17.
ULEDというのは、現代においてもっともメジャーな電気の種類の1つだった。LEDという名前で数十年前に使われるようになり、その後さまざまな進化を経てこのような名前になった。もちろん、進化したのは名前だけではない。
「それはアレだろ。昨日G7の連中が天井を突き破ったからだろ?」
「いやいやまさか。定知くんアホなの? 見てよこれ。電気の殻が破られてるのはこの教室に付いてる電気の全部だよ。わざわざ天井ぜんぶぶっ壊すわけないでしょ? 百歩譲って爆弾だのなんだので破壊したってんなら理解できなくもないけど、たった数時間でそんなの作れるわけ――」
「おや? Aクラスにしてはやけに騒がしいな? まもなくテストが始まるぞ? 準備はできてるのか」
「「「…………」」」
明らかに知らない人間がいきなり教室に堂々と、それもいろいろとツッコミどころの多い格好をして教室の中に入ってきたのでクラスは一丸となって硬直する。
「ん? どうした。そんな変な目で見られても、私は困るだけだぞ」
「えっと……。先生、ですか?」
「その通りだ。こんなにイロドリミドリに汚れた白衣をまとう金髪の女。見るからに、社会に揉まれた若年理科教師そのものだろう?」
「いやその……てっきり慈共寺先生が来るものだと思っていたので、まさかこう……なんというか、こんな美人がやってくるとは」
「あぁなるほど。あのおっちゃんは存外、忙しいからな。基本的に、Aクラスの生徒は私が見ることになっている。あはは」
……なんだ、こいつは。
慈共寺のような異質さはまるで見いだせない。一般人だろうか? とはいえ不思議ではない。実際、昨日受付カウンターにいたスタッフの人たちもどこにでもいそうな一般人のように見えた。瑠璃家ですら聞いたことのない話だが、職員やスタッフはどこからか雇っていたりでもするのだろうか?
オレたちに教育するのが、一般人?
ふざけてるのか?
藤花学園はいったい、何を考えている?
「先生の名前はなんていうんですか」
菫子だった。
「私か? 私は姫坐耶羽那葉。羽那葉先生と、気軽に呼んでくれたまえ」
えっへん――それはそれはもう自信満々なご様子で、羽那葉は左手をグーにして胸元をたたいてみせる。
「じゃあ早速……羽那葉先生。あの、私たちのクラスで起きた昨日の事件のことについて、何か知ってたりしますか?」
「あ? ああ……。G7の生徒が天井ド突き破ったって話か。バカなことをするもんだよなぁ、まったく。ん、でもあれについては一応、メールで状況説明がなされたはずだが」
「それはそうなんですけど……この青い宝石――〈瑠璃〉、って言うんですよね? これのおかげで私たちのクラスポイントがなんというか……逆に増えちゃったんです。別にイヤとかじゃなくて、どころかふつうにうれしいんですけど……なんでわざわざ、学園はこんなのくれたりしたんですか? 私たちは被害者かもしれないですけど、かといって何かに貢献したわけでもないのに……」
「ん? 別に学園は〈不正〉されたクラスにお詫びの品をくれてやるような真似はしてないぞ。〈不正〉したクラスに罰を与えることはあってもな。このクラスの誰かがそれを発見して、ここに置いたんじゃないのか?」
「えっ――――」
教卓の周りに集まっていた生徒だけでなく、自分の席に落ち着いて勉強するなりなんなりしていた生徒たちも顔をあげて、そして、あたりをキョロキョロとし始めた。それらの視線が内包していたのは、『クラスに貢献してくれてありがとう』という、感謝の念というよりもむしろ――『いったい誰がやったんだ。抜け駆けしたんだ』という、嫌悪の念を含んだ犯人探しに近かった。
それもそのはずだろう。〈瑠璃〉を見つけたということは、すなわちその男――あるいは女――は、まだクラスのだれも知らないはずの〈瑠璃〉のありかを知っているということだ。見つけたときにクラスチャットで報告するべきじゃないのか。そうすればみんなが〈瑠璃〉の居場所を想像しやすくなって、より優位に立ち回れるようになるはずなんじゃないのか。逆に報告しなかったってことは……なんかわからないけど、ちょっと怪しい。いや怪しすぎる。ここはAクラスだから裏切られるようなことはほとんどないけど、もし万が一危うくなったときにそいつが敵にまわりでもしたら……的な具合に焦ってる感じだろうか。気持ちは十二分に理解できた。
「とりあえず全員、席についてくれたまえ。テストを行わなければならないのでな」
しかし悲しいかな、無情にもこれ以上詮索する猶予は与えられなかった。この女教師なら多少歯向かってテストの開始時間を先延ばしにしてくれそうな気もしなくもないが、学園にはまだオレたちの知らない〈不正〉というルールがあると図らずも知ってしまった以上、迂闊な行動は慎むしかないと、聡明なAクラスの連中はきちんと理解していた。話し合いは、テストが終わったあとにゆっくりと話すことにしよう。蓮杜の指示が引き金となって、皆、広々とした自分の席に何か腑に落ちないといった顔を残しつつも素直に落ち着いてくれた。
そして昼休みになった。テストに自信のある者たちは永遠、討論に明け暮れていたみたいだった。無論、テストの内容のことではない。教卓で輝く、〈瑠璃〉と〈牡丹〉についてだ。しかし一方で、テストに自信がない者たちは黙々と勉強しているみたいだった。もちろん、ご飯を食べながら。
オレと遊華、桜香は(正確には竜胆もなのだが)、特段、何をしゃべるわけでもなく、黙々と自前で用意し弁当にありつきながらスマートフォンで動画を見るなりなんなりするだけだった。しゃべりたいのは山々なのだが、如何せん、余計なことを口走ってしまう気がしてならなかったからだ。自制していた。
そのとき、近くで1つの机にたむろしていたガールズグループから、意外にも面白いトピックが耳に入ってきた。あの席は……菫子か。
「ねぇねぇ。みんなってさぁ、SPいくつなの?」
「ええ~。それ聞いちゃうの~?」
「別にいいじゃんっ。聞かれて減るようなもんでもないし。体重みたいにさっ」
「うるさー! 私の前で体重の話するの、金輪際やめてもらえる? 呪うよ?」
「えっ、もしかしてマジで怒ってる? やめてよ、ガチで笑っちゃう」
……。
せっかく耳を傾けたのに……こう、なんといいますか……一瞬で話が逸れるのはやめていただけませんかね? さっさとSPの話をしてはくれませんかね? ――なんてことを考えているうちに、女子Sの会話はどんどん、それはもうどんどん体重の話へとシフトしていく。現代っ子がああなのか、はたまた、年頃の女はいつの時代もああなのか……わからない。
「兄さま。顔に出ていますよ」
そんなふうに内心イヤになっていたところで、斜めうしろにいる桜香から指摘が入ってしまった。
「まじ?」
「うーーーーーん。まじだと思うなっ、私はっ!」
遊華が言うならまじなんだろう。オレはまもなく16を迎えるというのに、いまだにそんな程度の制御もままなっていないのか。少し、とてもつらい。
「――って、そんな話はどうだっていいのよ! 私はSPの話がしたいの! だってさ、宝石ゲームに意識向きすぎててそういえば忘れてたんだけど、私たちがやらなきゃなことってもう1つあるじゃない? SPをGPまで引き上げること。もし仮にウチらのクラスがこのまま1位をキープして、消滅せずに済んだとしても、これを達成できなかったら卒業できないわけじゃん? そこで思ったのよ、私。GPを超えた人は、まだ超えてない人を助けるの。それこそ、勉強教えてあげるとかね。みんな一丸となって協力してけば、ワリと簡単に乗り越えられると思わない!?」
「たしかに……天才かよっ、金木犀!」
「だからぁ!!! 下の名前で呼ぶのやめろっつってんでしょー! つーか、あんた1番バカそうじゃん。教えてくれたっていいでしょ」
「もちろん構わねぇぜ。私のSPは51,000だ。GPは78,000」
いやおい、そんな簡単に自分の情報をばらまく奴があるか。せめてもっと声のトーンを落としたらどうなんだ。
なんてツッコミが脳裏をよぎるが、よくよく考えてみるとオレにそんなことを言える資格など欠片もないことに気がついた。なんせ昨日、男を金と色欲でたぶらかし、強引に遊華の仮説を証明してみせたあの瑠璃桜香の兄なのだやばさのベクトルがちがうのは明白だが、ともあれ頭のバグってる具合で言ったらよほどこっちのほうがひどいにちがいない。
そんな風に考えていたとき、偶然だろうか、斜め後ろから突き刺さるようなオーラが放たれ出した気がした。いやこれはまちがいなく偶然ではない。怖いので、無視する形で菫子の机に意識を向け直す。一切のためらいなく自分のSPとGPを開示してきた女の子を見て、一同はこう言った。
「「「う、うおぉぉぉぉ……」」」
なんとも残念な心地の感嘆だった。こいつは絶対バカだろ。そんなふうに下に見ていた人間が思っていたより優秀で、〈なんでこんなやつが私なんかより〉みたいな醜悪な心が芽生えてしまうのは人間あるあるだった。間の抜けた感嘆が、そこまで負の感情を伴ってるわけではないにせよ、女子Sのはかなくも憐れな心の内を無情にも物語っていた。




