39.
「――早いな……なんも見えん」
「そういう次元じゃ……なくなぁい?」
「【黒曜】は悠理たちのように武器を創出できるわけではないんだな……」
「とはいえあの真剣の振る舞い方はもはや常人のそれではないですなあ。まだ15歳なんだろ? あの女の子」
3年生ガールズのそんな雑談を横目に、オレは久しく見ていなかった遊華と桜香の繰り広げるバトルを思いのほか楽しんでいた。
「牡丹の唄 と長調 春眠暁糸」
「くっ――!!」
幾千の紅き糸が桜香を絡めとるべく幾万の方向から襲っていく。おもしろいのは、昨年であれば数瞬のうちに絡めとられてゲームオーバーだった桜香が適切に1本1本さばいてみせていることだ。まだまだ粗削り感がぬぐえないのは事実だが、数年のうちにオレと遊華に次ぐ実力者になる可能性も十分に秘めている。
「……やるねっ、桜香ちゃん」
「私だって何もやってわけではっ……ないのです!!」
「このままじゃ形成逆転されちゃうかもしれないね……」
そう言って遊華は、突如、後方へ飛んだ。
跳んだ……ではなかった。
「牡丹の唄 へ長調」
……まじかよ、おい。
――へ長調。
それは古来より、怒り狂った人間が八つ当たりに八つ当たりを重ねるためだけに使われてきた音階だった。詠唱に備わった能力も必然、最も攻撃的なものになった。
「瑠璃の唄 ろ長調 海《うみ》」
「これは――」
「ところで生徒会長。剣道場はぶっ壊れるとまずかったりしますか?」
「……? まずい……わけではないが……学園側の手を煩わせるとなると相応の罰を覚悟せねばならん」
「具体的には?」
「そうだな……甘く見積もっても……クラスの〈宝石〉ポイント1%減……くらいは、あるだろうな」
「連帯責任になることもあるのか」
「学園の施設破壊の場合は、基本的にな」
1%減ならそこまで大きい影響とはいえない。しかし防げるなら防いでおくに越したことはないだろう。ただでさえ今、オレたちはクラスの連中からいろいろと変な目で見られてしまっている。要は心象の問題なのだ。
オレは剣道場が木っ端みじんにならないよう、建物全体の内側にも結界を貼った。
「魔俱真極爆」
……………………。
どうなった?
結界のおかげでこちらには一切の風もなびかない。しかしモロ直撃した桜香を中心に白煙の嵐が吹き荒れる。おかげで何も伺えない。
それでも、威力は最小限に抑えられていた。フルパワーを100とするならせいぜい10程度。桜香が砕け散ることは万に一つもないだろうが、半身が消し飛んでいてもおかしくはない。
「……まじですか」
「いくらなんでも手抜きがすぎるのでは?」
……これは驚いた。
まさか……無傷とは。
いや、正確には無傷ではないか。ボロボロに灼けきれた制服の下からちらりちらりと覗かせているのは軽く焦げついた皮膚。とはいえそれはごくごく表面的なものにすぎず、致命傷にはほど遠かった。
こんなに強かったか? わが妹は。
何か実力以上の力が働いているような。そうでなくては【黒曜】と【牡丹】の差をここまで埋めるには至らない。
「さて。そろそろケリをつけましょうか」
「お手柔らかにね」
桜香はもう1本の真剣を左手に携え、文字通り二刀流の構えをとる。
対して遊華は――
「牡丹の唄 は長調 赤凪」
日本刀一本で迎え撃つことに決めたらしい。
は長調。
牡丹の唄の中で最も基本の武器。
だが今日一番の出力を誇っていた。そしてそれは相対する桜香が全身で感じとっているはずだ。
桜香が音速を超えて遊華の背後に回り込んで、一閃を投じる。
対する遊華はそれを指で止めながら、振り向きざまに赤凪で切り裂きにかかる。
そんな攻防がおよそ数秒の間に、千を超えて繰り広げられた。
勝ったのは――――遊華だった。




