37.
「――っ!!!!!」
「――これを避けるか……」
青にひかり輝く日本刀。右手にわずかながら力を込めて、相対する華音の右肩めがけて空気もろとも切り裂いた。突き刺した――という方が正しかったのかもしれないが。
しかし華音はオレの想定を二歩も三歩も上回った。音速に近い速度で突き刺したというのに、華音の肩には掠ったばかりでダメージを与えるに至らなかった。
やはり死を意識したときにうごめく神経の伝達速度と多様性には目のみはるものがある。一応、殺すつもりは微塵もない。脳と心臓以外であれば、どれだけ八つ裂きにしようと【瑠璃】の力で修復できる。華音にあえてそのことを伝えなかったのは、下手に安心させてしまって実力が十分に発揮できなくならないようにするためだ。〈実力〉は100%を意味していない。限界を超えた120%の能力を、オレは求めている。
「これが私の知らない【力】かっ――。ッ――左腕に根付くその青い【宝石】が刀を作り出しているの……かっ――」
「ああ。さっきまでつけてた指輪に気づいたか? 正確にはそれが媒介して力を抽出している」
「なるほどっっ――どうりで【宝石】の輝き方にムラがあるわけだッ――!!」
――ほう?
もう、気がついたのか。
華音の身体を刈りるべく、刀に力を込める瞬間にこそ、もっとも多くの力を【瑠璃】から抽出する。〈蒼凪〉は形こそ日本刀たれど、その実中身はガムダという名の単なる金属にすぎない。抽出する力が弱ければ、硬さ・鋭さもせいぜい高々知れたものになってしまう。【宝石】は出力する力の強度に比例して輝きの強度も増していくため、ある意味致命的な弱点と言えるだろう。
だが致命的になるのはあくまで、輝きが生まれてから攻撃されるまでの刹那に等しい微小量の時間に対応できる者が相手のときだけだ。華音は反撃こそできずにいるが、致命傷にいたるほどの直撃はもらってくれない。見事というほかな――
「っっっ――――!!!」
「――はあ……はあ……。別に刀は1本しか使っちゃいけないなんてルールは……ないだろう?」
華音は持っていた刀を突如一直線にぶん投げてきた。その速度はとうてい常人が避けられるものではなかったが、とはいえ断じて速いと言える代物でもなかった。しかしまさか1本しか持たない刀を手放してくれるだなんて思わなかったし、即座、別途に立てかけられた真剣を手にとって首元に襲いかかってくるなどとはより一層に思いもしなかった。正直に言おう。オレは面食らった。
「ふっ……もちろんだ」
ほんの少し体勢の崩れたオレ目掛けて、華音は駆けてくる。そして今さっき携えたばかりのもう1本の刀を持つ手に力を込めて容赦なく切りかかってきた。食らったとしてもかすり傷1つつく程度で収まることはちがいないのだが、やはり一般人相手に傷つけられるというのはいささか癇に障る側面もある。なのでオレはその真剣を――
2本の指で受け止めた。
左手の、人差し指と中指だった。
「はははははっ――!!! お前の体は鋼でも吸収しているのか? 確実に殺ったと思ったんだがな!!! それも【宝石】とやらの力なのかっ!!?」
「ウチの家系が代々受け継いできた遺伝子的特性だ。逆に言えば、この特性がなければ【宝石】の力に耐えきることもできなかった――」
――ギリッ――ギリッ。
指と真剣の間で生まれる軋みに軋む音がざらざらと耳を撫でてくる。両手で応戦する華音と比較して、こちらは右手が空を握っていた。
「瑠璃の唄 に長調」
「――ッッッ!!!」
【宝石】には大きく分けて2種類存在する。【黒曜】と、その他だ。
【黒曜】はその名の通り、いかなる色にも媚びない漆黒をまとうだけの孤高な存在。しかしあくまで良く言えばそうなるという話にすぎず、能力面ではあまりに劣っていたのだ。
要は、オリジナルな個性を持つことができないのだ。変幻自在に戦えない。【黒曜】を取りこんだ個体が得られる恩恵は究極の神経活性を伴って発現する並外れた身体能力や卓越した頭脳だけ。裏を返せばそれは、極めて決定打にかけるということだった。
「潤ヶ玉」
だが、【色つき】の宝石はそうじゃない。【雪柳】や【山吹】を宿す人間には、それぞれの花に関する特別な詠唱を伴うことで、【宝石】から特殊な武器を抽出できるという。
…………これも躱してみせるか。
バスケのビハインドパスでも思い出してみる要領で、オレは背中側から青に輝く銃弾を発砲した。完全に虚をついたはずなのに、なんと華音はギリギリのところで反射神経を際立たせた。
「別に刀しか使っちゃダメなんてルールはないだろ?」
「ふっ――もちろんだぁぁぁ!!!」
次いで華音は銃弾を避けた反動を加速元として身体を360度翻す。容赦なく顔面を切り裂こうと真剣が目の前をゆっくりと襲ってきたため、前宙がてらきちんと避けてやる。着地する前に追加で3発お見舞いしてやるのだが、これもきっちりと避けられてしまった――すばらしいな。
歴史書に書かれていた【雪柳】や【山吹】の詠唱。もしやそれを『瑠璃』に置き換えて唱えてみたらなんかそれっぽいことができるのでは!? ――そう思って試してみたはいいものの、うまくいくことはなかった。遊華の【牡丹】も同じだった。おそらくオレたちの【宝石】は不完全……あるいは、【雪柳】たちとは異なる性質を帯びている。その差をなんとしてでも埋めるべく、オレと遊華は絶えず実験を試みた。そして……幾千幾万の試行錯誤の果てに、ついに、指輪を通じて歴史書に記された
【雪柳】や【山吹】と同等の芸当を実現させたのだ。
とはいえ……欠点もある。
「同時に2つの武器を使うのは難しいみたいだな。つけ入るスキのない完全無欠では――どうやらないらしいっっっ!!!」
「……ご明察」




