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サイエンスの宝石  作者: はましょ。
壱_慟哭
34/57

33.

「すまないね。あそこまで騒ぎが大きくなるとは思いもしなかったものだから。もっと早くに到着していれば、よりスマートに解決することもできただろうに」

「その言い草だと、まるで華音は試験結果が出た暁にはすぐさまオレたちのクラスが荒れるとわかってたみたいにならないか?」

「誰よりわかっていたのはお前だろう? 悠理」

 さっき華音を試しに呼び捨てしてみたのだが、何のツッコミもなく自然と受け入れられてしまった。個人的には呼び捨てこそ相手を最もオリジナルに扱える手段だと思っているのでできれば先輩後輩の関係なしに呼び捨てで名前を呼ばせていただきたい所存だった。瑠璃家の桜香からは特段なにも言われることはなかったが、牡丹家の遊華からは「ちょっとさすがにそれは――」と注意されてしまった。とはいえそれに対して華音は「別に構わん」って感じだったので、こうして気兼ねなく呼び捨てで通させていただいてるわけである。

「オレは当事者だ。部外者のお前が知ってるのとでは雲泥の差がある」

「フフ。まちがいない」

 大きな机を間に介して、オレたちはふかふかのソファとともに華音と相対した。

「はい、こちらコーヒーよぉ。遊華ちゃんには紅茶、桜香ちゃんにはオレンジジュースでよかったかしら?」

「あっ、ありがとうございます」

「私をバカにしてるのですか? 副生徒会長」

「あらヤダ桜香ちゃん。こんな至近距離でプンスカしないでぇ。愛でたくなっちゃうわぁん」

「離れてくださいっ!!」 

 絶賛、桜香にセクハラ中なのは学園の副生徒会長。一ノ瀬美桜(みお)だ。

 オレたちが生徒会室にお邪魔したその瞬間、美桜はいいおもちゃを見つけたとでも言わんばかりに目をキラキラと輝かせるや否や、桜香に飛びついてきたのだ。オレンジジュース……実に桜香にふさわしい飲み物だが、煽りスキルも一級品だ。

「ぶち殺しますよ、兄さま」

「怖っ」

「あれぇ? もしかして悠理くんって桜香ちゃんのお兄ちゃんだったのぉ? あらヤダ一気にかわいらしく見えてきちゃったわん。コーラのほうがよかったかしら?」

「コーヒーで大正解なのでお構いなく。それと、ハグしようとするのはやめてください。桜香とちがってオレは男ですから。コンプラってやつです」

「そんなつれないこと言わないでぇ」

「初対面でグイグイいけるのは流石だな、美桜。しかし哀れなものだ。北風と太陽。どちらが勝ったか知っているだろう? お前のやり方では未来永劫彼らを口説くことなどできやしない」

「あら、結衣ちゃん。それならあなたは、どうやってこの子たちを落としてくれるのかしら?」

「ライトノベルだ。悠理くんの性癖をド・ストライクに言い当てることで私を神と崇め奉らせるんだよ」

 美桜と同じくらい意味不明なことを言って隣で優雅に本を手にとっているのは、生徒会書記の榊原さかきばら結衣ゆい。初対面で受けた印象は実に生真面目。お勉強を仕立て上げ、3時のおやつには紅茶とクッキーなどでも上品に召し上がる、それはそれはたいそうなご身分兼ね備えているように見えたのだが、フタを開けてみればこれである。ただのきっしょく悪いオタクだった。

「美桜。結衣。あんまり1年生を怖がらせるな。お前らの趣味を否定するわけではないが、少なくとも初対面の後輩を歓迎するにはキモすぎるってのぐらい自覚しろ」

「あ~ら~、華音ちゃん。ヒトのこと言えるのかしらぁ? 今年の新入生の顔ぶれを誰よりも真っ先にチェックして、悠理くんたちを見つけた途端に名簿をネコみたいに抱きしめてはしゃいでたくせにぃぃ」

 

 ――ボカーン。


「痛っあーい」

 華音が容赦なくげんこつを浴びせたところで、会話がスタートする流れになった。

「さて話を戻そうか。どうして私がお前たちのことをこんなにもよく知っているのか」

「そんなことは聞かずともわかる。蓮杜と同じなんだろう?」

「――フッ」

 対称会の面々は、本家・分家関わらず藤花学園に通うことが【拾の掟】で義務付けられていた。加えて党首は子が二十歳になったときに後退し、新たなる党首が誕生する。新党首の最初の役目は、次なる世代を5年にかけて残すことだった。藤花学園の歴代テスト結果を記録する〈成績表〉が最低でも直近20年以上がデータとして残しているのなら、瑠璃姓・牡丹姓の人間が今回の遊華や桜香、竜胆のようなとんでもない成績を残していたことも如実に物語ることになる。

「その通りだ。いやはや、来るとは思っていたんだが、まさか本当に訪れるとは思いもしなくてね。実に感動したものだよ」

「オレたちが来る前から20年のスパンで瑠璃家・牡丹家がここを訪れると気づいてたってわけか。それで生徒名簿をネコみたいに撫でまわしてたと」


 ――ボカーン。


「いやん。なんで今の流れで私を叩くのぉ~!」

「お前が余計なことを言うからだ」

「そんなぁ」

「まあ、何はともあれだ。会えてうれしいのは本当だ。感謝する」

「そりゃどうも。それより、オレたちを呼び出した理由は何だ? 推理が当たった感動を伝えたいためか? もしそうなんだとしたら、とっとと帰還させてほしいものだな」

「そうだな。さっさと本題に移るべきだろう」

「本題? さっき言っていた、【の神】を倒したい……ってやつか?」

「ああ……。まあ、それも一応、あるか」

「主軸は別にあると?」

「……そうだ」

 華音はゆっくりと起き上がり、夕日のまぶしい窓際に歩み寄った。

 改めて思うが、この部屋は本当に時代を感じる。生徒会室などと宣っているが、実際のところは数十年前まで主流だった田舎の教室そのものだ。細長い長方形でできた木材タイルで構成されたフロア、前後面には黒板、そして後ろの方には三十余名分の古臭い机が、椅子が乗っけられた状態で無造作に置かれまくっている。

 とても藤花の学園都市にある光景だとは思えない。3年生校舎最上階の隅っこに、こんな場所があるというのはどこか神秘にも感じられた。


「お前たちは……この学園を……どう思う」


 華音は右手を手すりにかけながら、まぶしいはずの夕日を眺めている。


「知りたくはないかね? ()()を」


 ……まさか。


 まさか。

 さっき…………華音がAクラスの連中に対して、オレたちのことをどうしてオファーしに来たのか……それを長ったらしくホラをふきながら説明してた……あの時に感じた、違和感。


『おかしいと思わないかね? この学園は上空3000mに浮かんでいる。少なくとも現在の人間の知恵ではどう足掻いてもたどり着けない境地だ』


 …………そうだ。おかしいんだ。だからふつうは……皆が疑問に思ってならないはずなのだ。この学園は……上空に舞うこの藤花学園は、明らかにどうかしている……と。


 なのに……


 そう……なのに……だれも…………対称会の連中でさえ、藤花の歪さに気づいていないというのに……。


 華音は美しく微笑みながら、圧倒的な夕焼けを背後に、空気を揺るがしてみせた。


「私は……私の一生涯をかけて……この学園の正体を暴きたいと……そう、思っている」

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