56.
――ああ。
どうして神様は、こんな無情な人生を……オレにばかり与えてくれるのか。
どうして神様は……ただ幸せに暮らしていたいだけのオレたちに……天罰を下してくれるのだろうか。
何か……気づかない間に何か……よくないことでも……してたんだろうか?
それならもう……しょうがない……か。
ああもう……すべてがどうでもい……
「悠理っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――――――――!?
その声は、断じて聞きまちがいなどではなかった。
だってそれは……オレがだれより近いところで、だれより永く聞いてきた声なんだから。
オレは絶望に打ちひしがれながらも、ほんのわずかな期待をこめて、うっすらと目を開ける。
隕石が地面に衝突したことで瞬く間に霧散した、岩という岩を避けるがごとく地面に這いつくばっていたオレは、うっすらと目を開ける。
隕石が落ちた先には……なんと――――
「遊華!!!」
牡丹遊華――その人がいた。
「悠理も生きてる!? 大丈夫? 死んでない!?」
――――はぁ。
なんて彼女は、まぶしいんだろう。
オレが死ぬことなんて、微塵も考えていやしない。
それなのにオレは……
「――――!?」
突如、オレの目の前に…………
白く輝くエネルギー弾が、音速を超えて襲い掛かった。
「くっ――――!!!」
「イマノヲヨケルカ……。イゼンタイジシタモノタチヨリモ、イクブンマシニタタカエルヨウダナ……」
「……貴様は……」
砕け散る岩と言う岩によってあたり一帯を覆っていた砂埃が、先のエネルギー弾で瞬く間にはじけ飛ぶ。
必然、前方の視野が良好になった。
そこに悠然と、そして厳かにたたずんでいたのは……
「ワタシノナハ……子巫白。カミチョクゾクノセイエイブタイデアル』
白銀の光に包まれた、巨大なネズミだった。
遊華が全速力でこちらへと駆けてくる。
「悠理っ――あれってもしかしてっ――」
「ああ、まちがいない。【子の神】だ」
「どうしてこんなタイミングで……」
「わからない………ただ間違いないのは」
「グォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」
子巫白を自称するそのバケモノは、一世一代の咆哮とでも言わんばかりの泣き声で、あたり一帯を更地に化した。
しかし語弊だった。一世一代とか、もはや詐欺レベルの大間違いだった。
彼にとってはもはや、戦いの合図でしかなかった。
一切の予備動作なく地面を蹴りつけた子巫白は、そして瞬く前にオレたちの前に轟き、オレを――
襲わなかった。
「っ――――」
「遊華っ!!!」
子巫白は隣にいたオレを完全に無視して、隣にいた遊華に連撃を企て続けた。
遊華は事前に牡丹の唄を詠唱していたんだろう。その証拠に、〈は長調 紅凪〉で応戦している。
――いや、問題はそこではない。
どうしてオレではなく……遊華を先に襲った?
――いや、そんなことを気にしている場合ではない。
むしろこれは――チャンスだ。
ヤツは遊華に完全に気を取られている。オレには完全に、背を向けている。
「瑠璃の唄 は長調」
オレは音もなく、けれど音速をはるか超えて、子巫白の背後をとった。
「蒼凪」
「――――!?」
「なあ、オレとも遊んでくれよ」
子巫白はいわゆるイナバウアーの姿勢をとって、ギリギリのところで躱して見せた。
ちっ――。
ネズミの分際で、こざかしい真似を。
「ユキヤナギノウタ ハチョウチョウ」
「遊華避けろぉぉぉぉぉ!!!!!」
「氷柱ノ礫」
くっ――。
子巫白は見た目だけでもわかるほどに硬そう、そして鋭そうな氷の刃を幾千、幾万と遊華に向かってのみ放つ。
あれは直撃したら……まずい。
クソッ。こいつはさっきから、いったいどうして遊華ばかりを狙うんだ。
頼む……遊華――死なないでくれ。
「牡丹の唄 ろ長調 赫」
遊華は立方体の結界を作り出し、そして見事に防御していた。その中から子巫白を見下ろす形でこう言った。
「私ばっかり狙っているのはなんでかな。もしかして……私のほうが弱そうだって思っているのかなっ!」
そう言って遊華はへ長調――それも、最大出力のエネルギー弾を、子巫白に向かって放って見せる。
「牡丹の唄 へ長調 魔俱真極爆」
「ユキヤナギノウタ ニチョウチョウ 竹水創」
ほぼ直撃するかと思われた遊華のエネルギー弾が、とつぜん現れた白色のバリアによってものの見事にかき消される。
さっきから思ってはいたが……相手は【雪柳】を持つバケモノなのだ。詠唱を使えてしまうのも当然か。今さら嘆いてる場合でもない。
「ユキヤナギノウタ ホチョウチョウ 絹雷童」
「「――!?」」
さっき白煙の向こうから突如オレを襲ってきた、雷撃を伴う白色球が、遊華の右肩を貫く。
明らかにさきほとは次元の異なる速度。直撃を避けれただけでも、十二分すぎるくらいだ。
「瑠璃の唄 い長調 白夜滴扇」
オレは扇を作り出し、すぐに遊華の元に散布する。
「……牡丹の唄 ろ長調 赫」
――流石だ。
白夜滴扇は散布した粒子すべてが生物を回復させる原料となる。子巫白が生き物なのかどうかには甚だ議論の余地があると思うが、万が一やつにも触れて回復されるとうまくない。っていってもまあ、現時点ではほとんどダメージも受けていないと思うが。
「ユキヤナギノウタ トチョウチョウ 白雲ノ鶴城」
「――まじかよっっ」
子巫白はまるで昨日、どっかのだれかさんがやってきたみたいに、【雪柳】の力で作り出した白剣を振り向きざまにぶん投げてきた。その速度はさっき遊華が受けた氷柱ノ礫とほとんど同程度で、避けるためにはこちらも【瑠璃】の力を使わざるを得なかった。
「瑠璃の唄 と長調 冬眠銀糸」
青白く光る糸を向こう側にある電柱に投げつける。引っ張る力との作用・反作用でギリギリの回避に成功する。しかしこれだけでは油断できない。確かこのあと華音は――
「ユキヤナギノウタ トチョウチョウ 白雲の鶴城」
「――――!?」
子巫白は光速クラスのスピードで、今までないがしろにしてきたオレの背後に一気に回って見せたあと、まださっき投げ飛ばした白雲の鶴城がビルに突き刺さっているのにもかかわらず、もう1本を取り出して狙いを定めてきた。まったく……今年1番のバッドニュースだ。やつは少なくとも2つ以上、同時に【宝石】の力を抽出できる。もし華音との一戦がなければ避けられなかったろう。まさかここにきて一般人とのお遊びに助けられてしまうとは。
「牡丹の唄 ほ長調 六千滅之日鎌っ!」
子巫白のさらなる背後に回った遊華が深赤色の大鎌を作り出すと、たちどころに放たれた斬撃が子巫白を襲う。一発、二発、……六発はあたったか。
「遊華っ! いくぞっ!」
「うんっ!」
「瑠璃の唄 は長調 蒼凪」
「牡丹の唄 は長調 紅凪」
「……ユキヤナギノウタ トチョウチョウ 白雲の鶴城」
相手の体勢が崩れたところで、二対一で一気に近接戦に持ち込む。
もし次に【雪柳】を携える者と対峙したときにはそのように立ち回る。もとより遊華と取り決めていた策だった。
【雪柳】の何より恐ろしいのは、その【宝石】より抽出されることで得られる7種の大技に他ならない。それらをすべて防げれば……特にもっとも攻撃力の大きいヘ長調の攻撃さえ防げれば、一気に勝機が垣間見える。蒼凪 /紅凪で近接戦に持ち込まれてしまえば、必然、相手も剣や拳で近接戦闘をせざるを得ない。大技は繰り出せない。そんなスキは与えない。
――クソッ。
いい戦いはできているはずなのに、それでもどこか届かない心地がしてならない。
相手が二刀流というのも大きい。二対一というこの状況。想像を絶するアドバンテージを獲得しているはずだ。それなのに……追いすがるのがやっと。
――そのとき、子巫白が白雲の鶴城を道路に突きさす。同時、地面もろとも爆発し、辺り一面が強い白色光で包まれた。一瞬視界が消失するが、おそらくそれはヤツも同じこと。さて、次はいったいどんな……上か。
「遊華、上だっ!!!」
「マサカココマデヤルモノタチガゲカイニソンザイシウルトハ……」
子巫白はそんなことを言いながら、空を、飛んでいた。
オレたちがあそこまで行くには結界を使うほかない。しかし実際に空を飛べるやつとの空中戦は、サメと海で戦いたいと豪語するくらいには愚かだった。
やつは両手で【雪柳】から抽出したと思われる光の流体を練り上げ……そして、言った。
「ユキヤナギノウタ ヘチョウチョウ」
――これが最後の大技。
これさえ乗り切れば……
「遊華! 覚悟はできてるか?」
「もっちろん! がんばっちゃうよー!」
オレたちのへ長調が【雪柳】に勝てるのか。正直に言えば、勝率は五分五分くらいだと考えていた。
しかしオレたちが……【瑠璃】と【牡丹】の力を、足し合わせることができたなら九分九厘、勝てると踏んでいた。
「瑠璃の唄 へ長調 真海水爆」
「牡丹の唄 へ長調 魔俱真極爆」
オレたちのはなつ蒼色と紅色の爆撃弾は、混ざって……混ざって……そして……紫色を帯びだした。
「霜山」
対する子巫白が放った攻撃は、オレたちの練りだした紫色の球体よりも十数倍は大きかった。しかし重要なのは体積ではない。密度だ。当たるまでは……まだわからない。
……………………。
「何とか耐えられた……みたいだな」
「へへっ。最後の大技も……攻略っ――ですなぁ」
「……ジツニミゴトダ、ゲカイノニンゲンヨ。ナラバ」
「はっ?」
「えっ?」
「コレナラ……ドウダ?」
子巫白のその行動は、もしこれが正々堂々と戦うことが美徳とされる勝負の世界であったなら、まさに称賛されるべきものだった。実力のすべてをみせると、公言してくれたようなものなのだから。
だが…………
「ユキヤナギノウタ ハタンチョウ」
今のオレたちから言わせれば、恨みつらみを吐いてもよかったのであれば……
それは……もっとも聞きたくない類の……言葉そのものだった。
「太陽ノ礫」
その瞬間……幾千、幾万と生み出された礫が――これだけ離れているというのに伝わるくらいの熱気を纏った溶岩のごとき礫が……オレたちを……襲った。
オレたちは当然、結界を張った。
しかし……
うち放たれたほとんどすべての礫という礫は、オレではなく、ただひたすらに、遊華を襲うばかりだった。
まもなく…………………………………………
そこにあったのは……遊華の……死体のみであった。
「遊華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」




