16.
「なっ……なあ」
最初に切り出したのは定知だった。昨日、蓮杜相手にも怖気づくことなく物申した男子だ。
「どうなってんだ……まじでこれ」
「わっかんない。私ももう、頭がパニクりすぎてテストどころじゃない……」
「慈共寺先生……だっけか? たぶん間もなく来るよな? 聞いてみないか? なにがあったのか」
「どうだろうね……。あの人、なぁんにも答えてくれなそうな顔してたし。てか目、見えてるのかな。見るからに視力とかゼロそうだったよね」
定知と菫子から繰り広げられる雑談を傍目に、蓮杜は下あごに手を当ててじっくりと考え込んでいた。オレたちが教室にいるのにはすでに気がついているだろう。入った瞬間にこちらを捉えていた。とはいっても、正確に言うならオレ以外の3人を捉えていた、わけであるのだが。ひと悶着あった竜胆、圧倒した遊華、そしてドン引きさせた桜香だ。確か彼は〈名門十選〉の中でも最高峰の光華学園出身だったか。それによって生まれたプライドが、また手を借りるのはお断りとでも告げているのかもしれない。
蓮杜がわずかながら視線をずらしたので、つられてオレもその先にあった物を捉える。教卓に置かれた〈宝石〉の中でも、昨日まではお目にかかることのできなかった大小さまざまな〈瑠璃〉だった。
「この青いやつは……〈瑠璃〉の宝石、ってことであってるのか? 昨日もチャットで散々話したことだが……俺たちのポイントは、いま……50億ポイントになってる。間違いなく、この青い〈宝石〉のおかげだろ。ちっさいやつからかぼちゃ 大のやつまでさまざまだ。特に大きい〈瑠璃〉の宝石が全部あわせて……30個。もともとあった〈牡丹〉は1つあたま1億ポイントで……たしか、同じサイズなら〈瑠璃〉は〈牡丹〉よりも1.5倍の価値があるんだったよな? 計算が正しければこの〈瑠璃〉は1つあたま1.5億。30個で、45億ポイント。〈牡丹〉の5億と足し合わせれば……計50億。一応、計算は合ってるってわけだ」
「でもさぁ……結局、教室には入られちゃったわけだよね? 他の生徒にさ。やっぱり、学生寮で保管してた方が安全なんじゃないかなぁ」
菫子が不安になる気持ちも十分、理解できる。桜香の実験で分かったのは、あくまで〈宝石〉を教卓においておけば、トビラにはロックがかかること。そしてAの生徒がトビラを開け閉めしている間は他の生徒は侵入できないこと。この2点だけだ。現にG7の連中は強引に天井を突き抜けて、一時的にとはいえ〈牡丹〉の盗み出しに成功してみせた。ルール違反にはなってしまったが、重要な事実を示唆することにはなった。完全無欠の防御が構築されているのは、トビラだけだということだ。
「あっ、遊華ちゃん来てるじゃんっ! おはよう」
「おはよ~」
「今の話、聞いてた?」
「うん。聞こえてたよ」
「遊華ちゃんは、それでも教室で保管した方がいいと思う? やっぱりちょっと危険じゃない?」
「う~ん。そうだね……。正直にいうと、今のところは何とも言いがたいかも。まさか天井を素手で突き破ったわけもないだろうから、たぶん、この学園には天井を突き破る方法が用意されてたってことだよね? ふつうにそんなの初耳だったし、なのに天井を突き破ったら〈不正〉って見なされちゃうのも初耳だった。わからないことが多すぎて困っちゃったよ。ねぇ、蓮杜くんはどう思う? 教室じゃなくて、お家に持ち帰って保管したほうがいいと思う?」
「俺?」
「うん。俺」
遊華は、今回は自分の考えを言わなかった。無論、彼女が〈困っちゃってる〉はずもなかった。それは、彼女がよくやるやり口だった。もっと正確に言えば、牡丹家が好むやり口だった。
自分の能力を誇示するよりも、相手の成長を促すスタイル。なにも自分たちだけが栄誉を独占する必要はない。
牡丹家はそういう、言わば〈和をもって貴しとなす〉な一族だった。調和を重んじ、自らは影に徹することで、世界の発展に寄与していく。悪く言うなら、なにより狡猾な一族でもあった。誰より能力がありながら、それを決して他人に見せることはない。責任から逃れるための、究極的な社交術だった。
その意味で、蓮杜はこの上なくいい素材となるだろう。素の才能は申し分なし。意欲もある。多少短気な側面もあるが、相手の理屈にきちんと筋が通っていればある程度従ってやることもできる。昨日遊華に見せた態度がまさにそれだった。
「いや、これからも教室で保管するべきだろうな」
「……どうして?」
「『3人の生徒は〈不正〉を犯した』。学園から送られてきたメールは、そう言っていたな」
「そうだね」
「そんなルールがあるなんて、俺たちはまったく知らなかった。現状、〈拾の掟〉以外のルールは一切、明かされてないんだからな」
「たしかに」
「つまり、だ。学園には、今はまだ明かされてないだけで、〈拾の掟〉以外にもルールがあるってことだ。今回で言えば、教室を突き破ったりして無理やり他クラスに侵入するのは禁忌だった。でも逆に言えば、これは教室に〈宝石〉を置くのが正攻法だと学園側からお達しがあったようなもんだろ。学園が規則で守ってくれるわけだからな。最強だ」
蓮杜の推理は及第点だった。一介の高校生にしては十分すぎるくらいだが、やはりまだ粗い。おそらく、ルールの真なるところはもっと深いだろう。学園が今回守ってくれたのは何も〈建物をぶっ壊したから〉とかではない。この学園なら天井のひとつやふたつ壊されたところで、どうせ瞬時に修復できる。教卓に宝石があるのに破壊したことが問題だった。〈宝石ゲーム〉を成り立たせるのに、不可欠な要素だからだ。
とはいえ……そのあとの蓮杜の説明は、実に見事なものだった。
「多分こういう隠されたルールが他にいくつもあるんだろう。俺たちは日々の生活の中で、絶えず実験することが求められてる。これをやったらセーフで、それをやったらアウト。アウトならアウトで、どのくらい看過されないアウトなのか。罰の重さから見極める。線引きをクリアに捉えられるほど、見つけたルールが多ければ多いほど、このゲームにおいて有利に立ち回れるんだ」
「なるほど……。流石だね、蓮くんっ」
いや、嘘つけ。
身振り手振りで驚きをかわいらしく表現する遊華を見て、蓮杜はご満悦。菫子を含む大勢のクラスメイトが「おお~」と拍手で褒めたたえていた。
まんまと遊華の策に嵌められた形だ。今回の場合はWin-Winなのでいいのだが、もう少し相手の真意を読みとれなければ蓮杜はいつか痛い目を見ることになる。
「じゃあさ~。この青い〈宝石〉はなんなのぉ~? まさか学園が私たちに気を使ってお見舞いをくれた、な~んてことないよねぇ?」
星羅だった。自分の席にゆったりと腰をおろしてはいるものの、気品ある背筋と所作で、また、相も変わらず生意気な口調で蓮杜に話しかける。
「そんな甘い学校じゃ……ないだろうな」
「もしかしてさぁ。上の電気と関係してたりするのかなぁ?」
星羅は人差し指を天井にかかげた。その所作に釣られて、ほとんどの生徒の視線が、そこにあるだろう〈蛍光灯〉に吸い寄せられた。
「電気?」
「えぇ~。気づいてなかったのぉ? 昨日までの古臭い電気じゃなくなってる。蛍光灯……って言うんだっけ? 昔、何十年も前に使われてたやつだよね? なんでこの学校にあるんだろ~ってずっと疑問だったのに、見てよこれ。実際には蛍光灯なんてそもそもなくて、ULEDを蛍光灯に見せかけるための殻だったんだよ。それがほらっ。今はもう、全部破られてる」




