4.
だからオレは、オレの気持ちを知っている桜香が遊華の目の前で際どいムーブメントをしてくるたびに、うっかり恋心がバレてしまわないよう努めるわけなのである。
しだいにハコの上昇が緩やかになっていった。とはいえ、某タワーオブなんとかみたいに、内臓が重くなる心地まではしなかった。
――ピタリ。
トビラが開いた。と同時に差し込んできたのは、目を突き刺さんばかりのまばゆい光。心なしか、地上で感じたものよりも鋭い気がする。太陽との距離が近づいたからだろうか――なんてことを考えつつも、目を細めながら――いや誤差だろう、なんてことを考える。
だんだんと目が慣れてきた。意識の重心をまぶたの内から視界の先へとシフトする。
陳腐かつチープな言い方になってしまうかもしれないが、エレベータの先に広がっていたのは、それはそれはもう、見たことがないほどに発展し尽くした学園都市であった。
あれは線路だろうか? ジェットコースターを思わせるような角度でビルというビルをくぐり抜け、その存在感を際立たせている。
直下に位置する渋谷にも勝るとも劣らない……どころか、それ以上といっても過言でないほどに、見渡すかぎり近未来。
渋谷駅上空3000m。そんな場所にこれほど壮大な高層都市がそびえたっているなどと、一体どこの誰が想像していたことだろう。
建物と建物の間を縫ってできる限り遠くへと目の焦点を合わせてみるものの、敷地の果ては掴めない。
いっそドッキリにでもまんまと嵌められてしまっていて、『実は地上でしたぁぁ!!』みたいな具合で盛大に煽られたほうがまだ、しっくりくるかもしれなかった。いや、流石にそれはそれでイラつきはするのだが。
きっと放課後には、多くの新入生が先へ先へと歩みを進めていくんだろう。
いったい奥ではどんなものが待ち構えているんだろう。そんな気分の高揚が、まだ会ったこともない他人から伝わってくるような気さえする。
ところで、この学園にはどうやら、入学式がないらしかった。
13時から行われる各クラスのホームルーム。それにて、本日参加するべき行事は終了のようだ。
入学式がない学校の話など聞いた試しがない。しかしまあ、今の時点ですでに十分すぎるくらいのツッコミどころがあったので、きっと前例を考えることそのものがまちがいなんだろう。
加えてところで、近くでひときわ明るい声が轟いた。
みずみずしくて、はつらつとした声だった。
「おはようございまーす! 新入生の方はこちらにいらしてくださーい! クラスや諸情報の登録のため、スマートフォンの更新を行いまーす!」
声の持ち主の方へと顔をスライドさせてみる。受付カウンター、と言ってみたところだろうか? 簡素な長台の上に、メカメカしい機械が数台、無造作に置かれていた。
その傍には、新入生と思しき小童たちの長蛇の列が見受けられた。ピッピピッピと音を出しては改札口のようにスムーズに流れている。
月光の藤だろう。先日1通の封筒とともに学園側から送付されてきたそれは、スマートフォンのような片手で扱えるサイズをしていて、裏では、精緻にエッジングされた藤花の校章が紫色に彩っていた。というか、あの受付の女は学園側の社員ではないのか。公式の人間すらスマートフォンって呼んじゃってるじゃないか。矜持は欠片もないのか。
ともあれ、まず向かうべきところがその列の最後尾であることは、想像に難くなかった。
「行ってみよっか」
かわいらしさの中に可憐さを内包するその人がスキップ交じりにテクテクテクテクと歩いていくものだから、どうにも周りの目線が気になって気になって仕方がない。しかし見たところ、思案するような出来事――たとえていうなら、そう。ある男がいかがわしい目つきで彼女をとらえている――なんてことは起きなかった。文字通り、はぁ――――と、深く胸をなでおろす。
比較的、列は長蛇であったが、如何せんスマホを差し出すだけだったので、ものの数分で先頭にたどりついた。
ピッ――軽い電子音とともに、ロード画面が展開される。
アップデートはまもなく完了した。今まで時刻と藤花の写真しか表示されていなかった物寂しい端末に、どうやらいくつものアプリケーションが追加されたらしい。
『まずはここを見よ!』とでも言わんばかりに、黄色い矢印が【マップ】と表示されたアイコンを指さししていた。こういうものを見るたびに、どうにも指示とはちがう行動をとりたくなってしまうのは男の性なのだろうか。しかし悲しいかな、そんな心根はものの数秒で崩れ去ることとなる。どんな手段を試してみても、画面は無反応だった。指示通りの行動しかとれないことの合図だった。心が無情にもポキリ――ボキリ?――と折れたところで、仕方なく指示に従ってアイコンをタップする。するとたいそうご立派なことに、自クラスの教室までの道順が青の太線で立体的、かつリアルタイムで表示され始めた。
幸いにも、オレたち4人は同じクラスだった。ホームルーム開始までそれほど時間に余裕があるわけでもないので、道草は食わずにスタスタ歩いていくことに。
――そして、現在に至る。




