詩人の谷川俊太郎
掲載日:2026/03/07
谷川俊太郎(1931-2024)は、戦後日本を代表する国民的詩人だ
1952年の『二十億光年の孤独』でデビューをして、平易な言葉で宇宙や日常、生命を描いた、
また絵本、作詞、翻訳としても活躍し 中でもPEANUTS』(スヌーピー)の日本翻訳を1967年の初出版から約50年間にわたり担当し、名セリフの数々誕生された
92歳で逝去するまで約8,000の詩を創作させ、多岐にわたる功績を持つ
「言葉の専門家」と証される
その詩人の谷川俊太郎さんは18歳当時、日記のように詩を書いていた。
「水素爆弾の記事のとなりに/雛祭のことがのっていた/(中略)腹をたてながらつくづく恐ろしかった/地球 地球 宇宙 雛祭-/そしてそれより以上に悲しかった」(「かなしみ」)
成人するとは、ワクワク、ドキドキ感を失うこと-。そんな皮肉を言う人もいる。
「純真と夢は一生ものだよ」。卒寿90歳の谷川さんなら、今年の18歳にこんな言葉をかけるのだろうか




