40.
『3年棟の屋上には地上に通じる巨大な螺旋階段がある』
…………か。
帰り際、華音に聞かされた摩訶不思議アドベンチャーな話。そんなものがあるなら渋谷の住民からクレームが来るのでは? ……と考えたのち逡巡、よくよく考えてみれば来るときに使ったエレベーターも渋谷にいるだけでは見当たらなかった。エレベーターといいその螺旋階段といい、いったいどんな仕組みで姿形を隠しているのやら。そんなことをぼやつきながら、オレは…………
焼き肉を食らう。左手側には遊華、向かい側には桜香がちょこんちょこんと腰を下ろしていた。
「桜香ちゃん。しょうゆ取ってもらってもいーい?」
「遊華さん……サーモン好きすぎじゃありませんか?」
「だって1番美味しいじゃんっ! これがなきゃ食べ放題に来た心地がまるでしないよねぇ」
焼き肉なのにお寿司? と疑問に思った方もいるかもしれないが、実はこの2つが両立し得る数少ないお店にオレたちは来ていた。そう、〈食べ放題〉――というやつだ。
平日、それも月曜日によくもまあそんな豪勢なものを……などとツッコミを入れたくなる気持ちも、わからなくはない。しかしお忘れだろうか。
2062年4月15日19時。
そう。本日は何を隠そう、オレと遊華の誕生日なのである。正確には2時間後なのだが、まあそれはそれ。少しくらいはしゃぎたくなっても仕方がないだろう? オレ自身、自分が生まれためでたい日なので祝ってほしい――などという感性は甚だ持ち合わせていない。重要なのは、今日が、こよなく愛する――我ながら言ってて恥ずかしい――遊華の誕生日であるということなのだ。めいいっぱい楽しんでもらうため、性懲りも無く楽しい会話を繰り広げよう。そんな思春期かくあるべしな心意気とともに、こうやってディナーに努めているわけなのである。
「大惨事が起きた日でもありますけれどね?」
「別に今それ言わなくなっていいだろ……」
「まだ学校も始まったばかりだというのに浮かれまくってる兄を諫めて何が悪いというのです」
「ははっ……さーせん」
「フンっ」
まただ……。
桜香はオレたちの誕生日、必ず【子の神】の話を挟み込んでくる。百歩譲ってそれはまだいいのだが……和気あいあいムードを容赦なくぶち壊してくるのはやめていただきたい。
「毎年思うんだが……なんで毎回その話をしたがるんだ? お前なんて生まれてすらいなかったろうに」
「……別にっ……大した理由などありません……。強いて言うなら……そう、正義感。ってやつです」
「桜香ちゃんってそういうの持つひとだったっけ……?」
「いいや。どちらかというと『悪はより大いなる悪をもって潰すべし』とか宣って、嬉々として相手をボコボコにするタイプだ」
「はははっ。ちょっと悠理、流石に言い過ぎ」
「……」
遊華が肩をペタンと叩いてくる。ペチン、ではなかった。叩くというにはあまりにやさしく、いっそ撫でると言ったほうが正確だったかもしれない。
柔軟剤ではおよそ説明できない、密度の薄いようで濃い甘やかな香りが鼻腔という鼻腔を支配してくる。極めつけはハッピーセットでスマイルひとつ。アルコールのない雅な酔いがだんだんと全身を蝕んできた。……右腕が疼く。触らずともわかる彼女の柔肌を存分に手中に収めたい。本能が……そのように訴えかけてきている。
叶わないことなど十分に承知している……つもりだ。いくら生まれたときからじゃれあってきた間柄とはいえど、その接触とこの接触の間には意味も理屈も大きく異なる。下心が伝わらないはずは、もはやないだろう。
「ってか悠理。手おおきくない!? ちょっと貸してみてよっ」
「「――!?」」
その身をぎゅっとこちら側に近づけてきた遊華は、あろうことかその左手でオレの左手を絡めとってきた。オレの脳が左手を差し出すよう指令を出したのではない。遊華が右手で無理やりつなぎ合わせてきたのだ。
「わあ……おっきいね。昔は私のほうが大きかった気がするんだけどなぁ」
「……むっ、昔っていつの話だっ」
と、言いながら振りほどこうとするものの、できなかった。2つの意味で、であった。図らずも手中に収められた彼女の手。そもそも逃れようという思考そのものが間違っているのだ。そしてもうひとつ。いま、手のつなぎ方はわずかながら変貌を遂げていた。いや。わずか――なのはあくまで座標的発想なのであって、世間体意味的には大きく変化を遂げていた。その変化が、思考にラグをもたらした。
――いわゆる、恋人つなぎだった。
「っっ――ちょっと遊華さん。手の大きさを比べるのに恋人つなぎをする必要などないでしょう?」
「んえぇ。別にいいじゃあん! なんか久々に手つないだら昔のこといろいろ思い出しちゃったっ」
てへぺろっ――じゃない。
左手の威力はもちろんのこと、上半身をきゅっとひねってきているせいで真正面から相対する形になってしまっているこの瞬間、彼女の表情も、声も、香りも、すべてが五感という五感に訴えかけてきていた。これを機になにかしらの第六感が開けても差し支えないくらいに、およそその刺激量は五感で処理しきれてはいなかった。
――ぎゅっ。
「「げっ」」




