30.
教卓に置かれた、ビー玉大の〈瑠璃〉をひとつまみ。いまにも鼻歌でも聞こえてきそうな勢いで、華音は目をキラつかせている。〈宝石〉はいま、その1つしか置かれていない。真意に気づいてウキウキしてるんだろう。
遊華の指示だった。1つ1億ポイントもする〈牡丹〉をわざわざロックのためだけに目立つ場所に置いておくのはもったいない。まだ他クラスが見つけられてないはずの〈瑠璃〉をそこに置いておくのは情報の開示という点で悪手だが、それでも、盗まれるダメージが少ない〈宝石〉をロックに使用しておくほうがクラスメイトにとっても安心な手筈だった。あとシンプルに、授業のときに邪魔なのだ。かぼちゃは。
「ははは。君は実におもしろいな。私に初対面でツッコミを入れてくるような人間は君で3人目だ」
「そりゃあ、貴女のような方に無謀にもつっかかっていく輩はバケモノか妖怪かのどちらかでしょう。同士があとほかに2人もいるだなんて光栄です」
『ちょっと悠理。さすがにケンカ売りすぎじゃない?』
「おっと、牡丹遊華。いま目線が微小とはいえ俊敏に動いたな。何か指示でも飛ばしたのか?」
「「まじかよ」」
「ははは。本当に会話してたのか? フリのつもりで問いかけたつもりだったんだが、こうもうまくハマるとは。いやはや、こんなに楽しいお話は生まれて初めてだ」
くっ……やられた。
こいつ……純粋に会話を楽しんでやがる。華音からしてみれば、自分の思考力を存分に発揮して会話できる相手というのは、喉から手が出るほど欲しかった物なのかもしれない。しかしできるだけ悪目立ちしたくないオレたちからしてみれば厄介極まれりだ。
「ところで……牡丹竜胆はどこへ行った? あいつも含めて生徒会室に呼ぼうと思っていたのだが」
「竜胆ならもう帰りました。あいつも含めて生徒会室に呼ぶのは難しいかと」
「なるほど? ところで瑠璃悠理。見たところ君たちはいまピンチのようだね。私なら解決することも容易いが……それで手を打ってはくれないかね?」
「……」
難しい判断を迫られたものだ。
見たところ華音は相当にプライドが高い。心理戦うんぬんの前に、できないことをできると豪語するようなタチでもなかろう。しかし心理戦うんぬんの話をするなら、約束を履行してくれる保証などこれっぽっちも……
「結論から言おう。悠理と遊華、それに桜香と竜胆はもとより私が目をつけていた生徒なんだ。藤花学園に招待したのも私だ。もちろん直々に出向いたわけではないがね。――〈拾の掟〉。すでに君たちも知っているだろう? この学園の地上へと通じるエレベーターはいつでも使用可能だ。だが地上に出てしまえば最後、私たちの命はない」
気づいたときには自分でも信じられないほどに瞳孔を開ききっていた。驚いたのだ。よくもまあこんなペラペラと口からデマカセを吐けるものだなと。驚いたのだ。よくもまあ一般人の身でありながら、こちらの立ち位置をこれほどクリアに読みとれたものだなと。華音はすでに、オレたちの出自が日本の根幹を握っていることにさえ気がついている。そうでなくては、こんな話などできるはずもない。
「ちょうど16年前のことだ。君たちはまだ生まれてもいないかもしれないが……【子の神】と呼ばれる神様が、ユーラシア大陸北部の最大都市、カタストロフに現れてね。世界人口の4分の1が犠牲になったのさ。私はやつをなんとしても滅ぼせる知恵を身につけたい、そう思ってここ・藤花学園にやってきた。皆もおかしいと思わないかね? この学園は上空3000mに浮かんでいる。少なくとも現在の人間の知恵ではどう足掻いてもたどり着けない境地だ。ならば神をも穿つ力を、知恵を、携えてるとは思わないかね? 私が悠理たちに目をつけていたのは、彼らの才能に気づいていたからさ。小学校が同じだったものでね。歩く所作・視線の流れ・立ち居振る舞い。これだけでも読みとれることはあまりに多い。私は昔から大の天才だったからね。同等に語り合える人間が欲しかったのさ。神を倒したいという戯言を本気で語り合える、対等な存在をね。まあ今回の試験で思い知らされたわけだがな。彼らは私とは対等になれない。私では、あまりにお粗末が過ぎる……とね」
「……えっ。でも……悠理くんは成績上位者にのっていませんよ……?」
恐れながら、といったふうに華音に問いかけた者がいた。菫子だった。
「たかがテストで測れるものなどそれこそたかが知れている。私が欲しいのは得点マシーンではない。私以上に高次元のレベルで物事を俯瞰できる者との、クリエイティブな会話なんだ」
「じゃあ名字が〈宝石〉の名前と同じなのはどうしてですか? こんな偶然……」
「お前こそ何を言っている、五階堂定知」
「えっ――」
「生徒の顔と名前はすでに全員覚えている。生徒会長として、当然の務めだ」
キリッ!! って感じでこっちを見てくるな。気持ち悪い。
「確かに聞きなじみはないだろう。瑠璃に牡丹。私も多くの識者と幾度となく会話をしてきたが、これらの名字を持つ者にお目にかかったことはほとんどない」
「それなら――」
「しかしゼロというわけじゃない。いまどきAIがいくらでも教えてくれるだろう? 確か現存する瑠璃姓は23人、牡丹姓は47人のはずだ。なんてことはない」
確かにインターネットにはそのように書かれている。しかしこれは対称会がでっちあげたウソだ。実のところは本家・分家以外に瑠璃・牡丹姓を使用する者は存在しない。というか、名乗ることすら許されない。




