<第一印象>
ー鉄条網に囲まれた老若たちー
<第一印象>
<要らない無用>
<明日からレンチキュラー>
<離れかけたその視線>
<天然芝に生えた茸>
<深煎りの秒針>
<止まらざるを得ない光>
<ブレーキと愛山>
「”真知子”!そろそろ山頂だぞ」
自分のかなり後ろを歩いている女性に、男性が声をかける。女性は息を切らしながら、男性が辿った道と同じ道を必死になぞっていく。
「ちょっと待ってよ……」
そう言われた男性は、その場で立ち止まり妻の真知子の方を見下ろした。今日は久しぶりに夫婦二人で自宅からさほど離れていない”北有仲山”までハイキングに来ていた。北有仲山は、標高が千メートルに満たない、初心者でも比較的登りやすい山だ。
「頂上まであとどれくらいなの?」
「ん〜。あと十分くらい登ったら頂上かな」
男性は、左手につけたサバイバル用の腕時計を見ながら答えた。
「よし、行くぞ!」
二人はそう言って、再び頂上へ向けて歩き出す。しばらく歩くと、真知子はまた夫の”彰浩”に置いて行かれてしまった。
「ちょっと、待ってよ~」
真知子は、ため息交じりのその言葉を何度も何度も連呼していた。
「うわーーー」その時、先を歩く彰浩が叫ぶ声がした。二人以外には全く人気のない山の中で、その声はどこまでも響いていってしまいそうだった。熊でも出たのか、真知子はペースを上げて様子を見に向かう。
「大丈夫?」
「な、なんだあれ……」
彰浩の指さす方にゆっくり顔を向けると、そこには木の枝の上にぶら下がった人間の遺体。彰浩はそれを見て腰を抜かしていた。首を太めの糸で吊るされていて、かなり損傷が激しい。この遺体は長い間ここに放置されていたに違いない。
「警察に通報しろ!ほら、早く。警察に通報しろ!」
遺体を見て呆然と佇んでいた真知子に向かって、彰浩が必死に叫んだ。
「は、はい……」
真知子は正気を取り戻し、リュックの中から携帯電話を取り出して百十番に電話をかけた。幸いにも電波は圏外になっていなかったので、すぐに警察と連絡が取れた。
しばらくして、二人のもとに警察が到着した。現場保存のためか、警官たちは両手に白い手袋をはめて、靴にもカバーをかけている。二人がその様子を見て唖然としていると、一人の刑事と思われるかっちりめのスーツを着た男性が声をかけてきた。
「”有里仲”警察署捜査一課の”宮崎”です。お二人がこの遺体の第一発見者の”遠藤”さんでよろしかったですか?」
「はい。そうです」
「お二人はこの山でハイキング中だったということで?」
「私たち二人の共通する趣味なんです」
彰浩は若干こわばった表情で言った。男は宮崎と名乗り、二人に事情を尋ねてきた。宮崎は、慣れた口調で二人が遺体を発見した時の状況をどんどんと具象化させていく。遠藤夫妻は宮崎に聞かれたままの質問に答えていった。
「お〜い宮崎!ちょっと来てくれ!」
遠藤夫妻の後ろの方から、少し野太い声で宮崎を呼ぶ声がした。宮崎は手元の手帳に走らせていたペンの動きを止め、手帳を右の胸ポケットへとしまった。
「すいません、ちょっと上司に呼ばれたので用を済ませてきます」
そう言うと、二人の前を颯爽と通り過ぎて真っ先に男性の方へと向かって行った。
「”上野”さん、どうかしたんですか?」
宮崎よりもかなり年を取った刑事を目の前にして、宮崎は尋ねた。宮崎は年の割には全身がまんべんなく鍛えられていて、スーツの上からもその筋肉質の体か確認できるので、少し若く見える。上野と呼ばれている刑事の足元には、ぶら下げられた状態から下ろされてブルーシートを掛けられている遺体があった。辺りにはかなりの腐敗臭が漂っていたが、被害者の前で苦しい顔を見せる訳にはいかない。
「遺体の死因が判明した」
「やっぱり首つり自殺ですか?」
「ああ。鑑識によると被害者はやはり、あの木に吊るされた紐に自分の首を吊ったことによる窒息死だ。周りの状況から見ても自殺の可能性が高いそうだ。遺体の腐敗もかなり進んでいて、死後五年近くは経過しているようだな」
上野は淡々と話していたが、宮崎は自分の考えていた推理が当たっていたので、少し得意げな表情で話を聞いていた。しばらく間を置いてから、上野は話を続ける。
「でも、何かがおかしいんだ?」
「おかしい?」
「被害者が吊るされていた紐の高さを考えてみろ。一人で自殺するには、高い位置にありすぎやしないか」
宮崎と上野の二人は、一斉に視線を木の枝と地面の間に向けた。確かに、被害者が吊るされた位置は、地面から二メートル近くあり、脚立などを使って足場を作らないと一人で首を吊るのは難しそうだ。
「つまり……」
宮崎はそこで言葉を詰まらせた。
「そのつまりだ。この被害者は、何者かによって首つり自殺に見せかけて殺された可能性が高い」
「まさか、そんなこと……」




