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しかし、訪れた。代々生まれる人間が、生まれたときから【黒曜】をその左腕に根づかせる特異な二族――瑠璃家、そして牡丹家が力を合わせる機会が訪れた。【子の神】だった。
勝てなかった。戦地に赴いた四十八人の戦士のうち、およそ八割が死んだ。二割は生き延びた。が、それは必ずしも死んだ八割より強い奴らだということを、意味するわけではなかった。【子の神】は突然、舞い上がったのだ。はるか上空へと、宇宙の彼方へと。
「兄さまの言っていることはもっともです。ですが、学園が兄さまと遊華さんをわざわざ呼んだことには強い引っかかりを覚えます。これだけの高さに、あれほどの規模の学園都市。構築する難易度は万里の長城やスカイツリーなどとは比較にもなりません。だってそもそも浮遊してるんですから。こんな芸当、【黒曜】を持つ私や竜胆でさえ不可能です。百歩譲って建築するだけなら現代の技術で補えるでしょうが……何千年ものあいだ定位置を保ち続ける設計となると……最低でも、【雪柳】程度の知恵がなければ叶いません。【山吹】さえ……持っているやもしれません。わざわざお二人を呼ばずとも、学園には、手ずから【子の神】を葬り去れる何者かが潜んでいるのではないでしょうか」
最も強力な【山吹】と、それほどではないにせよ十二分すぎる力を生物にもたらす【雪柳】。【黒曜】を左腕に宿す桜香がムリだというのなら、学園には【雪柳】や【山吹】のような、より上位の【宝石】を使いこなす輩がいる可能性があった。【子の神】と同等、あるいはそれ以上の何かが、学園にいてもおかしくはない。瑠璃家・牡丹家は代々、藤花学園を訪れてきた。掟事として、そう決まっていたのだ。それゆえわざわざ学園から勧誘を受けずとも、端から訪れることは決まっていた。
「うーん、どうだろうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そもそも私たちは、身体能力の高さとか賢さ、多彩さを総称して【力】って呼んでるけども、【子の神】や【藤花学園】がそれ以外の特別な【力】を持ってる可能性は捨てきれない。【宝石】を食べないと【力】を得ることはできないって考えているけども、【宝石】なんてなくとも引き出せるような【力】がこの世にはあるのかもしれない。だから大事なのは、どんな事態に陥ったとしても柔軟な判断をとることだけなんだよ…………って、先週温泉旅行に行ったときに悠理が言ってた!」
遊華がすべての責任を雑にオレへと押しつけたそのとき、ふと、桜香が険しい表情でこちらを捉えてきた。
「…………」
「ん? どうしたんだ、桜香」
「……いえ。随分と私のいないところで遊華さんとお楽しみになさってたんだなと、大変感心させられたところでして」
「なんだ、拗ねてるのか……痛っ」
弁慶の泣き所を全力で、それはもう全力で蹴られたしまったせいで、ものすごい風圧でエレベーター内の空気が蠢いた。髪の長い遊華と桜香がそれを物理的に物語っていた。エレベーターそれ自体は、微動だにすることなく淡々と上昇を続けた。
「今の、常人が食らってたら生涯片脚生活でしたなぁ」
「笑ってる場合じゃないだろ遊華。なだめてくれ」
「えー。兄妹で仲良しなのはたいそう雅なことではないですかぁー」
「どこをどう切り取ったら仲良く見えるんだ……」
「兄さま。他に何か、私に隠し事してたりしませんか? 今の内に白状すれば、出血大サービスで留めてあげます」
「怖っ」
「出血大サービス、かっこ物理――ってやつだ」
「ほんっとうに、いかがわしい」
「おい待て。なんか変な誤解をしてないか? 確かに最近は遊華と2人きりでいる機会も増えてたかもしれないが、何もそこまで変なことは……」
「別に変な妄想なんてしていませんよ。ただ、いっつもイッチャイッチャイッチャイッチャしてるお二方が、いったい私にどんな秘密を隠してるのか、《《ほんの少しばかり》》気になっただけのこと」
「ぜんぜん少しじゃねぇ」
部分部分わざとらしく強調している時点で、あらぬ疑いを持たない余地はこれっぽっちもなかった。オレと遊華が陰でコソコソ手を繋いでた~だとか、夜中に月を眺めては、〈月がきれいですね〉〈いやん、悠理さんのえっち♡〉だとか、おそらくは、そんな類なのだろう。妹には兄の色恋事情をこと詳らかに知る権利があるなどと宣ってはいるものの、実のところ、ポップコーンでも貪り尽くしながら少しでも今の内に次期党首をバカにしておきたい――そんな腐り切った性根が、手にとるようにうかがえた。
なおのことタチが悪いのは、桜香はこんなでも一応、学校では〈高嶺の花〉枠なのである。容姿が容姿なことだから、同級生にモテてしまうのは自然の摂理なのである。しかしフタを外してみればこれである。年頃ガールズ特有の、ゴシップを好み、第三者の特権を駆使して酒《SNS》の肴にする。そんな分際で礼儀正しい優等生を、演じるわけなのである。
百歩譲って、オレを茶化したい気持ちは理解できなくもない。しかし恋慕の情をからかうというのは、どうにもちがうのではないか。だってシンプルにイヤだろう。自分以外の口からドロドロとした感情が、まさにその人へと伝わってしまうというのは。




