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サイエンスの宝石  作者: はましょ。
壱_慟哭
22/57

21.

 風は突発的なものだったらしい。すぐに凪いだ。

「取ってこようか? ヘアゴム」

「ん? あっいいよ。私がとってくるから。ちょっとまってて」

「ん」


 そう頷いた途端、彼女は、()()()


 山でさえひとっ跳びできてしまいそうなほどに、高く舞い上がった。

 どうやら1回目のジャンプのみでヘアゴムを完全に捉えきれたらしい。

 あとはいったん着地して、再度逆方向にジャンプでもしさえすれば、すぐに戻ってこれる。

 しかし彼女は、()()()()()()()


 彼女の左手人差し指で、牡丹色の指輪がキラリと瞬いた。


「牡丹のうた ろ長調 かがや


 彼女がそう口ずさんだのを、オレは耳にした。

 常人では到底聞こえないはずのその距離を経て、確かに耳にした。

 突如、はるか彼方にいる遊華の前方に深紅に瞬く()()が現れた。

 立方体ではない。カベのように地面と垂直に広がる正方形の平面だった。

 遊華はそこに足をつき、文字通り壁キックの要領でこちらへ一気に飛んでくる。


 この間、わずか10秒の出来事だった。


「ただいま」

「おかえり」

 特段何もなかったように、オレたちはふたたび歩み始める。いや、それは正確な表現じゃない。オレたちにとっては、これがふつうなのだ。

 そんなふつうが今、この学園ではあたりまえのように起きている。

 ()()()()【宝石】を使ってるとしか思えない、壊された天井を修復するスピード。明らかに【宝石】を使ってるとしか思えない慈共寺浮那葉の洗練された立ち居振る舞い。そのほかにも、数えきれないほど多くのところで【宝石】を使ったにちがいない痕跡をとらえることができていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()にちがいないことを、如実に物語っていた。そもそも地球上の人間で、【宝石】を使いこなすことができた家系はオレたち()()()しかいないはずなのだ。いままでは【宝石】以外の力を使っている可能性も否定しきれずにいたが、実際に足を運んでみて、【宝石】を使っているのはまちがいないと。それについては断言できた。

「うっ……。久々に【()()】を使ったからかな? なんかちょっと、かゆいかも」

「本当か? とうとう遊華にも」

「ねえちょっと。なんかちょっと嬉しそうなのやめてくれない? ムカつく」

「はは。悪い悪い」

 つい最近、オレの左腕に宿る青の石――【()()】が、異変をきたし始めた。今までまるでたったいま土から掘り起こされたばかりなんですとでも言わんばかりの鈍色を宿していたにもかかわらず、数か月くらい前から、ほんのわずかながら、青く発光しはじめた。加えてもう1つ、【瑠璃】の周囲がわずかながらかゆみをまとい始めた。いずれもふだん生活してる分にはなんら困るような影響ではない、はさすがに言い過ぎか。光ってるせいで今までよりも大分ぶ厚めに包帯を巻かなくてはいけなくなったし、かゆいのはシンプルにムカつくのだ。しかし寝るときに比べたらささいやチョコレートだった。部屋の中を真っ暗にしても微妙に光ってやがるし、布団にこすれるせいで日中よりも余計にかゆさを感じるしで、今もなお本当に苦労させられている。

「まあ……それはいいとして。……いくらなんでもさ~あ、あからさますぎるよね。藤花学園は、さ」

「……ああ。あまりにも構造が()()()()()()。オレたちの……()()()と……」

「〈拾の掟〉といい、〈宝石〉といい……ね」


 ――――――対称会。


 日本社会を裏から牛耳る二族の共同体。

 起源はおよそ3000年前まで遡る。無論これが正しい数字とは限らない。わかっているのは、少なくともこの間、二族は一度たりともその血脈を絶やすことなく繁栄を保ち続けてきたということだ。

 対称会には、2つの派閥があった。

 制度と経済を支配する【瑠璃之対称会るりのたいしょうかい】。そして、世論と外交を支配する【牡丹之対称会ぼたんのたいしょうかい】。

 両者はもとから独立していたのか、それとも元は1つの組織だったのか、これについては定かではない。しかし確かに、強靭な肉体とその身に宿した【宝石】の力を持って長らく日本の根幹を担い続けてきた二族だった。

 【宝石】自体はもともと対称会が作り出したものなのではない。飲み込んで、身体が耐え切れさえすれば、だれでも恩恵を受けることができた。言わば地球がもたらした神のごとき産物だった。

 しかし、だ。その、()()()()()()()()()()()という条件が唯一にして最大の山場だった。ほとんどの人間が、飲み込もうとも耐え切れない。体はみるみるうちに膨れ上がり、やがて、爆発とともに息の根が尽きる。そこに残るのは焼け炭と、骨と、そして、まるで人間が砕け散ったことなどどうでもいいとでも言わんばかりに、一切のキズさえみせることなくただただ無造作に地面に転がった【宝石】のみだった。

 しかし、だ。対称会の人間は、一般人とは大きく一線を画していた。生まれたときから備わる強靭な肉体なおかげなのか知らないが、ことごとく【宝石】を掌握して見せた。だれもがその力を身に宿すことに成功した。だからこそ日本の中心を担えた。3000年ものあいだ崩御することなく、組織の威厳と効力を保ち続けることができた。

 【宝石】にはぜんぶで3つの種類があった。漆黒に輝く【黒曜】、雪のごとく瞬く【雪柳】、太陽のごとく燃える【山吹】。【山吹】が最も強い力を有し、【黒曜】が最も弱い。対称会の人間が【宝石】の器となれたとは言ったが、それはあくまで【黒曜】が限界で、残る2つを飲み込んだ者はみな消えて亡くなってしまったという。【雪柳】と【山吹】は、あまりに力が強すぎたのだ。

 驚くべきは、対称会の人間には【黒曜】を()()()()()能力が備わっていたことだった。いや、そもそも【黒曜】をもつ者同士て《《子どもを作ること》》自体がイレギュラーだったわけなので、一概に言うことはできないのだが、いずれにしても生まれてくる子どもは誰ひとり例外なく、()()()()()()()宿()()()()()。無論左腕に、である。

 だから対称会は、【拾の掟】を作り上げた。なんのためにかって? 簡単な話だ。ただでさえ神のごとき力を施してもらえる【黒曜】。これに耐えられる器。それを保有するに飽き足らず、【黒曜】を生まれながらにして携える子孫を残せる器。意味するところは簡単だ。対称会の人間同士が子どもを産めば産むほどに、【黒曜】を増やすことができる。およそ生命倫理の欠片もないように思えてならないが、生存戦略としてはきわめて合理的な思考論だった。

 だから対称会は【拾の掟】を作り上げた。どういう中身かって? 簡単な話だ。対称会がもつ遺伝子を、()()()()()()()()()だ。強靭な肉体をつくりあげる遺伝子が他の一族に漏れ出してしまうと、いずれ誰もが【黒曜】を宿せるようになってしまうかもしれないし、なにより遺伝子そのものの価値が失われることになる。

 対称会のご先祖さまたちは、憐れにも、それを恐れた。


 …………そう。


 ――――――それは、究極的な近親相姦を確立させるための戒めであった。

 


 

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