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天皇誕生日~寝不足男の幸運~

「クリスマスが今年もやってくる〜」

楽しげなリズムに暗い声を乗せて息を吐く。

肌寒い季節はとうに過ぎ去り、どれだけ着込んでも震える風が頬を切る。

「やってられねぇ……」

寝不足で頭が重く、感覚が酷く鈍い。自分が歩いているという事実を認識する事すら億劫になってくる程の眠気と吐き気。そのくせ寒さのせいで目元だけが冴えていく。

自然よりも人工物が目に付く、適当に都会で適当な田舎。

景色と云うようなものもないが、馴染んだ光景は眼に優しい。舗装路に穿たれて立つ街路樹は当然のように丸裸だ。すれ違う際に手を触れようかと考えるが、その冷たさを想像すると震えが走る。触らぬ神にたたりなし。

何よりも、無駄に手を動かすのも辛い。唯一進んでいる足取りも、当然の様に非常に重い。

もう丸二日寝てない。

夕食すら食わずに叩き続けたキーボード。その成果として漸く終わったレポートを引っ提げ、ダメ出しをもらうために暗い住宅街を歩いている。

食事に睡眠という人間の二大欲求を満たしたいのは山々だが、俺も一般的な大学生だ。単位は欲しい。そして俺は俺自身を信じられるほど頭が良くないし、悪くもない

このまま提出したらどうなるかは、想像に難くないがしたくはない。だから成績が良い奴に聞きに行く、見せに行く。つまり迷惑をかけに行くようなものだ。

別にそれが心苦しい訳じゃない。申し出てきたのは向こうだ。命令してきたともいう。提出日の三日前までに完成させて私に見せる事。キツイ口調で何の迷いも淀みもなくそう言いきったあいつ。口調だけじゃなく性格もきつい。

そんなあいつに徹夜で書いたレポートを見せに行くわけだ。ついでに期限を一日オーバーしている。催促が来なかったのが余計に怖い。がくぶるだ。

何言われるか想像しただけで気がめいる。なんとなく想像がつくのも考えものだ。今さら書きなおそうとも思わないが。間に合わなくなるし。既に遅れていると言う事には目をつぶろう。

ため息一つ。もちろん白い。

視界の端に飛び込む、24時間営業の全国チェーン。なんてことはない只のコンビニ。

吸い寄せられるようにいつもの栄養ドリンクとめったに買わない甘い物を購入。

ドリンクは俺用。甘い物はあいつ用。

烏の濡羽色と言う表現がしっくりくる髪と、まつ毛と、瞳が浮かぶ。

想像の中の不機嫌な口元に、白いクリームが付いている。

これで機嫌と口調が少しでも柔らかくなればいいんだけどな。



「真面目に書いたのか、これ」

呆れたような声が飛んでくる。レポート渡して十分足らず。

ざっと目を通したのだろう、切り込んできた。

「ふぁあ」

あくび混じりの返事で受ける。炬燵の熱が身体を温め、眠気を程よくかきまわす。ぐちゃりと蕩けた脳みそがそのまま瞼にのしかかっているみたいだ。このまま寝てしまえたらいいのになぁと、抗いがたい誘惑がふわふわと揺れる。

それが向かいに座る相手には気に食わなかったらしい。

すっと眼が細まり、視線が冷える。耳を塞ぎたくなるような予感が、首筋をちりちりと撫でてくる。

「これで真面目に書いたのなら、もう救いようがないな。

 文体は安定してないし、根拠となるデータも不十分だ。

 推敲までは期待していなかったが、せめて誤字脱字のチェックくらいはしてほしかったね」

「……徹夜だったんだよ」

「それは言い訳にはならないな。出題は二週間前だ。

 充分な時間があったのに徹夜をする羽目になったというのは、むしろ自分が無能だと言っているようなものじゃないか」

ぐうの音も出ない。

こつんと炬燵に顎を乗せ、辛辣な言葉をやり過ごす。

通り過ぎる言葉の数はどんどん増えて、関係ない事への注意も棘の様に浮き上がる。

まあよくそこまで、傷つきながら人を貶る事が出来るものだと変に感心してしまう。俺が好きな声は、この声であって違うんだけどなぁ。

「……聞いているのか?」

ひときわ冷たい声が飛んでくる。温まった体にはちょうどいい。

「ああ、相変わらず綺麗な声だと思うぜ」

的外れで素直な感想が口を衝いた。ぴくりと相手が反応し、黒い瞳がじとーと覗き込んでくる。

「熱に浮かれて歯が軽くなったんじゃないか」

「そこは脳みそ云々じゃないのか?」

「元々空っぽだろうが」

「それもそうか」

頭痛を堪える様に額を押さえるのが見える。

俺も眠気を堪えるために頬を引っ張った。

「……何のふもりだ」

柔らかいやわらかいやーらかい。

ふにふにと餅の様なほっぺたをもてあそぶ

「正月前なのにもちとはこはいかに」

ほんのり赤いから桜餅ってところか。

「へごとはへてひえ」

寝言は寝て言えってところか。OK,OK。

[その言葉が聞きたかった」

寝言は寝て言え、つまりさっさと寝ろと言う命令。睡眠を取る許可が出たとみなす。むちゃくちゃだとは思うけど、そろそろ限界だ。掌の熱のおかげで、睡眠欲を抑えつけていた欲求が満足してしまった。

最後に軽く撫でてから後ろ向きにばたり。

カーペットが少しちくちくするが問題ない。とけきっていた意識が流れ出していくような錯覚。

物の少ない部屋。綺麗に片付きすぎた部屋。一見すると冷たいのに実は暖かい、住人の鏡の様な部屋。

考えるべき事を何も考えられないまま、覚悟を決めた事を何も考えないままに、両手広げて身を任す。

なにはともあれ、今日はまだ早い。だからまた明日。どうせ気持ちは変わらない。だから……。

「おやすみ」



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