい加減にやばいって感じかね。


だんだんと激しくなる攻撃。少しずつ、少女の機嫌が取り返しのつかない方向へと進んでいっていることがよくわかる。

周り全部を吹き飛ばしてしまいそうな攻撃は、もはや、食べるために殺すというよりも、ただ、殺してしまおうというものへと移行し・・・・・・先ほどの攻撃をまともに食らっていれば、多分自分は原型も残らなかった。

ただでさえの、少しだけの付け込み先が、だんだんと薄くなり――死が間近まで迫り始めている。


――待つか・・・賭けるか。


先ほど、自らを吹き飛ばす(・・・・・)ためと余波を避けるための防御に札二枚を使ってしまった。おかげで命は拾えたものの、右手は重症で残りの手札は一枚。

自分の力だけでの反撃には、今が最後の機会だ。


――雲の具合は上々・・・・・・あとの確率は大目に見積もっても五分あるかどうか。


それを待つか。

一か八かの突撃か。


決めかねたところに、一瞬だけ・・・小さな明るさとくぐもる音が響く。

届く光と遅れる音。


「・・・・・・ふむ」


――最後の最後まで粘ってみますかね。


「ねえ、妖怪のお嬢さん」


口八丁手八丁での時間稼ぎ。

老人の知恵の使いどころで、長話というのは自分の得意分野だ。

自分より二桁以上も下の相手に対して大人気ないが――血気盛んな若人に体力で敵うはずが無い。なら、自分の方法で戦う・・・・・・相手の土俵で戦わないようにするしかない。


「貴女の力が大体わかってきましたよ」

「――?」


突然しゃべりはじめるこちらに対して、少女は多少の警戒を見せながらも、動きを止める。


「あなたが操っているのは『闇』・・・そして、それを象徴する『夜』ってところですかね」


並べ立てる言葉。

それは、相手の攻撃を分析し続けた結果―――それを含んではいるが、そのほとんどは出鱈目と山勘に過ぎない。ただ、それらしいことをそれらしくしゃべっている。

嘘八百で、詭弁の騙し。耳を傾けさせるためだけの弁舌。


「暗がりってのは古来からずっと恐怖を誘うものとしての代表。ならば、それから生み出された妖怪が強力なのは当然」

敵わないことです。


両手を広げ、嘆息を吐きながらいった言葉に、少女は右手に持った剣を構えなおし、こちらに向けながら口を開く。


「何が言いたいの」

「夜の闇を固めて、月の光を降らせる――なかなか洒落た能力です、とね」


再び集まり始める妖力を感じて、肌があわ立つ。

先ほどの比ではない。ここら辺りごと吹き飛ばしてしまうような力。

それでも、無防備に近い状態で言葉を続ける。


「しかし――そうなると、もしかしたらって考えが沸きますね」


ここまできたら、それを続けるしかない。


「何かしら?」


今まで最大の攻撃を出すためだろう。溜めの状態に入った少女は、まだ動く気配は無い。

まだ、時間を稼ぐことは出来るということだ。


「例えば、夜――闇とは対を為す光であるならば、それを打ち消せる・・・まではいかないまでも、苦手(・・)ではあるんじゃないかと思いまして」

「・・・・・・」


少女は無言でこちらをにらみつける。

どうやら、この答えは、正解に近いものだったらしい。

つまり、予測(・・)は当たっていたというわけだ。


「――もし、それが正解だったとして・・・あなたはどうするの?」


――一歩。


こちらに踏み出しながら、少女は話す。

周りに渦巻いていた黒く濁った塊が姿を消して、その姿をはっきりと捉えることが出来る。


「この天気では、太陽なんてでるはずがない――あなたは、それに匹敵する力でも持っているというの」


そこにあった暗闇はすっかり仕舞われて(・・・・・)しまっている。

不気味に明滅する剣は、その身の内に何かを孕み――早く吐き出してしまいたいと訴えているように見える。


――あれはやばい、と。


あんなものを振り下ろされれば、ここは更地となってしまう。

塵など残さず、消されてしまう。


「――いえいえ」


歩みを進める少女に対して、こちらも一歩踏み込んだ。

右手首に巻いた布を解き、そこから最後の札を取り出す。


「俺にゃあそんな力はありません――あるとすれば」


左手に札を挟んで、解いた布を右手に持ち直す。

手の平に疼く傷に触れたそれは、そこから漏れる血液に触れ、赤い染みが伸びる。


「助けを呼ぶくらいですよ」

「助け?」


一歩。

一歩で踏み込むことが出来る距離に立ち、少女は可笑しそうに首を傾げた。

こんな場所で、誰の助けがあるのだと――何が助けてくれるのだと。


「ええ――誰かに、何かに・・・・・・天に助けをってね」


地面を踏みしめ、同じように掲げられる剣に向かい合わせるように、左手に挟んだ札を少女に向けた。


「努力して、工夫して、頑張って――自分に出来るだけのことをして」


激しさを増す雨。

空から鳴り響く轟音。


「――最後は、運次第」


生きるか死ぬか。

不運か好運か。

それしだい――


「じゃあ、運が無かったのね――こんな天気の悪い日に」

私の前に通ってしまったのだから。


言葉と共に膨れ上がり、一気に噴出す暗闇。

夜を纏った剣が、暴発するまでに溜め込んだ力を吐き出して・・・・・・・それが振り下ろされる。


「それでも」


視界を塞ぐように、鉢巻代わりの布を下した。

迫る衝撃から目をそむけるようにして――


「昔から、大吉を大凶だけは引いたことがないんですよ」


――呟いた。


「・・・・・・!?」


真っ白になった視界――その音が届く前に跳び出した。




________________________________________



――■■!!


もはや、音にすら感じられないほどの轟音。

視覚も聴覚も、全てが真っ白になって、何もかもがわからなくなる。


――何で


太古より――この世界に水が生まれ、雲が生み出された瞬間より存在する原初の光。

太陽がない空の中、ただ一つ、闇に亀裂を入れる存在。


――何でこんな近くに。


神鳴(かみなり)


音より早き光と遅れ響く轟音を引き連れて、それは、そこに残っていた一本の木に落ちた。

一際高い場所にある、一番背の高い木。

確かに、それはそういう場所に落ちやすいことは知っている。そういう性質だと知っている。

しかし、それが今、この瞬間に落ちてくる確率はどのくらいのものだというのだろう。

こんなに間近でこの光を浴びることなど、考えたことも無い。


――それなのに


今、この瞬間、この時の中に、偶然に落ちてきた稲妻に――どうして、この男は反応しているのだろう。


「・・・・・・!?」


何も見えず、聴こえない中で、一つの気配が飛び込んでくるのがわかる。

光が視界を埋めた瞬間。その次の瞬間には、もう動き始めていた。


――一体、どうやって・・・?


まるで予見していたかのように、今この瞬間を狙った攻撃。

これ以上にない機会に、これ以上にない時を――狙っていたのだろうか。

頭がおかしくのではないだろうか。


――それでも


それでも、相手は人間だ。

目も耳もきかない状況でも、その居場所さえわかれば、対応できる。

これが妖怪で、もっと速さを持つ生物なら危なかった。


右手に構えた剣を、その気配向けて振り下した。

込めていた妖力は、この光によって霧散してしまっていたが、それでも十分。

たかが、人間なら、それで・・・・・・いや、この思考は、どこかで考えたことが無かっただろうか。

ついさっきに――こんな感覚で――



それに気づいた時には、剣を振るった後だった。

返ってきたのは、空を斬る感触と―――落ちてきた声。


「――封結」


しゅるりと音がして、何かが髪に巻きつく感触。

身体から力が抜けて、意識が遠くへ飛んでいく感覚。


何も考えられなくなった。



________________________________________




「――かはっ・・・がっ・・・あ」


今さっき呼吸を思い出したように、一気に空気を吐き出して、地面に身体を放り出した。

鈍い鋭いを通り越して、ただ痛いとしか思えない感覚が全身を駆け抜ける。


「ぐがっ・・・!」


間抜けな声を上げ、一瞬身体の疼きに耐え忍び、それが落ち着くのを待った。


――流石に・・・きつかった、か。


身体の筋という筋が悲鳴を上げて、少し腕を動かすたびに骨の軋む音が聞こえてくる気がする。振り落ちる雨が口内に侵入し、微かにでも水分が補給されるのが、たまらなく心地いい。


「ああー・・・・・・疲れた」


身体という身体が、精神という精神が休息を欲している。

少し休まなければ、指一本も動かせない。


それでも


「なんとか、生き延びた、か」


幾度となく逃れた修羅場の中でも、十本の指に入るような危機に、なんとか生き延びた。

しばらくは日常生活にすら支障が出るだろうが、どうにか命だけは拾ったのだ。


――助かりましたよ・・・・・・諏訪と大和の神様さん。


雷を呼ぶための媒介として使った上着と残りの札。

神の利益を受け、自分の長年の血が染みたそれと札とで陣をつくり、それを一番確率の高そうな木に結びつけ、どうにか雷が落ちやすい状況は作れた。それでも一か八かの賭けではあったが、それがなければどうしようもなかったことは確かだ。


本当に――運がよかった。

本当に、天に身を任せていただけだったのだ。


――使えないと思っていたものも、思わぬところに使いどころがあったもんだ。


あの夜に参考としていた布製の札。強力すぎて使いようがないとおもっていたそれも、思わぬところで役に立ってくれた。あの月の姫様にも感謝しなければならない。


――まあ、妖怪さんには悪いことになったかもしれないが・・・


多分、その拘束によって押しつぶされてしまっただろう妖怪の少女を思う。

しかし、死ぬか生きるかの瀬戸際では、仕方ないことではあっただろう。

過剰な力に、過剰な力を返しただけだ。後味が悪いような気もするが、今更でもある。


――せめて、石碑でも作るかね。


退治された妖怪にはつき物だ。ものによっては、強大な存在だったとして守り神や好運の印としてその土地に祀られることもある。生き返る(・・・・)の可能性だってあるだろう。


「ま、どっちにしても」


――今は休んでから・・・


そう思って、目を瞑ろうとした時。


「あれ?」


土を蹴る音と共に、幼い声が響いた。


「ここで何してるの?」


小さな体躯に、高い声。

まだ、ほん子どもにしかみえない姿の――


「食べてもいいのかな?」


金色の髪をした少女が、そこに立っていた。


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