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婚約破棄の現場に巻き込まれたので、聖女様に二人の未来を託しました

作者: 須山美樹
掲載日:2026/08/08

 エムロードとヴィオーラの四作目です。

 コメディ要素はちょっと薄め。

 少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 ※本作では執筆の補助としてAIを活用しています。AIの利用に抵抗のある方は、あらかじめご了承ください。

 



「ノワゼット。婚約は無かったことにしてほしい」

「……シャティーニ様。それは私のセリフです。この婚約は無かったことに」


 しんと静まり返った部屋。

 張り詰めた空気が肌を刺し、私――エムロード・カーマインは思わず身震いした。


 幼馴染のノワゼット・ブリックに呼ばれたのは、一週間前。


「大事な話があるから、立ち会ってほしい」


 そう頼まれた時点で、胸騒ぎはしていた。

 念のためヴィオーラ・ヴァレンティアにも同行を頼み、迎えた今日。

 通された部屋には、ノワゼットと婚約者のシャティーニ・レグリス様が静かに待っていた。


 婚約破棄の立ち会いだなんて、聞いてない。

 ヴィオーラなんか、聖女らしい微笑みは浮かべているけれど、魂は完全に虚空をさまよっている。

 一言だけ言わせて。

 ……正直、勘弁してほしい。


 ノワゼットが静かに口を開く。


「理由は言わずともわかりますでしょう?」

「ああ、俺の事業が……レグリス商会がどうにもならなくなったからだろう」

「……おわかりいただけているようで」

「ブリック家には随分迷惑を掛けているもんな。ここが引き際かもしれん」


 シャティーニ様は苦く笑った。


「シャルトルーズ家が……」


 そこまで言って口をつぐむ。

 ゆっくりと首を振ると、小さく息を吐いた。


「……いや。今さら言っても仕方ないか」


 それを聞いて、私は膝の上で握り締めた拳へ、ただ視線を落とした。

 この婚約破棄が、あの日の出来事と無関係ではないことを、私はようやく理解した。




 シャルトルーズ家。

 あの時、私を婚約破棄の断罪劇に巻き込んだモルドレ様の家だ。


 私を代役に仕立て上げようとしたことで、お父様――カーマイン公爵は激怒した。

 そこには娘を巻き込まれた父親としての怒りもあったのだろうが、正式な査察で明らかになったのは、優れた領地経営の陰に隠されていた数々の不正だった。

 結果、シャルトルーズ家は伯爵へ降爵され、領地も没収。

 辺境へ追いやられてしまったのだ。


 これだけ聞けば、自業自得だ。

 しかし、シャルトルーズ家は領地経営、とりわけ宝飾品産業において王国随一の実力を誇っていた。

 その名は国外にも知られ、王国経済を支える一翼を担っていた。


 だからこそ、その没落は一つの家の失墜では終わらなかった。

 宝飾品の流通網は混乱し、多くの商人たちが打撃を受けた。

 しかし、王国にとって宝飾品は生活必需品ではない。

 民の暮らしを守ることが優先される中、贅沢品を扱う業界への救済は後回しにされ、積極的な支援が行われることはなかった。

 レグリス商会も、その余波をまともに受けることになったのだ。


 査察はまた、シャルトルーズ家が教会へ積み重ねてきた莫大な寄進も明らかにした。

 理由はただ一つ――聖女を得るため。


 どれほど財を築き、王国経済を支えるほどの実力を得ても、代々続く名門の歴史だけは金では買えない。

 『成り上がり』と陰口を叩かれ続けたシャルトルーズ家にとって、聖女ヴィオーラとの婚約は、名門として認められるための悲願だった。


 ……まあ、その悲願も、あのおバカな断罪劇のせいで崩れ去ることになったのだけれど。


 とはいえ、問題は婚約が破談になったことだけではなかった。

 不正の事実が明るみに出たことで、教会は寄進の扱いに頭を抱えることになったという。


 民のために使えば、救える者は大勢いる。

 ただ、その金には、家の野心や執着までも染みついているように思えたからだ。


 そんな重苦しい空気を断ち切るように、ヴィオーラが静かに口を開いたという。


「金貨は金色。銀貨は銀色。他にどんな色がついています?」


 声を失った司教や司祭たちを見回し、ヴィオーラは穏やかに続けた。


「民を救えるのであれば、私はどんな汚名でもかぶりましょう。泥水だってすすってみせますわ」


 その場にいた誰もが言葉を失った。

 そして、その覚悟に深く胸を打たれたのだという。


 ……お茶会でナティエ様とお菓子を奪い合い、年下のノワール様に叱られている残念聖女だとばかり思っていたのに。

 肝心なところでは、誰よりも聖女らしい。

 少しだけ、そんなヴィオーラを誇らしく思ってしまった。


 ……調子に乗られると面倒だから、このことだけは本人には黙っておくけれど。




 気付けば、ヴィオーラが居住まいを正していた。

 そうだ、私はこの席の立会人だ。

 この婚約破棄を見届けなければならない。

 でも……。


「こほっ……こほ、こほっ」


 ふいにノワゼットが咳き込む。

 呼吸を整えようと何度も息を吸う姿に、私は思わず声を掛ける。


「ノワゼット、大丈夫?」

「大丈夫よ。最近ちょっと風邪気味なだけ」

「……あなた、先月もそんなこと言ってなかった?」


 私の心配をよそに、ノワゼットは力なく笑うと、あらためてシャティーニ様と向き合う。


「シャティーニ様。婚約金はすべてお返しいたします。婚約の証として頂いた品々も。少しでも返済の足しになさってください」

「……すまない」


 シャティーニ様が唇を噛むのが見える。

 自責の念に苛まれているのだろう。

 二人に掛ける言葉が見つからない。


「これで……。こほ、こほっ、ごほっ!」


 ノワゼットが激しく咳き込んだ。

 私は慌ててそばによる。

 顔色が悪い。


「ノワゼット!」

「大丈夫よ、エムロード。大したことないわ」

「そんな顔でたいしたこと……。とりあえず落ち着くまで場所を変えましょう。シャティーニ様、よろしいですね?」

「あっ、ああ……」


 私はヴィオーラとともにノワゼットを部屋の外へ連れ出す。

 そこには侍女がすでに待っていて、隣室に案内された。


 ゆったりしたソファーに座ると、ノワゼットが安堵した声で呟いた。


「これで……。これでシャティーニ様と縁が切れるわ」

「ノワゼット……」


 ダメだ。

 ノワゼットがそんな顔で笑うなんて。

 でも、これ以上掛ける言葉が見つからない。


 そんな時、ヴィオーラがあまり見たことない厳しい顔で立ち上がった。

 ノワゼットに近づくと、優しくも断れない圧を持って声を掛ける。


「ノワゼット様。少しだけ、お手をお借りしてもよろしいですか?」

「えっ……。ええ……」


 ヴィオーラは力なくソファーに置かれたノワゼットの手を取ると、静かに目を閉じる。

 しん……と、部屋中に清らかな空気が満たされていくのを感じた。

 少しばかりの時間が流れ、ヴィオーラが目を開けた。


「……ノワゼット様。隠し事がおありですね」

「……っ!?」


 ノワゼットは驚いて目を見開くと、次の瞬間には諦めたように口を開く。


「聖女様はごまかせないようね」

「どういうこと?」


 私はノワゼットに問いかける。


「……三年」

「えっ?」

「肺の病気らしいの、もって三年と言われたわ」


 私は言葉を失った。

 幼馴染が……。

 親友の一人が、余命三年だなんて……。


「父と母には、もう全部話してあるの」


 ノワゼットは静かに続ける。


「多少の蓄えはあるし、爵位も領地も返上して、空気の綺麗な辺境へ移るつもりよ。父も母も賛成してくれた。残された時間くらいは、穏やかに暮らしたいの」


 そこまで聞いて、私は思わず口を開いた。


「でも……シャティーニ様には――」

「言えるわけないじゃない!」


 私の言葉を遮るように、ノワゼットが声を荒らげた。


「あの人のことだもの。このことを知れば、商会も何もかも投げ出して、私の隣に来るに決まってる。……『そばにいる』って、迷いなんて少しも見せずに言うわ」


 自嘲するように笑い、それでもすぐに首を横へ振る。


「そんなの嫌なの。死を待つだけの人生に、あの人を付き合わせるなんてできない。商会だって今回を乗り切れば、きっと立て直せる。あの人なら、今よりもっと大きくできる。私は……そう信じてるもの」


 その笑顔は穏やかだった。

 あまりにも穏やかで、だからこそ胸が痛くなる。


「私が生きられる時間は、もう長くない。だからずっと考えていたの。どうすれば、あの人が私を諦められるのかって」


 そこで一度だけ息を吐き、少し困ったように笑う。


「シャルトルーズ家の件は、私にとっては渡りに船だった。うまく利用させてもらって、私が悪者になれば、あの人は罪悪感を抱かずに前へ進める。私を恨んでくれてもいい。嫌いになってくれてもいい」


 ゆっくりと顔を上げる。

 その瞳だけは、最後まで真っすぐだった。


「……愛しているの。心の底から。だからこそ、私なんか忘れて幸せになってほしい。私の分まで、生きてほしいの」


 ノワゼットはそう言って、儚く微笑んだ。


 あまりにも優しくて、あまりにも悲しい笑顔だった。

 場違いだと分かっているのに、私はその笑顔を綺麗だと思ってしまった。


 婚約破棄は、仕方のないことなのかもしれない。

 けれど、このまま二人が別れてしまったら。

 ノワゼットがそのまま死を迎えることになったら。

 シャティーニ様はきっと、一生後悔する。

 それはたぶん、ノワゼットが思っているより、ずっと。


 どうしたらいい。

 どうしたら、この二人を――。

 私には、答えが見つからなかった。


 その時だった。

 静かに扉が開く。

 振り返ると、そこにはシャティーニ様が立っていた。


「……すまない。立ち聞きするつもりはなかった。だが、一つだけ言わせてくれ」


 誰も止められなかった。

 シャティーニ様はまっすぐノワゼットを見つめる。


「ノワゼット……お前の病のことは、もう聞いている」


 その一言に、ノワゼットの肩がびくりと強張った。


「……どうして」


 絞り出すような声だった。


「医師から聞いた。……ご両親からも事情を聞いている。お前が、俺に何も言わず一人で抱えていたことも」


 ノワゼットは何か言い返そうとした。

 けれど言葉にならず、小さく唇を噛んだ。


「今回、婚約を解消する理由は、それじゃない。俺は、レグリス商会を背負っている。俺一人のために、何百人もの生活を道連れにはできない。情けない話だが、婚約金があれば当座の資金は賄える。お前も俺のことを気にせず辺境へ行けるだろう」


 シャティーニ様はそこで一度言葉を切った。


「……そのために別れる。だが、それはお前を諦めるという意味じゃない」

「……やっぱり。」


 ノワゼットは泣きそうに笑う。


「迎えに来るって言うのでしょう。」

「当然だ。三年あれば十分だ。必ずお前を迎えに行く。何年でも待たせてしまった分、今度は俺がお前を支える」


 その言葉に、ノワゼットはゆっくり首を振る。


「あなたは、約束を守る人だから」


 その笑顔は、ひどく儚かった。


「だから嫌なの。」

「……ノワゼット」

「あなたが未来を取り戻した時、その隣に私はいないかもしれない。約束を守ろうとして、私の亡骸に縛られるあなたなんて見たくない」


 ノワゼットは小さく息を吸い、震える声で、それでもはっきりと言った。


「だから……婚約を解消するの」


 しばらく沈黙が流れる。

 やがてノワゼットは一度目を伏せ、ふっと笑った。


「病気のことを知れば、商会も何もかも投げ出して私の隣にいるって言い出すと思っていたの。でも……見くびっていたわね」


 ゆっくりとシャティーニ様を見上げる。


「ちゃんと前を向いてくれた。皆を守ることを選んでくれた。それでいいの」


 シャティーニ様の喉が小さく震えた。

 ノワゼットは穏やかに微笑む。


「……あなたは立派な商会代表者よ」


 少しだけ照れくさそうに目を細める。


「私の尊敬する……愛すべき人」

「ノワゼット……」


 シャティーニ様はゆっくりとノワゼットを抱き寄せた。

 ノワゼットも抵抗しない。

 むしろ、その胸に額を預けるように目を閉じた。


 言葉はいらなかった。


 二人とも、どれほど愛を告げても運命は変えられないと知っていたから。


 ――でも、私は知っている。


 運命を変えてしまうかもしれない力が、すぐ隣にあることを。

 だけど、それを口にすることはできなかった。

 それは万能の奇跡じゃない。

 願えば誰もが救われるのなら、この国から病人なんて、とっくにいなくなっている。


 奇跡には理由がいる。

「救いたい」という願いだけでは足りない。

 誰かの人生を変えるほどの奇跡には、その人を救いたいと願うだけの理由が必要なのだ。


 ……だから。


 私には、頼めなかった。

 視線だけが、隣へ向く。


 ヴィオーラも静かにこちらを見つめていた。

 あの澄んだ青い瞳は、何かを待っている。

 私が、自分の意思で口を開くことを。

 その意味が分かる。

 分かるからこそ、苦しかった。


「……」


 私は唇を強く噛んだ。


「……エムロード」

「言わないで」


 思わず遮る。


「まだ何も言っていません」

「だからよ」


 震える声で答える。


「あなたが何を言おうとしているのか、分かるもの」


 ヴィオーラは困ったように微笑み、それでも穏やかな声で続けた。


「……エムロード。私ね、司教様に拾われたことも、毎日三食食べられて、暖かい布団で眠れるようになったことも、聖女として誰かの力になれることも、もちろん嬉しかった」


 少しだけ目を細める。


「でも、一番嬉しかったのは――」


 ヴィオーラはそこで一度言葉を止めた。

 まるで、大切な宝物を胸の奥からそっと取り出すように。


 あの日のことを思い出す。

 迷いながらも自分の想いを押し殺そうとしていたヴィオーラに、私はただ、後悔しない未来を選んでほしいと願って言葉を掛けただけだった。


「自分の大好きな人と一緒にいても良いんだって、そう背中を押してくれた人がいたこと」


 そんな何気ない一言を、この人は今までずっと胸にしまっていてくれたのだ。

 私の胸が熱くなる。

 ヴィオーラは少し照れたように笑い、私の目をまっすぐ見つめた。


「その人はね、私に返しても返しきれないくらいの幸せをくれたの。だから私は、その人が笑ってくれるなら、どんなことだってしたい。……それが私の願い」


 そう言って、聖女は――ヴィオーラは、優しく微笑んだ。

 神々しいほど穏やかな笑顔だった。


 ……ああ。


 ヴィオーラは、あの日のことを、そんなにも大切に思っていてくれたんだ。

 あの日、私が彼女の背中を押したように。

 今度は、彼女が私の背中を押してくれている。

 私一人では決して踏み出せない、その一歩を。

 胸の奥で、何かが音を立ててほどけていく。


 私はゆっくりと息を吸った。


「……ヴィオーラ」


 その名を呼んだだけで、涙がこぼれそうになる。


「私に……奇跡を貸して」

「高いですわよ?」

「今それ言う?」


 思わず笑ってしまう。

 涙を一度だけ拭い、ヴィオーラを見つめ返した。


「……お願い」

「はい」


 ヴィオーラは静かに頷いた。


 迷いはない。

 その返事は、まるで最初から決まっていたかのように優しく、温かかった。

 神々しさを湛えたその笑顔が、私は大好きだ。


 次の瞬間、部屋いっぱいに柔らかな光が満ちた。

 ヴィオーラを中心に、目には見えない力が静かに渦を巻いていく。

 本当に見えたわけじゃない。

 それでも、誰もが同じものを感じていた。


「な……何?」

「何が……起こっているんだ」


 ノワゼットとシャティーニ様が息を呑む。

 その時だった。


「……えっ?」


 ノワゼットが自分の胸に手を当てる。


「息が……」


 震える声が漏れた。


「息が苦しくない……」

「ノワゼット?」

「変なの……。今までずっとあった、この胸のつかえが……なくなってるの!」


 シャティーニ様の瞳が大きく見開かれる。

 ノワゼットも息を呑み、ヴィオーラを見つめた。


「聖女様……っ!」


 ヴィオーラは人差し指を唇へ添えた。


「しー、ですよ」


 いたずらっぽく微笑む。


「理由は、お分かりですよね?」


 二人は何かを悟ったように、静かに頷いた。

 そう、奇跡は本来、神殿でのみ授けられるもの。

 教会の許しなく起きた奇跡は、公には語ってはならない。


 それはヴィオーラを守るためでもあり、今日この場にいた全員を守るためでもあった。


「今日は親友のお友達の門出を祝いに来た、ただのヴィオーラです」


 ヴィオーラは優しく微笑む。


「お二人の未来に、幸多からんことを」


 そう言って軽く会釈すると、私の手を取った。


「さあ、エムロード。帰りましょう」


 私たちは屋敷を後にし、馬車へ乗り込んだ。

 扉が閉まる。

 ようやく誰にも聞かれない場所になって、私は口を開いた。


「……ヴィオーラ。ありが――」


 柔らかな指先が、そっと私の唇に触れた。


「少しは返せたかしら?」

「……何を?」

「いろいろと、です」


 そう言って、ヴィオーラは少しだけ照れたように笑った。

 その笑顔は、どこまでも穏やかで、優しかった。


 あの日、私が彼女の背中を押した。

 今日、彼女は私の背中を押してくれた。

 きっとこれで、おあいこ。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれる。

 ヴィオーラの笑顔は、やっぱり綺麗で――。

 私の、大好きな笑顔だった。




 それから、季節が少しだけ巡った。


 ブリック家は爵位と領地を返上し、辺境へと旅立っていった。

 ノワゼットの病は癒えたものの、再発の不安は残る。

 何より、平民から身を起こしたご両親にとって、貴族として生きることは想像以上に重荷だったのだろう。

 辺境で新たに事業を立ち上げ、早くも頭角を現しているらしい。


 その報告書に目を通したお父様は、小さく息をついた。


「……なんとも惜しい人材を逃した」


 人材収集が趣味のようなお父様のことだ。

 ノワゼットも、しっかり引き抜き候補に入っていたのかもしれない。


 シャティーニ様は、王都と辺境を行き来しながら商会を切り盛りしているという。

 扱う商材も増え、以前より勢いが増していると聞いた。

 きっと三年も待たずに、婚儀の案内状が届くだろう。


 そして後日、ブリック家とレグリス商会から教会へ多額の寄進があったらしい。

 理由を察している者もいたが、誰も口にはしなかった。

 平静を装うのが大変だったのだと、ヴィオーラはお茶会で深いため息をついていた。


「内緒だって言ったのに……」


 そう言ってテーブルクロスにのの字を書くヴィオーラを見て、私は笑いをこらえるので精一杯だった。


「言ってなかったわよ」

「え?」


 ヴィオーラがぱちりと目を瞬く。


「だって、ヴィオーラが言ったのは……」


 私は人差し指を唇に添える。


「『しー、ですよ』だけでしょう?」

「……」

「それじゃあ、内緒にしてほしいという意味までは伝わらなかったのかもね」

「えーーーーっ?」


 ヴィオーラの間の抜けた声が響く。

 私は思わず笑ってしまった。


 けれど、その笑みが収まるころには、胸の奥に残っていた小さな不安が顔を覗かせる。


「どうしたの、エムロード?」

「……ううん、何でもない」


 私の世界が少しずつ変わっていくのを感じる。

 幸せな笑顔が増えるたび、私だけが知る未来は静かに書き換えられていく。

 ……ついでに、私が書いたガバガバな設定にまで辻褄が合い始めている。

 この先に待つ結末まで変わってしまうのか。

 それだけが、どうしても分からなかった。


 できれば次こそは、私の知っている設定どおりの結末を迎えてほしい。




 彼女たち二人の物語も、次回で一区切りとなります。

 AIの力も借りながら、少しでも早く皆様にお届けできるよう頑張ります。

 今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。

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