25.
……?
なんだ?
物理的に跳ねたのか? わからない。全身の神経をより一層研ぎ澄ませる。これまで以上に、入念に。
何も起きない。
再度、手を伸ばして試みる。
――ドクッ。
…………。
わからない。
この感情が芽生えてから、いつだってそうだ。
物理では、合理では、説明しえない現象がことごとく起きる。
『男女でお風呂に入らないでしょ』
……か。
なるほど、そういうことなのか。
いまさらながら、改めて思う。
きっとこの感情は。人間ならば、生命ならば、だれしもが運命づけられている営みなんだろう。
鼻腔をくすぐるは侵略すること火のごとく、触れるが肌は疼くこと右腕のごとく。自分が自分じゃなくなってしまったみたいに、何か膨大なエネルギーに飲み込まれて身体が制御しきれない。
世界の雑音が消えていく。まるでオレたちだけが切りとられてしまったかのような。零れ落ちてしまったかのような。静かな錯覚がゆっくりと、されど妥協を許すことなくじんわりと、それはもうじんわりと溶けていく。
「ねえ、ページをめくる音がさっきから聞こえてこないんですけど」
ぱっと翻ってじっくりと下からのぞきこんでくる遊華。若干の威圧を込めて伺ってくれてるのかもしれないが、こちらとしてはどちらかというとキュンキュンで心臓に悪い。あっつい顔を冷ましてやろうと目をそらしたい気持ちが半分、謎の魔力で逃れられない気持ちが半分と言ったところだ。
結局、オレの気持ちはやはり後者が勝つこととなった。
「少し考え事をしててな」
などと言ってはみるものの、言い訳がいまのところ思いついていない。まずい。
「考え事?」
「もしまた【子の神】が地球に現れたとして、オレたちは勝てるのか、そう思ってな」
我ながら、よくぞこのわずかな時間にトピックを思いついたものだと、心の中で自分を抱きしめる。恋心がバレないような話題としては、極めてベストな判断だったろう。。
「私たちも一応、【宝石】の使い方もそこそこうまくなったとは思うんだけどね」
「如何せんオレたちが生まれたばかりの出来事だからな。直接目で見れなかったのが実に口惜しい」
「何回頼んでもみんな協力してくれないしね」
「ああ……」
オレと遊華はここ数年で本当に強くなった、と思う。指輪も構築した。
数年前、気づいたことがある。オレたちは【瑠璃】の宝石を、そして【牡丹】の宝石を、まったくもって使いこなせてないということだ。【黒曜】より優秀なはずなのに、どこか燻る自分がいる。光輝くのではなく、土ぼこりがついたような鈍色を帯びているのはきっと、偶然などではない。
いろいろ研究した矢先、たどりついたのが花の力だった。文字通り瑠璃唐草と牡丹の色素を抽出し、ガムダと呼ばれる特殊な金属と配合させることでその真価を発揮する。そして詠唱することで、【宝石】の力を抽出することができるようになった。修行を重ねて手数も増えていった。ならば試さなくては。
簡単な話だ。実際に【子の神】と相対した人間が、対称会には10人残っている。実戦形式で実力を測ってもらえばいい。
……はずなんだが。
彼らはオレたちと戦うことを頑なに拒んだ。ただただオレたちのことが嫌いだからダメなのか、現党首から従わないよう指示が入っているからなのか。真なるところは定かではないのだが、まずまちがいなかったのは、オレはあいつらが大嫌いだということだった。
対称会という存在自体がそもそもイレギュラーだというのに。どうしてたまたま特殊な【宝石】を宿しただけでこんなにも虐げられなければならないのか。律儀に【拾の掟】に従っているところも嫌いだ。あんな大昔につくられた掟など、いっそのことみんな揃って破ってしまえばいい。赤信号を渡る要領でな。
オレは遊華と付き合いたい。オレは遊華と一生を歩んで生きたい。どうして、実の妹――桜香と、イヤイヤその道を歩かなければならないのだ。別に桜香が嫌いだというのではない。自然の摂理、生き物の摂理なのだ。血のつながりが近い個体には、恋慕の情など抱くはずもない。
「どうしてオレたちばかりこんなに苦しまなきゃならないんだろうな。できることなら、もっと自由に生きていたい」
だがそれはできない。言いながら、そう思う。
【拾の掟】で殺されるのは、おきて破りの者だけにはとどまらない。藤花学園の〈拾の掟〉と決定的にちがうところだった。
『万が一破られたなら、対称会は瞬く間に破滅を余儀なくされるだろう』
できるものならやってみろ。そんなふうに豪語してみたかったのはなにも、今に限った話ではない。けれどもし万が一、この掟の主張するところがそれこそ〈ウソ〉などではなかったとして、何者かが対称会を滅ぼそうとするのなら、そしてその敵が、いまのオレでさえも叶わない相手だったなら、オレだけじゃない。きょうだいも、竜胆も、そして遊華さえ消えてなくなってしまうかもしれない。
少なくともオレには、それだけの勇気と責任を担うことができなかった。
「じゃあさ」
突然漫画を机に置いて、両手を恋人様に掴んできた遊華。
肩を引き締める要領で、オレたちは胸元で、両手を握り合う。
さっきまで至近距離にあった彼女の表情は、いまやくっつく寸前ともいうべき目の前にある。
彼女はまるで、母親が子をなだめるような笑みを浮かべて、そしてこう、言ってのけた。
「一緒に、自由に生きちゃう?」




