27.
2062年4月15日。
試験は瞬く間に過ぎ去った。その間、いくつかのクラスでは〈牡丹〉の奪い合いが盛大に行われたそうな。何人かのケガ人が出たという話は幾度となく聞いたわけだが、どうやら死人までは出なかったらしい。一方それと比べて穏やかなニュースも耳に入ってきた。ドコドコ部活に入った者、ナニナニというお店でアルバイトを始めた者、などなど。それはそれはもう、高校生とはかくあるべしなニュースだったので癒された。
『その陸。生徒は民間人と契約を結び、金銭を得てもよい。ただし民間人とトラブルを起こしてはならない。起こした者には、死んでもらう』
Aクラス生徒には各々多少の差こそあれ、おおよそ20万円が各人に振り込まれていた。〈ウォレット〉というアプリを確認してみると、Paid for Aprilという記載とともに振り込まれていた。若干の差がみられるのは、おそらくだが支給金額はSPに依存するからなのだろう。優秀な者ほど好待遇、不出来な者ほど冷待遇。まさしくこの学園が好き好んでいそうなシステムだ。アルバイトを許可する高校は年々増加しているが、それでも受験至上主義を謳う多くの学校ではいまもなお禁止の方針がとられている。そんななかでも藤花がそれを認めてくれているのは、きっとこの学園の卒業生にとっては受験など甚だどうでもよくなってしまうからなのだろう。卒業祝儀という名のチート的特権。これがあればどんな資格さえいともたやすくとれるだろうし、なんなら自分最大の長所を生かした事業で荒稼ぎできるに違いない。それにこの学校では、お金が多い方が優位に立ち回れる。桜香が先日使ったテク、あれが最たる例だ。それらの理由を包括すると、もはやバイトをしてないほうが理由を述べるべきなのでは、って感じなのだった。
もう1つ、学年中で飛び交ったウワサがあった。最初期、各クラスに配布された〈宝石〉ポイントは、どうやらクラスのSP平均を採用してるらしい。たとえばSPが1, 2, 3, 4, 5の5人だけから構成されるHクラスというものがあったとしたらそのクラスが最初に与えられる〈宝石〉ポイントは3になっていた――ビー玉大の〈瑠璃〉1個分だった――ということだ。部活などで生まれたつながりを経て、代々先輩から伝えられてきた情報が瞬く間にオレたちの学年にも伝播したんだろう。どうりでうちのクラスだけ5億ポイントもあったわけだ。オレと遊華――自分で言うのもなんだが、特異点とでも呼ぶべき存在が、それも2人もいるのだ。残る21人のSPなど、あってないように等しいだろう。Aクラスの一般的なSPは、青華中ガールズの先の会話を伺うに、おおよそ30,000といったところか。少なくとも他クラスが保有する〈宝石〉ポイントは、それ以下程度に収まってるに違いない。
ゆえに現在のAクラスは、高々数百数千数万を争う他クラスとは比べ物にならないほど、〈宝石ゲーム〉において安全圏に位置することになる。とはいえ一概に安心安全とは言えないところがこのゲームの魅力だろう。先日〈宝石〉が盗まれたそのときに、Aには特段価値の高い〈宝石〉があると、すでにG7クラスの連中には広まってしまっているはず。情報が全クラスに流布するのはもはや時間の問題だろう。ここから蓮杜や琳がどのように対処していくのか、まさに見物と言ったところだ。
悩ましいのは、SP平均で最初に割り当てられる〈宝石〉ポイントが決まったという話を聞いたAクラス生徒が、果たしてどれだけオレたちの存在に気づくのか――ということだった。オレたちが最初に支給された〈牡丹〉の宝石がおおよそ5億であったという事実は、裏を返せばこの教室のSP平均が5億であることを意味するわけなのだから。特段SPの高い蓮杜や琳であっても十万足らずだというのに、クラス平均で5億近いポイントを獲得するんだとしたら、それはそれはもう途方もないケタのSPを所有する者が、この教室にはいるはずなのである。いったいだれなんだろう。そんなふうに考えだすのは、多少の知性が備わった〈名門十選〉たちの集まるAクラスではもはや必至の結末だった。
とはいえまあ、探すまでもなく犯人が明らかになってしまうのは、これまた事実だった。
初日の授業が終わったのち、試験結果が開示された。最後の授業が終わったと同時に〈成績表〉というアプリから通知が届いた。1年生から3年生までの全員の結果が、丸裸となった。
1位 1年 牡丹遊華 21,834点
2位 1年 瑠璃桜香 18,389点
3位 1年 牡丹竜胆 18,001点
4位 3年 御影華音 9,034点
5位 3年 一ノ瀬美桜 6,245点
6位 3年 榊原結衣 6,543点
7位 3年 海菜々星 5,488点
8位 3年 天野白蓮 5,390点
9位 3年 真希唯凪 5,385点
10位 2年 九条玲凰 4,992点
……ですよね。
試験内容は1年生から3年生まで、まるっきり同じだった。つまりこの学園においては、テストの好敵手は同学年にはとどまらない。
テストが始まる前、遊華たちと、手をぬいたほうがいいのでは? ――という話をしなかったわけでは断じてない。しかしもれなく全員から却下された。竜胆とはお話さえ叶わなかったが、まあそれはそれとして。
とはいえ、説得するつもりはもとよりそれほどなかった。筆記試験では当然カンニングすることなどできず、実技試験は生徒と先生のマンツーマン形式であるため特別高得点を取ったとしてもズルなどできるはずもない。周りからどうこう言われようとも実力なのだからしょうがない。周りからかけられるだろう嫌疑の目に耐えられさえするのなら、別に構わないという判断だった。されど心地いい気分になる可能性は、これっぽちも思い浮かばなかった。現にクラスメイトのほとんどが、声を一切あげることなくこちらを見据え始める。正確に言えば、驚きのあまり声が出なかった……ということなのかもしれないが。きっと他のクラス、延いては他校舎にいる他学年でも似たような光景が目撃できるにちがいない。入学したての1年生が全学年統一テストで上位3名を独占した? いったいどこのどいつだ、そんなありもしない脚本を描いたやつは……的な。
『ほら言っただろ。どうしてくれるんだ、この空気』
『無視するだけでしょう。というか今日は兄さま方の誕生日ではないですか。さっさと帰りません?』
『目線だけで会話するのって便利だけど、まさかこんな状況で役に立ってしまうとは』
『想定外ってわけでもないだろ、遊華。蓮杜あたりに目をつけられたらどうすんだ。もちろん弁明は考えてるんだろうな?』
『んーにゃ? 助けてくださいな、愛しのダーリン様ぁ』
『ウソだろおい……』
『兄さまが気にしすぎなのでは? 〈これが私たちの実力です〉と言って事足りる話でしょう。もっとシンプルに行きましょう、シンプルに』
『お前それギャグで言ってるのか、それともガチで言ってんのか。後者なら相当な重症だぞ』
『失敬な。私がギャグなど抜かすはずもないでしょうに』
『そうか。あとで病院の招待状を書いてやるからな』
『ところで悠理さん……? なにやら後ろのほうから、足音がしてやいませんか?』
遊華に聞かれて、視野の意識を広く持つ。遊華の背後からゆっくりと歩みを進めるその男は、なんというか、シンプルに言うと、とても怖い目つきをしていた。蓮杜だった。
「なあ遊華ちゃん。桜香ちゃん。ちょっといいか?」
『ほらぁぁぁぁぁぁぁ』




