表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/47

灰被り

荷車に荷物を載せる。


大きなものから小さなものまで

簡単に運べるように

なるべく楽になるように


そこにあれば楽だから

そこにあれば簡単だから

全て載せて

全て一緒くたにして


一つにまとめて運んでく。



背中に乗っていた重荷も

両手に抱えていた嵩張りも

大事には包み込んだ大切も


一緒くたに



そうして

ある日気づいた。


この荷車を失くせば

私はどうなってしまうのだろう。

一つ失くしただけ

どうなってしまうのだろう。




________________________________________




「西洋式・・・いや、ここは、法力に変換して・・・魔力と神力の複合式・・・しかし、それでいて・・・」

ぶつぶつと呟きながら、拡げた布の表面を指でなぞる。


そこに描かれているのは、様々な文字によって細かく刻まれた方陣。


――封印式、か。


特殊な道具で描かれた線が複雑に入り組み合い、意味を持つ形――方陣として造り上げられているそれ。

法師が描く札にも似ているが、所々に混じる文字、力の方向性が違う。


――和洋折衷・・・いや、和式の魔法陣ってところか・・・


正道とは外れた形に組まれた式、法師が描く法力――霊力によって造られる札とは違い、この札は、西洋の方法――俗にいう、魔法使いが主として扱う魔力を混合して造られている。


行動阻害、思考低下、妖力封殺、能力制限、等々・・・


込められた力は、妖怪の封印を主とするもの。

力を削ぎ、思考を奪い、行動を縛り――その対象から自由を奪う。


それも――この規模なら大妖すらも無力化できる可能性がある。


並の妖怪なら生命活動まで停止してしまうほどの力が織り込まれた――一種の封印兵器とすらいえる、それほどの力が練りこまれている。

おそらく、かなりの年月をかけて、それも超一流の術者によって造られたものだ。


『何だかわからないからあげる』


お礼よ、そういって手渡されたものにしては、いささか貴重品過ぎる贈り物。


――確か、空飛ぶ鉢を操っただとか、帝を快癒させただとか、そんな逸話を持つ聖・・・その姉が造った霊験豊かな札だといって献上された胡散臭い品とかいっていたが・・・


案外、実話かもしれない。


そういってしまえるほど


――面白い技術だ。


元々は法力を基本とする方陣に、西洋式の方を取り入れて、それらが打ち消しあっていない。

それぞれを上手く混合させ、相互に高めあうようにして、より強力な封印を作り出している。

長い間生きている自分としても、なかなかに珍しい品。


――この式を繋ぎとして反発を緩和・・・この線は循環と固定か・・・


刻まれている意味のある線、その一つ一つを確認し、分析していく。



―――こういうものは面白いと思うのは、昔から変わらないな。


自分にはない発想、着眼点によって造られて技術は、どれだけ永く生きようとも、どこかで現れる。

長い経験、積み重ねによって

独創的な発想、天才の発現によって

偶然の一致、神の気まぐれによって


そんなものを眺め、知り、学んでいく。

知識を得て、知恵を知り、新たなものを思う。


――年寄りにとっちゃ、この上ない道楽だ。



既存の知識と新たに得た知識を組み合わせて

知らないものを知って、新たな発想が生まれて


確かに少なくはなったが、零ではない愉しみの一つ。



「・・・む?」


その時、扉の向こうが妙に騒がしいことに気がついた。

日が暮れてから大分時間が経つのに、複数の人間が走り回っている気配がする。


――何かあったのか?



慌ただしくなる気配に警戒を強め、広げていた荷物をまとめた。

いつでも行動が出来るように、いつもの旅衣装に整え、様子を伺う。

そこへ


「火事だー!!」


喧しい叫び声が飛び込んできた。




________________________________________





身体が熱い。

暑いのではなく――熱いのだ。

焦げつくような熱さがこの身を包み、周り中の全てが緋色に染まっている。

ただ一つしか、そこには存在しない。


――楽だな。


そう思った。

身を任せれば、何も考えずにすむ。

熱さ以外に何も。

心の内、そのずっと奥でくすぶり続ける何かも、この炎に包まれている間は感じ

ない。


――全て


自分の全てが一つとなる。

憎しみも愛しさも

苦しみも悲しさも

全てがなくなって

ただ一つだけ



――いっそ


失くしてしまいたい

壊れてしまいたい


――このまま灰になるまで

消えてしまえれば

楽なのだろう。


そんなこと

絶対にありえないのだろうけど




________________________________________





「こりゃあひどい」


赤い灯りに包まれ、白い煙をあげる木々。

風に煽られ、呻き声のようなおどろおどろしい音をたて、その勢いはますます増していく。


――回りが早い・・・


煙に巻かれないように口に布を巻き、なるべく低い体勢をとりながら走った。



山火事。

実りある緑の木々が緋色の炎に包まれ、周りのもの全てを呑み込んでいく。

そこに暮らす者にとって、致命的な災害。


――雷にしては雲がないし、誰かが不始末でもしたのか・・・?


それは自然に起こることもままあるが、その原因の大概は火を使うもの――人間が原因であることが多い。

里山、人の生活圏の一部であることを考えれば、誰かが火を使ったのが原因かもしれない。

火事というのは、どんなに小さな原因からでも、思わぬ間に燃え広がるものだ。


――流石に消し止めるのは、無理か・・・何処かで食い止めるくらい、かね。


木々の間が狭いために、次々と燃え移り、火勢が増していく。

煙の流れる勢いからしても、このままでは被害が広がっていくばかりだろう。

近くに水源をないことを考えれば、あとは、どれだけ規模を小さくして治めるか、という話だ。


――そんじゃ、ここ辺りから・・・


速力を維持しながら、身体に巡る力を活性化させるように気を練る。

脚回りを中心に、残りは身体全体に――



「・・・ふっ!」


小さく息を吐きながら、高まった力を一気に燃焼させ、普段とは比べものにならない力を発揮させる。

身体強化の技法、筋力と体力の底上げである。




火が回ったその一番端の位置、火の勢いを増し始める寸前の木々に向かい、その柱芯に一撃ずつの打撃。

少々上向きに放たれたそれは、木々を根こそぎに―――地面から引き抜くようにしながら吹き飛ばしていく。

根から千切りとられた地面はえぐれ、そこには切り株すら残らない。



――類焼を防ぐため・・・あんまり気は進まないが・・・



そんなふうに心でぼやきながら、まだ生きた木を削っていく。

円を描くように火の発生源を中心にして、炎と木々の間を空けていく。

つまりは、破壊消火――それと似たようなものだ。

周りの木に燃え移り続ける火炎、その一番端から木々を減らしていくことで、さらなる拡がりを削っていく。

燃え移る先をなくした炎はそこで動きを止め、今ある燃料分しか姿を保つことができない。


炎を閉じ込める、そういう策である。


その範囲こそ完全に焼き尽くされてしまうかもしれないが、それ以上に拡がることもない。


――あとは・・・


簡易用の結界。

軽い火避け程度の力を込めた符を散りばめて、その線を強化する。


――実験用の符紙を用意してて良かった、な。


握りしめる長方形の紙の束――元々、輝夜に貰った符の解析と実験用に用意したものだ。

利益こそ高くはないが、数だけはたくさんある。


――風避け、火除け、水縁、土符・・・


炎を避け、防ぎ、消し去る力をもった様々な符。


指先についた煤と血液を使って新たに式を書き込みながら、それをばら撒くようにして走る。

簡略化しているために効果はまちまちだが、それなりに意味はあるだろう。



――よし、あそこで


自分が描いた線――森の切れ目を見つけた。

このままこの境界を繋げば、完全に炎を閉じ込められる。

あとは時間さえあれば、それなりの被害で鎮火させることができるだろう。


「――これで最後っ・・・と」


そう呟きながら、最後の一本を弾き飛ばした。

半分ほど火の回り始めていた広葉樹は、勢いよく吹き飛んで、燃え上がる火炎の内側へと飛んでいく。


そこに


「ありゃ?」


緋色の何か―――炎の塊のようなものが飛んできて、

ドゴンッという鈍い音と共にぶつかった。



とても痛そうな音だった。




________________________________________




「・・・・・・っ」


目が覚めた途端、頭に痛みが走る。

軽い鈍痛、すぐに治る程度のものだろうが、そのせいですぐに意識が覚醒する。


「・・・・・・?」


視界がはっきりしたところに飛び込んできたのは、茶色い木目――民家の屋根だった。


――私はなんで、こんなところに・・・?


意識を失ったせいか、しばらくの間の記憶が飛んでいる。

自分が何をしていたかもわからない。


――いや、もしかすると


痛みの名残はあれど、傷のない頭に触れながら思う。


――また、死んでいたのかもしれない。


「お、目が覚めたかい。お嬢さん」


低い男の声。

少しぼうっとした感覚が反射的に引き締まり、寝転んでいた体勢を整える――女の一人旅は危ないことが多い、その経験から身につけた習性だ。


何があってもいいように身構え、警戒を強めながら、声の方向に視線を向けた。


「・・・ふむ、大丈夫そうだ、な」


視線の先――壁にもたれるようにして座っていた男が、こちらの様子を観察しながら呟いた。

その声に悪意は感じられないが、警戒は緩めない。


「――誰なの?」

「――まあ、通りすがりのもんだ」


お嬢さんが森でぶっ倒れてたから拾ってきたってとこだよ、そんな説明をする男。

長身で細身、少し年寄り臭くも感じるが、見た目自体は若い。

凡庸そうな、なんとなくやる気のないようにも見える表情は、嘘をついてるようには感じられなかった。


だけど


どことなくだが、妙な雰囲気を持っている。

それは、昔に感じたことのあるような――何処かで見たような



「・・・・・・っ」


頭の中をよぎった映像に、一瞬身体が熱くなり、我を忘れそうになった。

それを無理やり押し込めるようにして、なんとか意識を食い留める。


――違う・・・こいつは違うんだ。


言い聞かせる言葉。

相手は、あいつ(・・・)に少し似ているだけ

ただ、似ているだけ


それだけのことだ。


暴れだしそうな熱を抑えて、頭を平静に保つ。


――あいつはもういない。


あの晩、あの場所から―――消えてしまったのだから


「何処か、痛むのか?」


心配気な声で男がいって、こちらを気遣うように視線を向けた。

「なんでもない」と無理やりに落ち着けた声で返すと、少し訝しげな表情はしていたが、「そうか」と低く呟いて、何かを考えるように口元に手を当てた。


そして

少しの間の後、もたれかかっていた壁からこちらへと向き直った。

真っ直ぐに、見据えるようにこちらを見つめて―――


「ここまで燃やされちゃあ困るからな」


―――そういった。


「・・・っ・・・お前・・・!」


男の言葉に反応して右腕が振り抜いた。

先程の熱さの塊が――赤々とした火が手首より先を覆い、まるで手のひら全体が炎に変わってしまったような形となっている。



――落ち着いて・・・上手く制御すれば大丈夫。


自らに言い聞かせるように放ったそれは、ただの威し。

男の首元に突きつけて、戦意を削ぐ。

そうやって、ただ、何者かを聞きだすつもりだった。

それを


「――ああ、やっぱりあんただったか」


こともあろうに、男は掴み(・・)とった。


「えっ・・・あっ・・・」


緋色の光をあげ、その身すらも焦がし、焼けつかせる炎。

その前では、人間はおろか、妖怪すら長くはもたない。

そのはずのもの。


それを―――男は素手で掴みとったのだ。


「あ、あ・・・」


あまりの光景に、思わず声を漏れた。

それと共に


「む・・・」


勢いを増した熱さに男が顔を歪ませる。

制御が乱れ、手を覆っていた炎が揺れ蠢いた。


――あ、また・・・


押さえつけていたたがが緩み、炎が、その勢いを表し始める。


「逃げろ・・・!」


腕の方にまで拡がり始めた炎を無理やり抑え、制御を取り戻そうとするが、一度乱れた思考は元には戻らない。

それどころか、その焦りによって、炎の揺らめきは余計に酷くなる。


――焦げつくような炎の匂いと、熱くなっていく身体。


何度も繰り返した失敗が――過ちが脳裏に蘇って―――


「――駄目・・・!」


諦めの叫びと共に、完全に制御を失った炎はこちらの全てを呑み込み、私の全身を緋色が包む。


また、繰り返される。


――そう思った瞬間。


「落ちつけ、お嬢さん」


そんな言葉と共に、腕から何か暖かいものが流れ込んだ。

男の触れている部分、そこから入り込んだ何かが、私の中で爆発寸前になっていた熱さとぶつかりあって――炎が、霧散した。


「っは・・・えっ・・・」


一瞬、何が起きたのかわからなかった。

高まり始めていた力が急速に薄まって、体中から力が抜ける。


「落ちついて・・・落ちついて、ゆっくり息するんだ」

「――くっ・・・っはあ、はあ」


ぽんぽんと背中を叩きながら、言い聞かせるようにこちらに呼吸を促す。

反射的に息を留めていた肺が、今までの分を取り返そうとするように働きだした。


――何が・・・


息苦しさが落ちついてくると共に、自分の意思とは無関係に消えた炎へと疑問がわく。


――一体、どうして、何で

ぐるぐると巡る疑問。

混乱する頭。


「制御は、できてないみたいだな」


ぽつりと、男が呟くようにいって、やっと我にかえった。

さっと男から距離をとり、身構えた。


「な、何をしたのよ」


まだ冷静になりきれていないのか、地の口調がでてしまった。

舐められてしまう、そう思って慌てて口を抑え、こほんと一つ咳払いをしたあと、「何をした」と言い直した。

男はさほど気にした様子は見せず、「さて、ね」と小さく呟いて、面倒くさそうに頭をかいた。

睨みつけるようにして先を促すと、男はしぶしぶといった様子でこちらに向かいなおす。


「相殺・・・まあ、火に水をかけて消しただけ」

お嬢さんが火を出したから、こっちは水をだしただけだよ。

男は簡単そうにそういった。


確かに、言っていることは単純だ。

火は水で消える。

そんなことは子供でも知っている。


けれど、そんなことでは説明できない。

もし、この男が自分と同じように水を出したりできるのだとしても――燃えている物体を素手で掴んだり、まだ炎にすらなっていない力を打ち消せる理由にはならない。


――手の内が読めない。


そんな警戒したままのこちらに対して、


「ま、そう構えなさんなって」

こっちに害意はない、と男は気楽に言い放った。


ゆっくりと歩いて、部屋の真ん中辺りにあった囲炉裏の前に座りこみ、向かい側に座るように促した。

腰を落ち着けて話そうということなのだろう。


――確かに、言葉の端々に引っかかりは感じようとも、まだ、向こうは手を出していない。


そう考えて、出来るだけの警戒をしながらも、相手の向かい側へと乱暴に腰を下した。

「どうぞ」と相変わらず真剣見の見えない表情をしたまま、男はどこからかとり出した器に囲炉裏にかけられていた鍋から湯を掬って、こちらに差し出した。

何もおかしなものは入っていないと示すように、先に口に含んでみせる。


確かに、先程までのやり取りや眠り込んでいた時間も含めて、喉はかなり渇いていた。


――よしんば毒だったとしても、どうせ自分には効果がない。


そう思って、精一杯に睨みを効かせながら、白湯を口に含んだ。

待ち望んでいた水分に身体が潤い、少しだけ頭が冷えた。


「少し落ち着いてから・・・ゆっくり説明しますよ」


それを見届けてから、男はのんびりとした口調でいった。

もう一度、自分とこちらの器に湯を注いで、囲炉裏にかけていた鍋を外し、隣へと置く。


そして、すっと立ち上がると、部屋の端、扉の方へと歩いていった。


――安心は出来ない。


一挙一動を見逃さぬように、油断なくそれを見守る。


男は、扉の向こう側に置いてあった風呂敷包みを持ち上げ、そのまま元の位置まで戻ってきた。

さてさて、と呟きながらその結び目を解き、こちらに見せつけるようにそれをふわりと開く。


そこには


「腹が減っては戦もできないでしょう?」


白い湯気を放つ、美味しそうなお粥があった。



お腹がぐぅとなった気がして、少し恥ずかしかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ