8.
掟・その伍はいわば、〈宝石を奪い合うゲーム〉の合図だった。
藤花学園で生活する者には、単に勉強や部活に励んでいただくだけでは物足りない。どうせだったら、何かプラスアルファでゲームでもさせてみよう。そんな意地汚い心象が、いとも容易く読みとれた。
各クラスが保有する〈宝石〉の数と質に応じてクラスのポイントが確定し、ランキングがつくられる。
そして毎月最終日、残念ながら最下位クラスに在籍してしまっていた者たちには、退場してもらう。学園から、などではない。この世から、だった。
つまるところ下位クラスはなんとしても〈宝石〉をゲッツしなければならない。どんな方法でゲッツできるのか、それについては教えられてないのでわかるはずもない。しかし想像するに最も易しだったのは、他クラスの〈宝石〉を掻っ攫うことだった。
もちろんそうじゃない可能性も十二分にある。何かしらのタスクをこなすことで、報酬という形で〈宝石〉を得られる場合もあるのかもしれない。
しかしこの学園がどことなく醸し出す雰囲気が、略奪こそ、最も手っとり早く、かつ効果的な手段であることを告げているような気がした。ムチの原理をいかんなく発揮することで生徒の成長を促す。この手法はそのお手軽さと絶大なる効能のおかげで、はるかかねてより使われてきたものだ。実はこれには裏ワザがある。たったひとつの隠し玉を加えてやるだけで、さらなる効果を期待することができた。
――競争だ。
生徒を互いに戦わせ、戦わせ、戦わせ続ける。負けた人間にはムチという名の死刑を与える。残酷かもしれないが、下位を恐れる上位存在が結果として比類なき才能を手にするというのはよくある話だった。
ところで、藤花学園には毎年3000人の新入生が入学する。1年生は今のところ、全部で37のクラスがあったわけなので、単純計算で1クラスあたりおおよそ80人の生徒が存在しているはずだった。
だからこそ、オレたちAクラスは節々に余剰の空間を持ち合わせていた。なにせ23人である。100人程度なら軽々と収容できてしまいそうな教室に、23人しかいなければ、そりゃそうなろうという話なのである。このクラスが、最も才能あふれるAクラスたることの証左だった。入学試験で特に優れた成績を収めた23人だけが、Aクラス在籍を認められた。そのような説明を事前に受けていたわけでもないのだが、オレ、遊華、桜香、竜胆が同じクラスになったことが、すでにそのことを証明しているようなものだった。
蓮杜の指示で、クラスの連中はふたたびスマホをいじくり始めた。〈ランキング〉というアプリを見ろとのことだった。このアプリは文字通り、各クラスが現時点で保有する〈宝石〉ポイントと、その順位がわかりやすくまとめてくれるものだった。Aクラスは、現状1位。そして保有する〈宝石〉ポイントは――――
――4.9億だった。
なおこれは百万以下の位を端折ったものである。実際には、一の位まできちんと明記されていた。
「……な、なぁ」
だれかが、恐る恐るといった風にして会話を求めた。廊下側の、それも比較的うしろの方にいるらしかった。声の低さから、男子生徒たることはすぐにわかった。振り向いたことで、それが五階堂定知のものであることもわかった。
「ウチのクラス、5億ポイントもある……らしいんだけど……どう考えてもまちがってるよな?」
縋るような目線の先には、すでにクラスリーダーの地位を客観的にも、そしておそらく主観的にも確立されていた蓮杜の姿あった。
「〈牡丹〉の宝石は1つあたり2ポイント, 〈瑠璃〉の宝石は1つあたり3ポイントなんだろ? 教卓に置いてあるのは……たぶん、色からして〈牡丹〉なんだろ? 見てみろよ。どうみても5個しかないぜ?」
〈拾の掟〉にきちんと明記されていたのは定知のいう通り、赤色の〈牡丹〉が1つ2ポイント、そしておそらく青色の〈瑠璃〉が1つあたり3ポイントだった。そして現在、教卓上に置かれているのは5つの〈牡丹〉。合わせて10ポイント。……になっているはずなのに…………〈ランキング〉には、もはやケタがちがうどころではないポイントが表示されていた。バグかもしれない。そんなふうに思っている者もいたかもしれなかった。困惑顔になっていたのはなにも、彼ひとりではなかった。
教卓上に置かれた〈牡丹〉は、かぼちゃ大に輝く巨大な宝石だった。ひとたびオークションサイトで売りさばかれてしまおうものなら、死にゆく先までの安泰な暮らしを断固として保証してくれるかのような、巨大な宝石だった。
「たしかに、その通りだな」
「じゃあっ――」
「でも必ずしもそうなるとは書かれてない。〈牡丹〉が2ポイント, 〈瑠璃〉が3ポイントって換算されるのはあくまで、《《基本的に》》でしかない」
よく見てみると、掟・その伍には〈基本的に〉という文言が見受けられた。もし2ポイントの宝石と3ポイントの宝石しかないのなら、このような書かれ方はされないはずである。その時点で、より価値の高い〈宝石〉もあるんじゃないか、みたいな発想が思い浮かんでしまう気がしてならないが、案外そこまで疑ってかかれる高校生は少ないのかもしれない。
ともあれ、ウチのクラスが保有する〈宝石〉ポイントが如実にそれを否定している。高々2ポイント、3ポイントぽっちの〈宝石〉をどれだけ愚直にかき集めたところで、5億ポイントには届かない。見たところ、そもそもウチが保有している〈宝石〉は教卓上に置かれた5つの〈牡丹〉のみだった。おそらくだが、〈宝石〉にはポイントに直結するような、何か重要なファクターがあるのではなかろうか。たとえばそうだな…………宝石の、サイズとか。
しかしあたりを見渡してみても、そんなふうに考えていそうな生徒は蓮杜も含めていなかった。無論、遊華たちはすでに気づいてるんだろうが、それはそれとして。やはり【宝石】を持つことで得られる思考力の深さと速さは相当なものなんだろう。こんなおままごとみたいな〈宝石〉とは、甚だわけが違う。




