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花の宴


自らが違う存在だと知っている。

自らが異なる存在だと理解している。


それは偶然のもの

万象が彩る世界で天然に生まれた不自然な形

足りず 過ぎた 欠けた 超えた

凡とは非するもの

普通とかけはなれたこと



怖いのだろう

恐ろしいのだろう

近寄らないで

触れようとしないで


その姿に誘われたものは、皆消えてしまうのだから



いくら美しくとも

どんなに魅せられようとも


きっと

それは


此岸のままには味わえない



________________________________________



ふらりと、少女の身体が傾いた。

まるで糸が切れてしまったかのように、ふっと力が抜け、慣性のままに崩れ落ちる。


「・・・・・・!?」


慌てて近寄って受け止めると、その身体は見た目以上に軽い。


――これは・・・


骨が透けて見えてしまうほどに痩けた身体と病的に白い肌。

閉じられた目には深い隈が刻まれて、ろくな睡眠もとっていないことがよくわかる。


「姫様!?」

少女を抱きとめた形となったこちらに、慌てて侍が駆け寄ってくる。

刀に手をかけてはいるが、主人を抱えたままのこちらに対して迷いがあるのか、切りかかってくるような様子は見せなかった。


「寝かすところは?」

そのまま身体の下へと手を回し、少女を抱き上げながら尋ねる。

侍は一瞬ためらったようだが、屋敷の奥を指し、こちらに先導するように歩き出した。

なるべく少女の身体に負担がかからないようにしながら、その指示に従う。


――しかし


軽い。

軽すぎる身体だ。


小さな子どもを抱えているような、そんな感覚しか腕には感じない。

時より口からもれる吐息は浅く、息をしているのかしていないのかすらも怪しくなってしまうほど、それほどに希薄にしか感じられない命の重さ。


まるで―――この世から消えてしまうような、儚い重さだった。



________________________________________




妙なことになっている。

自分が守るべき姫は、奥の寝所にある布団に寝かされている。


―――最近はろくに食事すらとっておられないのだ。当然のことなのだろう。


そんな御身体の姫を戦わせなければならなかった自らの未熟さに憤りを覚える。

まるで修練が足りていない。


――が


しかし、それよりも今現在の問題は他にある。


「ううむ……これとこれ、あとこれか」


そう呟きながら何やら書き物をしているのは、後から現れた下手人の一人である男。

自らの攻撃を捌ききり、姫様と先の妖怪の攻撃を吹き飛ばしてしまうほどの力を秘めた、桁違いの力をもっているはずだが、今現在の様子からはそんなものは少しも伺えない。

確かに妙な雰囲気を持ち、見た目も気配も少し変わってはいるが、人間にしか思えないことは確かだ。


そして


「なんで私が・・・」

「審議の結果だ」

全面的に悪い方です、といいながら微笑む男と「なんのことかしら」と笑って返す妖怪。

どこか背筋が寒くなるやりとりである。


こちらの女の方は、異様な風貌ではあるものの、姿かたちは年端の行かぬ少女。

しかし、感じる気配は妖怪そのもの、しかも、信じられないほどの妖力を放っている。


―――それが


「へええ、一緒に食事をとる相手がいなくなって残念ですね」

「あらあら、冗談じゃないの」

軽口を叩き合うような、そんな胡散臭いやり取りをしながら、姫さまの世話を手伝っている。

正確には、男の方が姫さまの状態を調べ、必要だといったものを、女の方が何処からか取り寄せるという形だが、まず、姫さまが倒れる原因になったはずの者達がその介抱をしている時点でおかしな状況だ。

男に最近の姫さまの状態を尋ねられ、勢いのままに答えてしまったが、見る限り、そこらの医者よりも適切で、手早い処置を行っているように見えた。

そして、妖怪の方も男の言葉に素直に従っている。


「よし、これを頼む」

男が何かを書いていた紙を妖怪に渡すと、「面倒ね」といいながら、しぶしぶといった印象で、空に開けた妙な穴に潜っていった。


「あとは、湯か……すまないが、台所を借りていいか」

「……あ、ああ」

満足に医家にもかかれない姫さまにとって、もし医術の知識がある者が世話をしてくれるのなら、それは願ってもないことである。


――それに


先程からこの者の行動には邪気は感じられない。

頭に血が上っていた先程までならともかく、それくらいの判断はできている。


――妖怪の方は信用ならないが・・・


ここまでくれば、なるようにしかならないだろう。


「・・・こっちだ」


毒を食らわば皿まで、そう考えることにして、備えられている勝手場へと男を案内した。





________________________________________




―――脈が弱い。


その軽い身体を布団に寝かせ、手首を取って考える。

最初のうちからすでに顔色も良くなかった。

元々体が弱っていたのかもしれない。

その上での先程の戦闘――多分力を使いすぎたのだろう。


「食事はとっていたか?」

「な、なんだ?」


急に声をかけられて驚いたのか、侍は驚いたように問い返す。

それに対して、少女の方を指しながらもう一度問うた。


「食事はちゃんと摂取していたか?」


少女の方を心配そうに見る侍。

微妙に混乱しているもままにも見えたが、ちゃんと答えてくれた。


「あ、ああ。しかし、最近は食も細く……多分、汁物を少々のみだろう」

「なるほど」

栄養不足からくる貧血。

それに、睡眠不足かなにかも重なっているのだろう。


――こういう場合は・・・と


寝かせている頭から枕を抜き、頭の位置を少し低くする。

多少寝苦しいだろうが、頭に血が巡るようにしたほうがいい。

季節柄、気温は温かいため、体温の低下は掛け布団のみで防げるだろう。

加えて


――よく眠れるように、何か用意しておいた方がいいか・・・


睡眠補助のための方法をいくつか頭に思い浮かべ、可能そうなものを選んでおく。

普通の場合、自分ひとりでは難しいものもあるが、今は(・・)その手立てがある。

利用しない手はない。


「あとは、と」

起きたときの栄養補給、多分臓腑の方も弱っているだろうから摂取しやすいものを用意しておかねばならない。

自分の記憶と少女の様子を照らし合わせながら、最適な処置を考えておく。


――しかし


ある程度の対応を考えたところで、一端思考を止めた。


―――まあ、眠ったばかりだ。


まだ時間はあるだろう。

だから、その前に


「それじゃ、事情を聞かせてもらいましょうか」


一緒に屋敷の中へと上がり込んでいた紫の妖怪に、にこりと笑いながら振り向いた。

「あらあら」と微笑む姿はなんとも胡散臭い。


――その笑顔に対して、そこはかとなく自分の影響を感じた気がしたが、多分気のせいだろう。

長年生きていれば、人への対応など、それなりに似てくるものだ・・・多分、きっと


「大体事情は察せますが・・・一応、弁解の機会はありますよ」


自分が与えた悪影響なんて、微々たるもののはず。




________________________________________




「全面的にお前が悪い」

事情を説明して、返ってきたのはそんな答えだった。

まあ、そうだろう。

都での噂を聞いて、ただの興味でここを訪れたのだ。

ただの暇つぶし。興味本位。

途中からそれは少し強いものとなったが、ほとんど気まぐれで行動し、この屋敷の者へ害を与えたのだ。

どちらが悪いといえば、当然私が悪い。

頭を抱え、肩を落とすようにしながら、男は後ろで眠る少女の方へと目を向ける。


「――まったく、暇つぶしで人に迷惑をかけるなよ」

「――それが妖怪というものではなくて」


にこりと微笑みながら返す言葉に、男は溜め息をつく。


「――仕方ない」


後始末はしてあげますからお前も手伝え。

前半は丁寧に、後半は端的にそういって男は立ち上がる。

正直、私が手伝う理由などないのだが、この男に悪印象をもたれるのはあまり良いことではない。


―――それに


間もおかずに戦闘に入ってしまったが、この屋敷の主には興味がある。少し話をしてみるのも面白いかもしれない。

眠る少女を一瞥して、仕方ないわね、とそんなことを呟きながら頷いた。




________________________________________



―――さて


ぐつぐつと煮立つ鍋に良く洗った薬草を放り込む。

滋養、疲労回復、栄養補給、様々な種類のもの、あまり変な配合をすれば毒にもなるのだが、その辺りは経験と知識で補える。

枯れる前――新鮮なうちでなければ使えないものとしばらく乾燥させなければならないものなども、紫の力を使えば、何処か遠くからもってくることが出来た。


――まったく便利な能力だ・・・


ある程度、成分が染み出たところで、放り込んだ薬草を取り出す。

本当は刻んでこれ自体も食べた方が効果は高いのだが、身体が弱っているところに固形物はあまり受け入れられないだろう。

肉体的にも―――精神的にも


あとは、と


「八雲の、頼んだのは?」

「はい、こんなもの何に使うの?」

差し出されたのは目の粗い清潔な布。


「なるべく不純物をとっておく」

空の鍋を用意して、それに蓋をするように布をかけ、ずり落ちないように固定する。

そして、煮立った鍋を持ち上げ、その上に中身をひっくり返した。

湯気に当てられ、熱っと飛びのいたこちらに、紫が不思議そうな顔を向ける。


「ああ、この薬草。こうして細かく漉してやらないと苦味が強いんだ」

良薬口に苦しだが、苦くて食べれないんじゃ意味がない。


それに


「多分――食事自体を嫌になっている場合もあるから、な」


鍋の中身が漉される様子を見ながら、あの少女の軽さを思い出す。

細く痩せた腕、青白い顔色。

そして、あの従者の様子。


身体的(・・・)には、何の病気のようにも感じられなかった――ならば、精神からくる類のものかもしれない。


「なるほどね。だから、こんなに良い匂いのする食事なんて作ってるのね」

「ちゃんと人数分用意しといたから、つまみ食いはしないでくださいよ」

失礼ね、とこちらに不満気な表情を向けてくる紫だが、多分、自分の分がなければ盗っていった可能性が高い。

それが妖怪というものだ。


「――まあ、それにしては物好き、か」


人間と関わろうとする。

人を見下しながらも、どこかしらの部分で認めてもいるようにも感じられる。

微妙におかしな印象を受ける妖怪。


「何かいったかしら?」

「いいや。それより」

運んでくれるか、という言葉には、嫌よ、という返事が返ってきた。


――これはまあ・・・


仕方ない。




________________________________________




温かい香りが鼻をくすぐり、目が覚めた。

頭がぼうっとしていて、自分がいつ眠ったのかもいまいち思い出せない。

少しの違和感を感じて起き上がると、頭の後ろにあるはずの枕がなかった。

代わりに薄い布が畳んでおいてあり、香か何かしみこませているのか、心地よい香りがしている。


――こんなもの、用意していただろうか。


不思議に思って回りを見渡すと、何やら考え込んでいる様子の妖忌が目に入った。

なにやらぶつぶつと呟きながら頭を抱えている。


「大丈夫なはず……いや、しかし相手は妖怪……けれど、姫様の体調を考えると」

「妖忌、どうしたの」

「ひ、姫さま!? お目覚めに・・・」

慌てて居住まいを正し、心配そうな声を出す妖忌。


「大丈夫よ。――それより、一体何が…」

「あら、目が覚めたのね」

そういって、襖の向こうから現れたのは金色の髪をもつ紫の服を着た妖怪。


「貴女!」

自分が何をしていて気を失ったかを思い出し、急いで立ち上がろうとする。

しかし、思うように身体が動かない。


「これは…?」

「あら、よく眠れるように仕込んでおいた薬草に当てられたようね」

ふふふ、と優雅に微笑む妖怪に寒気がはしる。


「―――何をする気?」

「あらあら、何をして欲しいのかしら」

胡散臭く微笑む妖怪の少女。

一瞬の油断もせぬように、今の身体でできるだけの霊力を集める。


そこへ


「何やってんだ」

コンっという間抜けな音共に、右手に湯気の漂う器を持った男が現れた。

左手にはいくつかの木製の椀を持っていて、それによって少女の頭を軽く叩いたらしい。


「え?」


思わずほうけた声を出して、動きを止めた。


何するのよ、と妖怪の少女は不満気に男を睨みつけている。

その仕草は、妙にこどもっぽい。


「こっちの言葉だ」

「妖怪は人を怖がらせるのが仕事よ」

「相手は病人だ」

「だからこそじゃない」


はあ、と手に持っていた器の類を置きながら、男は疲れたように息を吐く。

妖怪の少女はその様子を面白そうに眺めながら、湯気の立つ鍋に視線を向けた。


「――食事はいらないんだな?」

「それは嫌ね」

「なら大人しくしといてくれ」


目の前で行われる妙なやり取りにそのまま呆然としていると、目の前ではテキパキと膳の準備が整っていく。


「侍さん、勝手に器借りましたから」

「む……ああ、構わん」


こんなとき、一番に反応するはずの妖忌がなぜか普通に対応している。


「さて、食欲はあるかい」

「あるわ」

「……そっちじゃない」


あら、そうだったの、とクスクスと笑う妖怪。

はあ、とまた溜め息をつきながら頭を抱える男。

貴様ら姫の御前で失礼を……とやっといつもの調子で怒り出す妖忌。

なんだか、不思議な空間だった。


笑う妖怪。

呆れる人間。

怒鳴る半人半霊。


ちぐはぐで

滑稽で


おかしな光景


「まったく・・・・・・子供みたいな奴ですいませんね」

妖忌の説教にそ知らぬ顔で答えている妖怪を指しながら男がいった。

本当に呆れているようなその姿に――妖怪を、まるでただの少女のように扱うそんな言葉に。


妙に心がざわついた。


「あなたたちは・・・これは・・・一体?」


この状況、目の前の者たちの正体。

そんな疑問が頭の中をぐるぐるとまわって、理解が追いつかない。

そんなこちらの様子に、男はふむ、と小さく呟いて口元に手を当てた。

何かを考えるような仕草だ。


「まあ、あっちは妖怪で、こっちは人間です」

そのまま端的に告げる。


「まあ、真っ当なもんじゃありませんが――とりあえず、悪さはさせませんよ」

こっちもしませんしね、とこちらの警戒を解かせるようにか、男はにこにこと笑いながらそういった。

害意は感じられない。


「貴様!言うに事欠いて・・・」

「うるさいわねぇ」


小さな力の高まりを感じ、妖忌のいる場所に何かが生じる気配が生まれた。

そして、その力が発動する瞬間――


「食事はいらないんだな」

そんな男の言葉に、何もなかったかのようにその気配が消えた。

不満があるのか、妖怪の少女は恨めしげに男の方を睨みつける。


「やれやれ・・・」

それに対して、面倒そうに頭を抱えて首を振りながら、男は少女と妖忌の方へと近づいていった。


「侍さんもそのへんにしといてください。食事が冷めてしまう」

そんなとりなしで妖忌の溜飲を下げようとし、何か言おうとする少女の口を塞ぐ。


――それはまるで、小さな子どもの面倒を見る父親のようで


「食事は美味いうちに食べたいでしょう?」

あっちのご主人もね。


――そんな言葉に促され、ばつの悪そうに膳の前に座る二人も、どこか滑稽で


「ふふ……」

男が不思議そうな顔でこちらを見る。


「なんだか――おかしな状況ね」


本当に――呆れて、笑ってしまう。

なぜ、こんなにも


――可笑しなことになっているのだろう。


理解できない――何一つわからないけれど

こんな、この場所がこんなに声で溢れるのは、本当に久しぶりな気がした。


笑えたのも――とても久しぶりな気がした。









「さて、食べられますか」

「ええ、いい香り」

湯気のたつ温かい液体をほんの少量ずつ口に含む。

いつもは食べることすら拒んでしまうような状態であったのが、食欲を促進する美味しそうな香りに誘われて――とてもゆっくりとだが、喉は動いてくれた。

水のように滑らかな液体は、ほとんど消化器官を揺るがすことなくその身に染み込んでいくように感じられ、弱った身体にも柔らかく活力が満ちていくに思えた。


「おいしい……」

「そいつは重畳」

そういって微笑む男。

それでも、「ゆっくりと、少しずつ食べなさい」という注意は忘れない。


「少し水っぽくない?」

「―――病人食だ。他にも用意してあるだろう」

きっと自分の分なのだろう鍋から液体を掬い、自分の椀からすする妖怪の少女。

確かに、用意された自分以外の膳には形のある野菜や魚などの固形物がのっている。


――今は食べられないが、きっと美味しい物なのだろう。


食欲のわかない状態でも、それを食べてみたいという興味がわく。


「妖忌、あなたも食べていいのよ」

「し、しかし、姫さまを差し置いて」

私に遠慮しているのだろう。

自分の分も用意されている食事の膳に、妖忌は手をつけていない。


「そうさね」

私の勧めにも渋る妖忌に、横から男が口を出した。


「飯食ってないと肝心なときに力も出ない。姫さんのためにも食っといた方がいいでしょう。それに――美味しそうに食べて羨ましがらせてやればいい。『食べたい』って思えれば、その分回復したくもなるさ」

「ふふふ……そうね。その通りよ、妖忌」


随分の言い草に思わず笑いがこみ上げてしまう。

確かに、向こうで美味しそうに食事を頬張っている妖怪の少女を見ていると、私もいくらか羨ましくなってくる。


「ですが……」

「早くしないと、あの悪い妖怪が全部食べちまいますよ」

男がいった言葉に、向こうの少女は眉を顰め「失礼ね」と文句をいっている。

けれど、それでも箸を止める様子は見せないのは、余程あの食事が美味しいからなのだろう。


「冷めてしまうわ。さあ妖忌」

「は、はあ」


しぶしぶといった印象で、妖忌が自分の膳の前へと座る。

あまり気は進まないようだが、箸を手に持ち、野菜と薬草を煮込んだ汁を口に含む。


「む、これは」

そんなことを呟きながら、漬物、魚の焼き物と次々と手が伸びていく。

顔こそ仏頂面のままだが、その表情のままで素早く箸を動かしていく様は見ていて面白い。


――あの妖忌が、そんなにもおいしいと思っているのだろうか。


食べてみたい、そういう感情が自分の中に広がっていく。

これでは、この男の言っていた通りだ。


そんなことにも、なんだか笑みがこぼれてしまう。


「――なら、早く良くなればいいさ。お姫さん」

そんな私の表情をよんだのか、隣にいた男が微笑みながらいった。

細められた目は、楽しそうに少女と妖忌と眺め、こちらへと向けられる。


「美味しいものを食べる――それが大勢でなら、特に楽しめるってものだ」

それを聞きながら、薄く微笑んだ。


「そうね……そうできたらいいわね」


そう出来ればいい。

そうなれればいい。


けれど


そんなことは

そんな資格が


私にはあるのだろうか。



白く揺れる水煙の温かさに触れながら、自らの冷たい指先を思った。

その先にあるのは――薄紅色の誘い。



伸ばされた手を


失う未来。







________________________________________



たとえ


誰かが認めてくれたとしても

誰かが隣に居てくれたとしても

きっと私は私を許せない。


大事だからこそ

大切だからこそ


それを失いたくない。

ずっと一緒にいたい。


それと

同じくらい


私のためだけに生きてほしくない。

その重荷となりたくない。


私には

何も返せない。


そして

あなたが弱さを見せれば――きっと、誘ってしまう。


それが

とても怖い。



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