34.
渋谷駅上空3,000mを舞い上がる私立高等学校――藤花学園。
その学園は、学術・芸術・スポーツを問わず、どんな分野の才能であっても限界まで伸ばしてみせるという。
それこそが、この学園を国内外で有名たらしめた看板文句だった。
口先だけならなんとでも言える。だが、実績が伴っているのも事実だ。
五輪入賞者やノーベル賞受賞者。世界の第1線で活躍するエリート中のエリート。友人の中にたった1人でもそんな人間がいたのなら、まさしく万々歳。それほどまでに貴重な存在なのだ、世界で認められるエリートというのは。
とはいえまあ、そんなことを言ってはみても数にしてみれば世界に数千数万といるのも、また事実。
だから藤花学園出身者の中にそんなエリートが何人かいたところで何ら不思議ではなかった。しかし果たして、全員がそうであったなら、どうだろう。次々に湧いて出てくる藤花学園の卒業生という卒業生が、揃いもそろって折り紙つきの超絶エリートであったなら、果たしてどうだろう。
そう。真に驚くべきはそこだった。
藤花の卒業生は世界にその名を轟かせて当然。人類の英知を二歩も三歩も無理やりこじ開けてしまうような究極の才能が、あって当然の人間たちだった。
当然、外部の人間は中身を知りたがるはずだ。
どんな教育をしているのか、どういう仕組みなのか。
なのにどういうわけか、皆、決まって関心を示さない。
まるでそのことについて考えることすら許されない、操り人形にでもなってしまったかのようだ。
そしてそんな不可思議は、一般大衆に留まらない。
対称会の人間でさえ……それは例外ではなかった。
『ねえねえお母さん。藤花学園ってどうしてあんな高いところに浮いてるの?』
『そんなこと聞かないでちょうだい、悠理。別におかしなことでもないでしょう?』
『誰がつくったの?』
『聞かないでちょうだい』
『どうして――』
『いい加減にしなさいっ!!――――』
…………。
いま思えば、仕方のないことだった。
母は悪くない。現党首たる父も悪くなかった。
諸悪の根源は、藤花学園の創設者――呪われた二族を作り出した、オレたちの先祖なのだ。
オレたちが藤花の違和感に気づいたのは数年前だ。もっと早く気づけた。気づくべきだった。
冷静に考えれば赤子にさえ――は言い過ぎかもしれないが、少し頭のいい保育園児なら気づける程度には、学園の存在はいびつだった。
現代の技術なら、高度3000mにたどりつくのはそこまで難しいことじゃない。誰だって望めばお小遣い程度の額でたどり着ける場所だった。しかしそういう次元ではないのだ。藤花学園は数千年の時を経てなお、その上空に留まり続けている。変化が常である人類にとって、始まりがあれば必ず終わりを迎えなければならない生命にとって、その事実はあまりにも常識の範疇から抜け出しすぎていた。
そんな建造物が……そんな組織があったらなら、人々が気にならないはずもないだろう。それこそ日本政府が、野蛮な軍事勢力をもつ海外諸国が、我が手の中に収めたいとでも言ってみて介入してくるに決まってる。
なのにそんな類の話は、まるで聞いたことがない。
藤花学園はそこにあって当然だし、卒業生がとてつもないのも凄いっちゃ凄いが藤花学園なら当然だ。
そんな大気が地球のすべてを、時空のすべてで、支配している。
だが、オレと遊華は気づいた。数年前、その歪さに。
もっと早く気づけた。しかし裏を返せば、十年たらずでなんとか気づくことができた、と言うこともできた。
桜香は気づけなかった。だがその能力があったおかげで、流石に徐々に理解していくことができた。
オレたちが藤花を訪れた理由は2つ。【子の神】を亡ぼせるだけの力を蓄えること、そして藤花学園そのものの正体を突き止めることだ。竜胆には、真の目的は【子の神】を倒すことだと言ってはいるが……あれは、オレと遊華・そして桜香が協力して吐いた嘘だった。
本当の目的はまごうことなく後者――藤花学園の解明と、そこから導かれた知見をもとに対称会にかけられた3000年の呪いを解くこと。そしてもっと言うのであれば、あまりに愚かで口にするのさえ恥ずかしいのだが、【拾の掟】にとらわれることなく人生を過ごし、欲をいうのなら――――遊華と、いっしょに過ごしていきたいと――そう、思っていた。
なので実のところ、前者についてはほとんど期待していなかった。どれだけ優れた教育をするにせよ、オレたちに教育を施せるだけの担当がいるとはとても思えなかったからだ。
しかし自己研鑽という点では、これ以上ないくらいにうってつけだった。地上にいるとどうしても、政治関連の仕事を押し付けられる。面倒ごとがなくなるだけで、十二分な成長を見込むことができた。少なくとも3年を経れば、【子の神】くらいは倒せるにちがいない……そう断言できるほどに、環境だけ見れば充実していた。
そして後者については……3年をかけてじっくりと、されど確実に達成するつもりできた。竜胆に【子の神】を倒すためにここへ来た――そんなふうに、ウソをついてしまったのには明確な理由がある。竜胆はああ見えて、大のマザコンだった。もし本気でオレたちが藤花の正体を突き止めようと動いているとバレたなら、対称会に欠けられた呪いを解こうといそしんでいることがバレたなら、即座、対称会の連中に伝わるだろう。そうなったらもう、奴らは一体何をしでかすかわからない。奴らはとにかく【拾の掟】を何が何でも成さんとしている。オレたちの目論見は、言い方を変えれば【拾の掟】そのものをぶち壊してやることなのだから。
5年前に起きた、あの出来事。
【雪柳】を携えたバケモノが現れて以来、事情は大きく変わった。
東京の学校でいつもと変わらず授業を右耳から左耳へと聞き流していたそのとき、しかしはるか遠くの山々で生じた明らかな異変を、肌が否応なく感じとった。武者震いを覚えたのは、たぶんこれが初めてだったんではないかと思う。
勝てなかった。オレと遊華は対称会でも特別な【宝石】――【瑠璃】に【牡丹】を持っていた。齢十にしてすでに他の誰より強かった。
はずなのに…………
直感的にわかった。【瑠璃】と【牡丹】では【雪柳】には勝てない…………
――わけでは、ないのだと。
オレたちが勝てなかったのは、決して【宝石】が弱いからなどではないのだと。
そう、感じたんだ。
オレたちは、まったくといっていいほどに【宝石】の力を使いこなせていない。
【雪柳】……はおろか、【黒曜】でさえまばゆく輝いてるというのに……。
オレたちの【宝石】は、まるで今さっき土から掘り起こされたばかりの鈍色を放ってるだけ。光り輝くこともなければ、色がついているのに【雪柳】や【山吹】と同じように、何かしらの詠唱によって特別な力を得ることさえ叶わない。
そのバケモノは【子の神】ではなかったらしい。のちに駆け付けてくれた対称会の面々が、そう教えてくれた。オレたちが気絶している間に対称会が総勢で倒してくれた。オレたちでさえ歯が立たなかった相手をいったいどうやって? ……という考えが巡らなかったわけではないが、全身の悲鳴が深刻過ぎて、そんな疑問はすぐさま脳裏から剥がれ落ちた。
また奴が現れたらどうする?
遊華が痛めつけられたら、どうする?
痛めつけられるで済むのか?
考えに考えた。
遊華が嫌な思いをするのは耐えられない。
遊華がオレを想って、我慢の笑顔を向けてくれるのはあまりに耐えられない。
オレたちが対称会という、無限の輪環に在るかぎり、この呪いは一生付きまとってゆくだろう。
どうしたら彼女を救える?
どうしたら彼女を、3000年の呪いから解放できる?




