2.
ところで、遊華の問いにまだ答えていなかった。
この学園をどう思う――だったか?
「【宝石】の力を使っているのは、まちがいないだろうな」
「――――!?」
いままで大人しくしていた遊華の弟、牡丹竜胆が驚きの眼差しでオレを捉えてくる。無理もない。彼にはまだ、伝えていなかったのだから。
「家のやつらはなんでか知らんが、藤花学園について考える気がさらさらない。どんな学校なのか、誰が創ったのか。考え出したらいよいよキリなんてないってのに、露ほども疑ってかからない。試しに学園について聞いてみたことも何度かあったが、返ってきた言葉はいつも同じだったな。……そんなわけのわからないことを考えてる暇があるなら、働け……だったか?」
不可解なことがあれば、まずは疑問を抱く。そんでもって、真実を掴みとるべく幾重もの策にとりかかる。人間であれば誰しもが経験するはずの営みだ。ましてその不可解が特段意味不明なものであったならなおのこと。なのに誰も…………だれも、だ。創立3000年を誇り、上空3000mに舞う学園。とてもじゃないがホモ・サピエンスの成した所業とは思えない。それなのに、だれもがその事実をあたりまえのように受け入れている。政府さえ、そしてウチの家系でさえ。一般大衆ならなおさらだ。藤花学園の卒業生を「すごい」と宣うことこそあれど、「どうしてそんなに成長できたの?」とか、「そもそもなんでそんな高いトコにあんの?」みたいな、あたりまえといえばあたりまえすぎる疑問に限って、提唱は皆無だった。3000年の歴史を誇るというのは、とどのつまり、科学の〈か〉の字もないような太古の時代から学園ははるか上空に存在してたということなのだ。そもそも3000年というのも実のところ怪しい。もっと昔から存在してたかもしれないし、世界5分前仮説ではないけれど、ごくごく最近生まれた可能性も否定はできない。悲しいかな、呆れるかな、たった今、こんな不思議を正しく不思議に思えていたのはこの世界でおそらく……オレと、遊華と、そして桜香の3人だけだった。
しかしこれは何も竜胆を仲間外れにしたかった、ということではない。それについては姉たる遊華が弁明してくれるとわかってたので、あえて続きは言わないことにした。
「別に今まで竜胆にだけ秘密にしてたわけじゃないんだよ? 藤花学園の起源がなんなのか知りたいよねーって、私と悠理が昔から話してたのは竜胆も知ってるでしょ? この話が出たのは……確か、4年前とかかな。怖くなっちゃってお母さんとお父さんにも話をつけてみたんだけど、訳が分からないって一蹴されちゃって。だからもしかしたら竜胆や桜香ちゃんに言ったとしても不審に思われるだけなんじゃないかなって思って、口に出せないでいたの。でもさ、やっぱり桜香ちゃんにはどうしても伝わっちゃうじゃない? ほら……アレなことですし」
最後まで聞いたあと、竜胆は再度下を向き、そして静かに目を閉じる。相も変わらずなに考えてんのかさっぱり汲みとれない。
まあ返事がないのなら、それ以上の説明は不要だということ。
オレは本筋を語ることにした。
「兎にも角にも、状況が状況だ。一刻も早く力を蓄えておく必要がある。ひとまず学園の調査はあと回し。大人しく学園の指示に従っておくのが無難だろう」
藤花学園を解剖するなら、まずは誰が創ったのかを特定するのが手っとり早い。流石にご存命の創設者にお目にかかれるとも思えないが、それに近しい人間がいる可能性は十二分にある。だが、かといって物事には優先順位というものがある。オレたちがこの学園を訪れた目的は、あくまで、神を討ちとることなのだ。
「【雪柳】を持つ【子の神】は、伯父さんや伯母さんが束になっても歯が立たなかった。【黒曜】と【雪柳】の間には、それだけの差があるってことだ。今のままじゃ、オレたち4人が束になっても勝てると言える保証はない。だからこそ、生徒を異様に成長させるこの学園でオレたちも成長しなくちゃならないんだ。オレたちに何かひとつでも教えられるような人間がいるとはとても思えないが、少なくともウチの家系が代々この学校に通ってきたのには理由があるはず。次に【子の神】が現れて、倒せなくて、昔とちがって引き返してくれることもなかったら、きっと世界は今度こそ滅亡するだろう。なら学園の正体どうこうなんて話はいったん保留にするべきだ。そこにいるのがバケモノだろうが超人だろうが、オレたちがさらなる成長を見込めるなら大歓迎ってことだ」
この世界には、3種類の【宝石】があった。貴族が纏って威厳を示すソレなどでもなければ、婦人が携えて自己肯定感を高めるアレでもない。強いて言うなら、人類に【力】を与えてくれる類だった。
最も【力】を与えてくれないのは、【黒曜】だった。ひし形状にゴツゴツとした石だった。生まれたのが縄文時代だったなら、それこそ、武器にでもなりそうな石だった。漆黒にキラめくその石は、ひとたび呑みこめば瞬く間に左腕に出現し、そして、所有者に莫大な【力】をもたらした。しかしかといって空が飛べるようになるだとか、〈かめはめナントカ波〉が撃てるようになるだとか、そういう特殊な能力が身につくわけでもなかった。ただひたすらに身体能力がよくなって、ついでに頭もよくなる。それだけのことだった。【宝石】が与える【力】とは、物理的説明を求めるのであればただの神経活性だった。言い換えれば、神経が関与するありとあらゆる営みのクオリティは向上するということだった。とはいえ、その効果はあまりに過激的なものだから、素の身体能力が相応に高くなければ身体は耐え切れない……そういうギャンブルティックな側面もあった。
【黒曜】を宿す人間が1人でもいれば、一国家総軍事戦力ほどに価値がある。幾千幾万の銃で撃たれようとすべて的確に避けることができたし、地雷が発動しようと直撃する前に上空に跳んで避けることもできたし、いっそ核でも落とされようなら逆に蹴り返して反撃するだけのパワーと器用さを持ち合わせていた。ゆえにその【力】を存分にお披露目できる機会など、そうそうありはしなかった。




