12.
――――パチッ、パチッ、パチパチパチ。
拍手喝采が巻き起こった。
単なる遊華の熱弁に対する称賛ではなかった。心の底から納得できた、ありがとう。そんな熱気を帯びていた。
しかし悲しいかな、感動するにしては時期尚早にもほどがある。
いま遊華が言ってみせたのは、あくまで無限に積み重ねた果てにある仮説でしかない。実際に検証してみなくては、なんの意味も価値もない。
このあまりに愚かな教室の空気をいったんリセットするべく、オレ自身も少し介入してやる必要があるだろうか……そんなふうに逡巡を積み重ねていたそのとき、意外なる人物が手を挙げて、と同時に許可されるのを待つこともなく語り始めた。
「大変恐縮ながら、少しいいでしょうか。まるでみなさん、もうすでに遊華さんの推理がすごい、正しいと信じ切ったご様子ですが、まだそうと決まったわけではありませんよね? 拍手するのがいくらなんでも早すぎます。心酔するのは構いませんが、せめてそれなら彼女の言ったことが真実だと証明されてからにするべきでは?」
桜香だった。我が愛しの妹である。
なんというか、相も変わらずな暴言っぷりである。先生がいないところでは平気で暴言を吐く優等生。そんな構図が一瞬で完成した瞬間だった。遊華に対する敵意などこれっぽっちもないだろうが、きっとクラスの大半が〈あっ。この人は遊華ちゃん
にやきもち焼いてるんだろうな〉と、内心憐れんだにちがいない。
「桜香ちゃんの言う通りだね。早速なんだけど蓮杜くん。ちょっとソレ、持ち上げてもらってもいいかな?」
ソレとはもちろん、教卓の上に粗雑に置かれた、かぼちゃ大〈牡丹〉のことだった。
「……ああ」
見た目は完全にガラス細工だが、わずかに光の屈折率がおかしい。少なくとも、ガラスオンリーで作られたわけではなさそうだ。
「みんな、〈ランキング〉で私たちAクラスのポイントを確認してもらってもいいかな?」
今までのくだりで頭が完全に受付モードになっていたのか、皆、少しあたふたとした様子で自分のスマホを触り始める。
「あれ? 4億ポイントになってる」
「さっきまで4.9億近くあったよね?」
「5個の〈牡丹〉のうちの1つを……蓮杜くんが手で持ってるから……ってこと?」
流石にここまでお膳立てしてくれれば、有象無象であったとしてもそのカラクリに気づく。
「さっき蓮杜くんは〈宝石〉を教室の外に出したら所有権がなくなるって言ってくれたけど、実際にはちょっとだけ違うみたいだね。教卓の上。それが保有の条件みたい」
この事実は、教卓に〈宝石〉が置かれることでトビラにロックがかかる仮説ともうまく対応していた。もっとも、そのことに現時点で気づけた者がどれだけいたか、定かではない、ものの。
「そうですね。と同時に、もう1つわかったことがあります。私たちのポイントが0.9億低下したということは、すなわち蓮杜さんの持つ〈牡丹〉のみが他より0.1億だけ価値が低いということです。そして見たところ、その〈牡丹〉だけがわずかながらサイズが小さいように思えます。きっと、サイズに比例して〈宝石〉の価値も上がる仕組みなんでしょう。『基本的に、〈牡丹〉は2ポイント。〈瑠璃〉は3ポイント』……でしたか。掟・その伍に従えば、同サイズなら、〈瑠璃〉は〈牡丹〉に比べて1.5倍高い値がつくのでしょうね。〈瑠璃〉がどこで入手できるのか、それについては今のところ定かではありませんが」
桜香は〈宝石〉の価値まで丁寧に解説してくれた。おっしゃる通りだった。が、……
「えっ……ほんとなの、それ」
「ぜんぜん同じサイズに見えるんだけど……」
「私、一応、視力0.8はあるはずなんだけどなぁ」
「メガネしてる時点で説得力ないよ、あんた」
「あはは……」
ふつうに考えたらこうなることくらいわかるだろ、おい。
オレたちの視力は【宝石】――※〈宝石〉ではない――のおかげで常人のそれとは比較にならないほどに練磨されている。微量なりとも、光さえ通っていればほぼ確実に捉えられる。
数値だけ見れば1億と0.9億の間には1000万ものちがいがある。しかし比で考えるなら10対9でしかない。その上、異様なまでに光を反射しているせいで輪郭がぼやけてしまっている。少なくとも、遠目で判別するのはなかなかに難しいだろう。
「〈宝石〉は大きければ大きいほど価値がある。赤い〈牡丹〉よりも青い〈瑠璃〉のほうが価値が高い。これがわかったことは大きいね。万が一他クラスと取り合いになったとしても、柔軟に対応できそうだし」
蓮杜が〈牡丹〉を教卓に戻したとき、ポイントは再度、4.9億にもどった。
また、すでにAを除く全クラスが同率最下位となっていた。それが意味するところは、もはや言うまでもない。
「でもさぁ。〈宝石〉が教卓に置かれてる間、他クラスの生徒がトビラを開けられないのかどうかなんて調べようがなくなぁ~い? 結局、それがわかんないと遊華ちゃんの作戦って実行できないと思うんですケド」
「それについては私にお任せください。みなさん、少しだけお待ちいただけますでしょうか?」
そんなふうに語るや否や、桜香は手ぶらで教室を後にした。
「ん? なにするつもりなんだろ、桜香ちゃん」
星羅も、桜香が今から何をするのか――何をしでかすのか、と言ったほうがいいかもしれない――予想できないでいるらしい。まあ……一応は清楚な見た目をしている。無理もないか。
桜香は次期党首ではないが、それでもれっきとした瑠璃家の一員。いまからやらかすこと? もはやひとつしか思い浮かばない。
「はははははぁ……」
遊華は苦笑いとともに声を漏らしていた。彼女もまた、次なる事態を察してしまったらしい。
桜香はすぐに戻ってきた。だが、戻ってきた人間は桜香ひとりではなかった。




