*** 最後の我儘 ***
「俺は――死ぬのか…?」
そう俺がアイツに聞いたのは、多分夏の終わり…。
検査入院したそのままに入院生活を送ることになってから3か月余りの頃だった。
「…健夜…?」
アイツ――幼馴染で数年前に俺の妻となった実冬は困惑した顔でこっちを見ていた。
それもそのはずで、俺は身体の抵抗力が弱くなって、普通の風邪が長引いているだけだと、そう言われ続けていたのだから。
命に関わる病気ではないと、そう聞かされていたのだから。
人は医者よりも自分の身体に詳しいのだろうとそう思えたのは入院してからだ。
そして俺は頭の隅に入れてあった雑学として覚えていた知識のせいで、自分の本当の病名を知ることになる。
ずっと隠されていた俺の病気。
でも、俺は入院した頃から知っていたんだ。
自分の身体を蝕んでいる病の正体を…。
「なぁ、実冬。俺はお前の誕生日を迎えられるか…?」
実冬という名前そのままに、冬にあるアイツの誕生日まで、俺は生きていられるのか、俺にはそれだけが気がかりだった。
日に日に弱まっていく身体。
細くなっていく体躯。
増えていく薬量。
そのどれもが、俺の体調を如実に物語っている。
俺が導き出した生存率は限りなくゼロに近くて、望みはないように思う。
「…何…言って、…んの…?」
「もういいよ、実冬。俺、『癌』なんだろ?しかも末期」
平然と言い放てるのは、3か月の間色々な事を考える余裕があったからだ。
俺が病気に気付いたのは投薬されている薬がすべて癌治療で使われる薬品だと気付いた時。
そして初めて俺がこの事に気付いてから数日、俺は精神的に不安定だった。
医者は慣れない病院生活のせいだと勘違いしていたけれど…。
「…ぇ…なん、で…?」
実冬は思った以上に動揺していて、多分頭の中で自分の落ち度を探しているんだろう。
実冬は何も悪くなんてないのに。
「覚えてないか?俺中学の時に一度癌について調べてた事があったろ?」
「…中学の…?」
「そ。その時の薬品と、今自分に投与されている薬品、同じなんだよ。だから入院し始めた頃には気付いてたんだ」
「そ…んな…」
多分、実冬は聞いているんだろう、俺の余命を。
「なぁ、実冬。俺は何時まで生きられる?」
「…ぃ…ゃ…」
「実冬」
多分これを実冬に聞くのは実冬にとってとても酷なんだと思う。
それでも、俺は多分実冬から聞いておかなければいけないんだ。
実冬が、俺の未来を受け入れられるように。
「ゃ、やだ…ょ…、健…夜…」
実冬は周りに言わせればしっかり者だ。
でも、そうじゃない事を俺は知ってる。
実冬はしっかり者だと見せているだけ。
俺の前でだけ見せるその顔が、俺は嬉しかったけど…。
もう、俺は実冬を支えてやれなくなるから。
実冬には真っすぐ前を見れるようにしてやらないといけない。
俺の死に、ちゃんと向き合えるように。
「実冬」
再度名前を呼ぶ。
もう、近いうちに呼べなくなる名前を。
「…ぁ、ぁ…きまで…なぃ…って…」
「――秋…かぁ」
震える声で呟いた実冬の声。
それは、自分が思っていたのと同じ時期。
自分が認識している時期と、医者が判断した時期は大差無いって事だ。
(あと…3か月ってところか…)
この世から自分という存在が消える準備をしなければいけない。
「実冬、おいで?」
条件反射のようにこちらに来る実冬を腕を伸ばして抱きしめる。
小さい頃から自分の傍にあった、優しい匂いに包まれる。
――『怖くない』――はずがない。
小刻みに震える腕をなんとか実冬にバレないよう、抱きしめる手に力を込める。
遺して逝く不安がこれほど大きい物だとは思っていなかった。
それでも、きっと実冬はしっかり前を見るだろうと思った。
俺の気持ちを俺よりも察する実冬が、気付かないわけがないのだから。
実冬を抱きしめながら、実冬から元気を貰う。
それは、元気だった時もそうじゃない時だって変わることはない。
だから、俺は何も変えたくないと思ったんだ。
――だから。
「実冬、帰ろ?俺達の家に」
「…健夜…」
「退院するぞ、今日中に」
それは昔調べた時に見たQOL――Quality of Life。
如何に自分が望んだ通りに生きられるかを判断する基準となるもの。
望んだ通りに生きていいいのだというなら、俺はあの場所へ行きたい。
最後は、二人で生活していたあの場所で迎えたいから。
「帰ろ、俺達の家に」
これが俺の我儘である事も、これが実冬に苦労をかけるだろう事も分かっている。
いつまで自分で動けるかすらわからないのだから。
すぐに医療技術で助けてもらえない身体は、宣告された余命よりも早く死ぬかもしれない――それでも、自分の生きたいように生きられれば満足だから。
閉じ込められ、管理されながら生きながらえるより、比較的自由に、落ち着ける場所で最後を迎えたいから。
「実冬」
俺は訴える。
人生最後になるかも知れない我儘を聞いて貰う為に。
「…でも」
「実冬」
真っ直ぐに実冬を見つめると、その眼が迷うように揺れる。
もうひと押しだと長年の経験が告げる。
「実冬」
「…わかったょ…。手続きしてくるから」
俺が今からしようとしている事は、死に急ぐだけだと受入れられない事の方が多い。
それでも、実冬は俺の我儘を聞いてくれようとしている。
今にも扉を開けようとする実冬に、俺が出来る事なんか限られていて。
「実冬」
「なに?」
今の俺には歩いて行って抱きしめる事も、繋がれた身体では何も出来ないけれど。
「…ありがとな」
「…バカ」
遠ざかる実冬の背中を見ながら、俺はベッドに背を預けた。
たった一つ、今の俺が出来る事。
実冬と精一杯生きる事。
それだけが、俺が実冬にしてやれる最後の事だから。
実冬が、前に進めるように。
俺を思い出に出来るように…。
それから2ヶ月後。
彼は静かに息を引き取った。
彼がそうありたいと望んだ、自宅のベッドの上で――。
さて。
なんだかちょっとシリアス?な感じに仕上がりました。
この短編は≪あの場所に行きたい≫と脳裏に浮かんだフレーズから仕上がったお話です。
敢えて生々しい描写などはしておりません。
あとはちょっと美談にしてみちゃいました。
そういえば、この夫婦に子供はいません。
だからちょっと離婚させようかなぁ~とも思いつつ、でもやっぱり実冬には健夜の最後を看取って貰いたかったので止めました。
余談ですが、子供がいると再婚しづらいかなと思った健夜は、子供が居なかった事に安心し、そして実冬に何も遺してやれない事に深く後悔もします。
どちらがいいかは…分らないですね。
この話は遺して逝ってしまう人にスポットを当てました。
逆にスポットが遺される人ならまた違った話になっただろうなぁ。
入院が長くなればなるほど、「帰りたい」と思う人は多いみたいだね。
私も遺していく側なら家で死にたいなぁーなんて思ってみたり。
遺される側なら少しでも長く生きてほしいんだけどね。
もしも遺して行く側だったら、自分を憐れむのではなく、遺して行く方を心配出来る――そんな人になりたいです。