訪れ 始まり 事始
名は体を表すというが
確かにそれはそうなのかもしれない。
人と呼ぶには、あまりにずれていたし、
妖怪というほど、人から離れてもいなかった。
神や仏と呼ぶには、神々しさの欠片もない。
魔法使いとするほど、知識を求めてもいない。
悪魔というにも、化け物というにも、らしくない。
仙人だとか解脱者としては、俗にまみれている。
人に近い、妖怪に近い、神にも仙人にも近い。
重ならないもの。
それは正しく分類不能
型にするにも計測不可能
正に名無しといえる存在。
ある意味『幻想』といった存在そのもの
夢の体現者。
自称は人間。
言いえて微妙。
型なく
ただただ歩く者。
そんな一つの物語。
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「また、独りか」
そう呟いた。
盛られた土と簡単な木組み。
そこに眠ったのはかつての友、家族、仲間。
幾度目かの居場所。
少しの黙祷の後、立ち上がる。
「今までありがとう。いい夢見てくれよ。」
それは本当の、心からの感謝の念。
けれど、すっかり慣れきってしまった言葉。
本当に軽く足は動き出す。
何十年もの月日を重ねた場所から
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「さてさて、どうしますか」
はるか先の方まで続いている道を、のんびりと見据えながら呟く。
考え事をするのに腕を組むのは、長年の間にすっかり染み付き、癖となってしまったものだ。
「東に行くか、西に行くか」
ここ数十年、あまり決まった範囲以外に出向くことがなかったので、すっかり世情に疎くなってしまった。
昔ならば、西の方に大きな都が、東からは北方の方に抜けられる道があったはずだが、そんなものは権力や物流の動きなどはすぐに変わる。
1人の人間が亡くなるだけで、この島全体の動きが変わることだってあるのだ。
昔の情報など、あまり当てにならない。
「まあ、地形自体は変わってないだろうから、多少動きやすくはある、か」
そう独りごちる。
どちらにいくか、という答えにはまるで関係がない。
「ふう」と軽くため息をついた。
なんだか調子が出ない。
久しぶりの旅だからか、体調がいまいちなのか。
もしかしたら、久しく独りという状況になっていなかったせいかもしれない。
「居心地良かったからなあ」
きっと、彼らがまだ生きていたなら、自分はまだあそこに居続けたのだろう。
そう思えるほど、居心地が良かった。
変わらぬ自分に変わらずに接してくれた人々。そんな場所が、いくらもあるはずがない。
だからこそ、指針がとれないかもしれない。
――らしくない、まったくらしくない。
そう感じる。
根無し草で、綿毛のように風の向くまま進んでいく。
留まらず、逆らわず、流れのまま、気の向くままに、それが自分の性分だったはずだ。
人々に愛着を持ちつつも、心は置いていかない。
感謝はすれど、依存はしない。
そんな線が自分の中にはあるはずだった。
―――居過ぎた、かな
頭を抱えると、そこに残る記憶が蘇る。
温かさと名残惜しさ
少しの後悔と、残念な気持ちと……軽はずみなことをした自分への反省
変わらないもの、移ろわないものはない。
永遠の居場所、そんなものがあるとするのは幻想以外のなにものでもない。
せめて、変わらないうちに通り過ぎるのが、最善、最良の策だ。
もう一度
今度は大きく息を吐いて、うずまいたものを追い払ってしまうように胸を上下する。
「さてさて、どうしますか」
口癖のようにまた呟いて、頭を切り替える。
こういう時は、歩き出すのが一番だ。
ただ、気の向くままに
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行き先も決めぬまま
目的もないままに
名もない存在は歩き出す
幻想への一歩目を