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間話旧題



「――そろそろ寿命か」

焦げつき、血に塗れ、幾度となくその汚れを纏ってきたその身。

引き裂かれ、穿たれ、擦り切れるほどに刻まれた傷跡。


「もう保たない」


これ以上、それを使い続けることは不可能だろう。

どれ程繕い、代わりを接いでも、もう、その元となる部分自体が物質としての強度を保てない。


寿命――存在できる時間を過ぎてしまっている。

引き伸ばすことは出来ない。


「仕方ない」


――代わりを用意しよう。


そう一人呟いて、申し訳程度に形を保つそれを動かした。


「近くに村でもあればいいが」


それが問題。

代わりを用意できるまでの間、これが保ってくれなければ、少々面倒なことになる。なるべく急いでおきたい。


――しかし、まあ


「よくもったもんだ」


木々の間から差し込む陽光に片手を上げ、掲げるように伸ばした。ぼろぼろになったその外套(・・)の袖は、所々に穿たれた傷跡から光を透かして、ちらちらと眩しく揺れる。


「なるべく丈夫な布でも手に入ればいいんだが、な」


季節が変わりはじめてからでは遅すぎる。

まだまだ暑いうちに、旅装を整えておかねばならない。

それもまた、旅をする上で大事な点である。



「まあ、こんだけ保ったのは、あの神様たちのおかげだ」


――今度、土産でも持っていってみようか。

そんなことを考えながら自らが纏う外套を広げ、あれ以来会っていない神たちのことを思い起こした。




________________________________________



「それにしてもまた、盛大に破けてるね」


男が纏う着物。

その袖に当たる部分を指しながら言った。


「まあ、仕方ないですよ」

神様な力を受けたにしては、形が残っているだけで上々。


そんなことを呟きながら、男はその元々が何色であったのかすらも解らないほどに焦げついて、もはや布きれとさえいえないぐらいにボロボロになった袖を広げてみせる。

それはもう、着物とは呼べないものだ。


――それにしても


「本当に――よく私たちの攻撃を防いでいたものね」

たったそれだけの被害で。

私が思い浮かべたそのままの疑問を、隣で器を傾けていた侵略者の方――大和の神である八坂神奈子が口に出した。

――多少場に慣れてきているのか、少しだけ口調に砕けてきた気もする。


「流れ弾とはいえ、一応全力での攻撃よ」

それをどうやって防いでいたのか。


――私もそれが不思議なのだ。


私も八坂の神も、どちらもこの国有数の力を持っている。

余程の能力を持っていても、その力を防ぐことは叶わない――たとえ同じ神であったとしても、だ。

それが引っかかっている。


「そうだね。私も手加減なんてしなかったのに」


そんな余裕はなかった。

あの時には、周りへの被害も何も考えていない。

そんなことをすれば一気にもっていかれる、そんな状況であったのだ。

だからこそ


――あんなに大きくなっちゃってまあ・・・・・・


視線の先あるのは、自らの名を刻む湖。

自分達の攻撃の余波によって、一回りか二回りほど広がってしまった水溜りだ。


――威力の低い方の私であっても、地震くらいは起こして、地形ぐらいは変えちゃってる。


天候を左右し、地形を変えてしまうほどの神のぶつかり合い。

たかが人間の力で、この程度の被害に抑えられるのは――『おかしい』ことなのだ。


――何か秘密でもあるのか?


同じようなことを考えているのだろう、八坂のもその力強い瞳を男に向けている。


そんな二つの好奇の視線を向けられて、男は「ふむ」と小さく呟いた。

そして、そのボロ布と化している着物の袖に手を突っ込んで、数枚の紙を取り出す。


「それは・・・」

「一種の護符、ですよ」


そう言いながら、それをこちらに見えやすいように広げた。

男の手の中で扇状に広げられた紙には、意味のわからない文字や複雑に交差する線、象形文字のようなものなど、不思議な文様が描かれている。


――守りの札・・・・・・それも妙に複雑な・・・


世界には、力を持つ文字・文様・図形といったものが存在する。

それは、この世に存在する様々な力――もしくは、存在しないはずの力を固定化、現在させるための、一種の印のようなものだ。

『呼び出す・借りる・起こす・使う』、様々な役割でそれは使用され、また、創造されてきた。お守り、破魔矢、お札、などなど、私たち(かみ)の利益を人々に還元するための媒介も数多く存在する。


その一種、ということなのだろう。


――けど、これは・・・


見たことのないものだ。

中には、知っている術式も混ざっている気もするが、あまりに手が加えられすぎていて、もはやどんな効果を発揮するのかすらもわからないが、それでも確かに


――力を感じる。


「まあ、色々と手を加えてる分、多少、独特のもんにはなってますがね」


いいながら、男はそれを袖の中へと仕舞いこむ。

それ自体がボロボロで形を保っていないものだが、本当ならそれは袖の内側に大量に仕込まれているものなのだろう。

破れ目から見える着物の裏地には、貼り付けられていたはずの紙の切れ端や力を行使した後の残骸が見え隠れしている。


「これを媒介にして、結界を構築する。そして、その結界を――」

そこまで言葉を切って、男は地面から小さな石を拾い上げた。

そしてそれを上空へと軽く投げ上げて、落ちてきたところを――


「――こうする」


着物の袖の垂れた部分、まったく硬さのない部分をそれに触れさせるようにひゅっと音をたてて振ってみせた。

風に歪みながらも、ぼろぼろの布地は小石に触れて――それは何か硬い物にでもぶつかったかのように横殴りに吹っ飛んでいった。


「これは・・・?」

「硬いものでぶん殴った。ただそれだけです」


そういって目の前に広げられた袖には、いつの間にか、半透明の壁のようなものが出現していた。ちらちらと布の間から垣間見える先ほどの紙の符が微かな光を放ち、そこから力が発生していることがわかる。


つまり


「・・・・・・結界を盾として袖に仕込んで――それで流れ弾を逸らしていた。そういうこと?」

確認の言葉に、男は軽く頷いて肯定の意を示す。


――なんてめちゃくちゃな・・・


固定や隔離、封印を主とする結界をそんなふうに使うなんて聞いたこともない。

即興の壁として前面に張るならまだしも、それを仕込み武器のように使うなんて――まったく考えたこともない方法だ。

多分、かなりの高度な技術や変則的な術式を扱わなければ、きっと実現すらできないし、誰もそうしようとは思わないだろう――それは、凡人にとって一生をかけて習得するものをさらに変形させたもの。

いくら積み重ねても、人間には過ぎた力――人間の一生では足りないほどの時間を必要とするものだ。

神であってさえも、そんな面倒(・・)なことはしない。それなら、もっと自分の地力を上げたり、違う方法で高みを目指す。わざわざ、竹で作った槍で鉄を貫こうとはしない。もっと別のものを作り上げる。


一点突破――人だからこそ目指し、人だからこそたどり着けない技術の粋。


「おかげで袖がぼろぼろになっちゃいましたけどね」


からからと笑いながら軽い調子で話す男。

とても、そんな高度な力を持っている存在だとは・・・・・・思えない――が、どこか、この男ならありえるかもしれないと感じている自分もいる。


そんな不思議な、懐の深さをうかがわせる存在。


――本当に、おかしな・・・・・・面白い人間だ。


「しかし、それだけじゃ足りないでしょう?」

そんな変な(・・)存在に、八坂の神は、神として(・・・・)当然の疑問の口に出した。


そう――それだけでは足りない。


たとえ優れていようと、たとえ過ぎた力を持っていようと、私が八坂の神に対して押し切られてしまったように――力の規模が違えば、そんなものは紙の盾にもならない。千年、万年の時間をかけようと、竹の槍は竹でしかない。持てる力の許容量が違えば、それは防げるわけがないのだ。

ましてや、男から感じられる力は達人――人として限界の境地に達している力は感じられても、決して人の枠を大きく超えているものではない。精々、下級の神か中級以上の妖怪程度に届くかどうかの力しか持っていないだろう。


その程度の力で張られた結界がいくら高度であろうとも、私達の力に届くわけがない。


そんな疑問の声に男は意味あり気に笑い、ゆらりとその手を持ち上げた。

のんびりと動くその腕は、ふわりと、まるで鳥の羽か何かが落ちるような――何かの流れの中にあるようで、なぜかぶれるようにはっきりとしない。


「・・・・・・?」


その腕は、焚き火を囲んで向かいに座る八坂の神の方へとゆっくりと伸び――




「おや、この魚が食べごろですね」


下方にそれて、香ばしい匂いを放つ魚の刺さった棒を持ち上げた。

がくりと、一瞬だけの妙な雰囲気が消え去って、身体の力が抜けた。


――何かするのかと思った・・・。


それは八坂の神も同じだったのだろう。反応しかけた体から急に力が抜けて・・・・・・妙に気の抜けた不恰好な体勢となっている。

身構えかけた腕が途中で固まってしまったのだろう。


――一体・・・今のは?


「はい、どうぞ」


そんな、微妙に呆然としていた視界に、ひょいといった調子に頭から尻尾までを棒で突き刺した、温かい湯気を立てる一匹の魚が差し出された。

見ると、指に挟んだ棒を差し出してにこりと笑う男がいる。


「あ、ああ、ありがと」

「ほら、そちらさんも」


言いながら、もう片方の腕に持っていた同じものを八坂の神の方に放り投げた。


「とととっ・・・」と慌てた調子にそれを受け取って、落とさずにすんだことに安心したような顔を見せる軍神。


なんだか妙な感じだ・・・。


「まあ、大体のことはこんな感じですよ」


もう一つ。

自分の分の魚に齧りつきながら男が口を開く。


「年寄りの知恵袋・・・・・・亀の甲より何とやらってやつでなんとかしたって感じですよ」

魚の焼き加減と同じ。

そういって男は笑う。

なにやら胡散臭そうな笑い方は、何かを隠しているようで――はぐらかしているようで・・・


――これ以上は『語らない』ってことかな。


そんなふうに感じさせた。


不満あり気な八坂の神に、どこからか取り出したまた違う酒を見せて宥めている男。

憮然とした様子を見せながらも、その妙に美味い酒に杯を向ける神。


なんだか込み上げてくる愉快な気分に笑みを浮かべながら、こちらも催促するように杯を向けた。男も笑いながらそれに応え、なみなみと酒を満たす。


――本当に楽しい気分だ。

全て失って負けたはずなのに、今までよりずっと――


酒杯を傾けながら、その原因となった不思議な存在。

そんなものに対して、なんだか・・・・・・


「それで、その神の力すら防ぐぼろ袖はどうするんだい」


そのもう見る影もない服の袖を指して、からかうような調子でいった。

男は「さて・・・」と小さく呟いて、隣に置いていた荷袋から小さな短剣を取り出した。

古びてはいるが、この辺りでは珍しい金属製のそれを使って――肩口からばっさりとそのぼろぼろとなっていた袖を切り落とした。


「・・・・・・!?」


驚くこちらの様子を気にしないまま、具合を確認するように肩をぐるぐると回して――「よし」とまた小さく呟いて


「こうすりゃまだ着られますよ」

そういって、おどけるように肩をすくめて見せる。


――ほんとに、行動の読めない。


いちいち人を食ったような・・・・・・神をからかった調子で動く。


「――それじゃあ、もう札は隠せないわね」


慣れてきたのか、呆れた様子を見せながらも八坂の神はそんなことをいって


「なあに、適当な布でもあればまた」

新しいのをつくりますよ、と適当に男が返す。



そんな調子で酒宴は続く。

敵と味方と、その仲介をした妙な人間と

愉快な時を刻んで




________________________________________




あれからもうかなりの年月が経っている。


――あの二柱の神様はなんとかやっているのか。


一応、自分がその間に立ったのだ。

一度くらいは様子を見にいってもいいかもしれない。


――礼にと貰った布で作った上着も、この通りのことだし・・・


なんだかそんな気分なのだといって贈られたものは、確かに神の加護を十分に受けた丈夫なもので、仕込んだ札やらの力も通しやすい良い品だった。

なかなか、楽をさせてもらった。


――礼くらいは返してもいいだろう。


なんとなくと次の目的地を定めて、背負った荷を抱えなおす。


「――っむ」


ごうっと音をたてて、風が通り過ぎていく。

空を見上げると、雲の流れが妙に早い。


「こりゃ一雨くるかね」


――まあ、矢の雨が降るよりはましか。


微妙に湿り始めた気もする大気に足を速めながら、そんなことを思い起こした。

同じように貰ったお礼の品も、いまでも荷の底に眠っている。


――あの二人は、上手く辿りつけたのかねぇ?


少々意地の悪い道案内だったと反省しながらも、込み上げる笑いを噛殺した。




________________________________________



「もう、いらいらするわね。あの男」

「はいはい」


不満そうな声に適当な返事を返しながら、周りの様子を確認する。


静かに、風と共に音をたてるだけの竹林には、何の気配もしない。

天然なのか、何かの作為によってのものなのかはわからないが、どうやらこの辺り一体には妙な力が発生していて、感覚を狂わせる効果があるらしい。


――これは利用できるわね。


自分達が張ろうとする結界の一部として活用できそうなものを計算する。


――確かにこの場所なら、結構な規模の力を使っても目立たない。


霊脈、地脈・・・・・・とにかく力が集まりやすい場所。

それもかなりの規模のこの場所は、私達が隠れるのにはうってつけの場所だ。


――確かに嘘ではなかったわね。


ここのことを教えてくれた男。

半信半疑ではあったが、なるほど、嘘は言っていなかった。


しかし


「ちゃんとお礼まであげたっていうのに・・・」


歩いて半月――まるまる半月の時を歩きっぱなしで、という意味ならそういっておいてほしかった。

それならば、休みなしで進んで輝夜の機嫌を損ねることもなかっただろうに。


――彼なりの復讐だったのだろうか・・・。


子どもの悪戯のようなその行為に、少し笑いが浮かぶ。


「何笑ってるのよ、永琳」

私達をからかったのよ、とこちらに指を向けながら憤った様子を見せる姫。

月の都でいつも退屈そうにしていたこの子は、地上に来て随分と表情豊かになった。


「ああ~!もう!この都を震撼させた絶世の美姫にたいして・・・」

「・・・・・・」


少しだけ不安にもなるが、まあ、良い傾向だろう。


――それにしても


本当に、生きていたのね。


忘れていたはずの

失われたはずの

過去の記録――記憶。


罪人となった私の道先案内人を思い出の中にしか残っていなかった存在が勤める。

まるでお伽噺のような、不思議な――何ともいえない気分だ。


恨まれても仕方がなくて、復讐されても文句はいえない。

それでも、彼は笑っていた。


――何を考えているのかしらね。


月の頭脳とも呼ばれた自分が想像もつかない。

人の頭の中というのは、本当に不思議なものだ。


「――これくらいかしらね」


片手間にそんな思考を巡らしながらも、この場所に点在する利用できそうなものと不確定要素を調査しきった。

大体の完成を頭の中に描き、必要な構築式を組み上げていく。


――何かしらの情報源・・・・・・外の様子を探る伝手も必要ね・・・。


結界に対する例外、内と外を行き来できる存在。

相手方に利用されず、目立たない・・・この辺りに居ても不思議ではないものであれば上々だ。


――しかし、そんな都合の良い存在が・・・。


「永琳、見てみて兎があんなにいるわよ」

月のとは全然違うわね、と楽しそうに輝夜が指差す先には、竹林の間に隠れた白い小動物が二、三・・・・・。

感じられる気配には、微かにだが、妙な混じりものを感じることができる。

ただの動物ではないもの。


――これは・・・


この竹林に適応して・・・・・・


少しの知性の光を灯す赤い瞳。

確かに月のものとは似ても似つかないが、その分、単純そうではある。


――使える、かしらね。


おそらく、この竹林の作用――訪れる者を惑わす効果を利用して、天敵から身を守っているのだろう。自然を利用し、その場に適応しながら共生する。この大地に生きる動物としては、よくあることだ。

そして、長い時間をかけて進化してきた分、幾分の知能も持ち合わせていると考えられる――ただ単純に妖怪化しただけかもしれないが――これは、上手くすれば利用できるかもしれない。


――手なづけることが出来れば、外界との橋渡しにも・・・


ずっとこの土地で生活してきた個体だ。

誰にも怪しまれることもないだろう。


渡りに船のような存在に、思わず笑みが浮かぶ。


「――何悪い顔してるのよ・・・あんまり苛めてあげちゃ駄目よ」


そんな気配を察したのか、いつの間にか姿を消している兎たち。


――臆病な生き物ってところは変わらないのね。


自分の迂闊さに、またも笑い込み上げて、自然と口端が持ち上がる。

そんな私を見ながら、輝夜はなぜか、微妙な表情をしていた。


「どうしたの?」

「いや、まあ、なんていうかね・・・」

妙な感じよね、と何やら呟きながら、こちらの様子を不思議そうに見つめて――ゆっくりと私の顔を指差した。


「あの男に会ってから、妙に表情豊かじゃない」


まっすぐにこちらを指差すその表情は、なんだか楽しそうで――何処か、優しそうな笑みを浮かべていた。

まるで、手のかかる幼子を見るような、そんな保護者のような温かな瞳で・・・


「ふふふ・・・」


柔らかな笑みを浮かべている。

いつもは手に取るように分かるこのお姫様の気持ちがなぜか分からないのが、妙に癪に触った。


「――なんでしょうか。輝夜姫さま」

「――いいえ、なんでもなくてよ。八意永琳」


姫と従者。

なんだかその立場が逆転しまったような様子を見せる輝夜の含み笑い。


――まったく・・・・・・


しかし


これは、自分の方の調子が狂っているのかもしれない。

幾年の年月振りにこの大地に降りて、ありえもしないはずの再会を経て――少し揺らいでいる感情。

このような想いをするのは、本当に久方振りのことだ


――少しくらいおかしくなっていても、仕方のないことなのかもしれない。


そんな私の様子が可笑しいのか、相変わらずにやにやと笑みを浮かべ続ける輝夜。

少しの恥ずかしさが込み上げながらも、顔を背けて口を開いた。


「そんなことより、大体の目処は立てたわ」

あとは準備を整えるだけ。


その言葉に、輝夜は一つこくりと頷いて、表情を引き締める。


「時を閉じ込める永遠の結界――細かい術式やら何かは任せるわよ」

「ええ、細かい設定は私が担当するわ」


じゃあ、と小さく呟いて、輝夜の身体から薄い光のような力の高まりが感じ始められる。

展開されていく力は、空間を固定し、新たな別種の異次元へと形を創りだしていく。


――時の狭間、永遠と一瞬の境界・・・


永遠と須臾を操る力。


「そういえば」


そんな桁外れの力を発揮しながら、それを片手間に口を開く姫君。

その優美な黒の髪を揺らして、意味あり気に笑ってみせる。


「なにかしら」


輝夜の力を基にして結界の式を構築しながら、半分ほどの意識をそちらに向ける。

月の都に気づかれないものにするのだ、かなりの精密作業を要する。

あまり集中を欠くわけにはいかない。


「貴方も怒っていいのよ」

「・・・・・・?」


意味のつかめない言葉に眉を顰めた。

それに対して、輝夜は悪戯っぽく顔を歪めてみせる。


「こんな美人二人を騙したんだもの。今度あったら文句いってあげなくちゃ」


放たれたのは、そんな言葉。

一瞬、驚きに目を丸くして――再び込み上げる笑い。


「ええ、そうね」


色々と話したいこともある。

是非、文句をいう機会ぐらいはつくっておかないと――



完璧に組み上げていた式に、少しだけ、小さな細工を加えた。

再び相見えるためのほんの小さな工夫。


――ただ、危険を増やすだけかもしれない。


それでも、そうしておきたい。

そう思った。




________________________________________




「さてさて」


結んだ縁も数多く。

何やら付き合いも長くなりそうな知友もできて


――ここ千年ほどは、妙に騒がしい。


過ぎ去る時に親しみつつ、決して同じ日々を歩めぬままに――ただ、眺めてきた世界。

それもなかなかに楽しかった。


極短い時間だけを共にする人々。

いつか自分だけが取り残されて――それでも、残る記憶に喜愛を得てきた。


けれど


――やはり、長く付き合える知り合いは・・・嬉しいもんだ。


慣れた寂しさ・・・・・・けれど、消えぬ淋しさ。


もし、この道の隣に誰かが居てくれるなら、きっと、それはまた喜びとなるものだろう。


「――楽しくなってきたもんだ」


まだまだ、生きていたい。


十分に・・・・・・人並みはずれて生きていても、そんなことを想ってしまう。



――しかし、まあ。


「こんな思い出にばかりふけっても――意味はない、か」


黒く染まり始める空を眺めながら、一人ぽつりと呟いた、


とりあえずは、この雲行きの中を、濡れずに行く方法を考えよう。

過去は後で楽しむことにして、未来を考え、今を乗り切る。


――あんまり過去に溺れてちゃ、走馬灯と変わりない。


そういうのは、もっと死に際で考えよう。

まだまだ、時間はあるのだろうし・・・・・・



そんなことを考えて、


「ん・・・?」


――これこそ物語の最後のようじゃないか。


くくっ、と過去に読んだ御伽噺の最後を思い浮かべる。


冒険活劇の最終幕――主人公はこれと同じような思考をしながら、その終わりに向かうことになる。

最後の序幕、お話の約束事、よくある展開。


――まさかまさか、だが


折角面白くなっている物語を、ここで終わられては敵わない。

不吉な思考は追い払って、次に向かうことを考えよう。


このぼろ布の使い道。

今日の食事をどうするか。


そんなことを思い浮かべて、山の向こうへと足を向ける。


日が翳り、暗くなり始めた森の道を。





________________________________________




――何かが動いている。


暗い影の道の中、雲を通した微かな灯り。

先ほどまでも眩しさはすっかりとその身を潜ませ、生温かい風が通り抜けていく。


――森の中は暗い。


普通は、はっきりと見通すことは出来ないだろう。


そこは境界。人の領域と別の領域とを分かつものであり、違う存在の場所である。

明るい陽の中を活動する動物もいれば、夜の月明かりを歩く獣もいる。


――そこにいるのは狩る存在と狩られる存在。


入り込めば、自らの常識は通じない。

踏み込めば、命の保障はない。


――そこは、私たちの領域。


ほの温かい闇に目を細めながら、暗い影を見通した。

そこにあるのは、一つの命。


だんだんと闇の色を濃くする黒雲の下。

飛んで火にいった虫に――私の場所に踏み入れた人間に、にこりと微笑を浮かべて


音もないままに飛びたった。




今宵の晩餐は、きっと美しく彩られることになるだろう。


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