89.
恋をして心根を変える愚か者がいるな。お前のことだ。
恋をして媚び諂う愚か者がいるな。これも、お前のことだ。
なあ。今の気分は、どうだ?
無様に心根を変えた甲斐はあったか?
惨めに媚び諂った甲斐はあったか?
……きっとお前は何ひとつ、憶えていないのだろう。
俺の重ねたありとあらゆる過ちは、すべて、お前が体現するようにできている。
悲観も、絶望も、慟哭も、諦念も、すべて、お前が体現するようにできている。
とはいえ伝わるとは思っちゃいない。安心してくれ。
おおかた、『俺はお前とはちがう』なんて思っているんだろう?
安心してくれ。どうせ同じ道を進むことになる。
無限の後悔を積み重ねた先にたどり着く場所があるのなら、それは、俺だということになる。
お前は、ここへ来るべき存在ではない。
その人は、目が合うたびにやさしく微笑んでくれた。
会うたびに明るく話しかけてくれた。
けれど黄昏の風の中では、そっと肩を委ねてくれたりもした。
――色も、音も、香りも、味も、ぬくもりも。
ひとつひとつが世界の雑音をゆっくりと、されど妥協を許すことなく遠ざけてゆく。
まるでこの世界から俺たちだけが零れ落ちてしまったかのような、静かな錯覚。
愛おしさは、容赦なく心を支配していった。
生命は誰しも愚かなものだ。
過去の経験に学びながらなお、同じ過ちを繰り返す。
失ったあとでなければ、その尊さすら見出せない。
浮かれて、後悔して、絶望して、惰性のままに生きる。
……なんとまあ、醜い生き物だろう。
お前は愚かだが、俺も愚かだった。
オレは本当に愚かだったんだ。
あんなことになってしまう前に、その想いを打ち明けてはならないと気づくべきだった。
こんなことになってしまう前に、早くこの想いを打ち明けるべきだった。
もしこれが運命だというのなら、従うほかないのか。
なりふり構わず抗ったところで、道を切り開くことなどできるのだろうか。
彼女の頬の温もりが零れ落ちてから、永遠が凝縮したかのような刹那――
――その隕石は落ちた。




