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6話 崖と空を翔る巨獣

どうやら私は、知らぬ間に

何かの背に乗せられたまま移動している最中だったらしい。


ゆっくりと瞼を開く。

眩しい朝日に、思わず目を細めた。


「お目覚めになりましたか、姫」


聞き慣れたクオンの声。

私の隣に並ぶように座り、静かにこちらを見ている。


眼下には、豆粒ほどの滝。

どれほどの高さまで来たのか、思考が追いつかない。


私を乗せた巨体は、雲へ向かうかのように

易々と断崖を踏み越えていく。

ズシン、ズシンと地鳴りが腹の底に響いた。


「……これは、一体」


「巨大化したルカです」


顔をのけぞらせて見上げる。

巨大な獣の頭上で、お師匠様とジゲンが並び、

何かを静かに語らっていた。


「もしかして……

 私以外は、一晩中起きていたのですか?」


「無論です。

 あの滝には食糧も無く、

 呑気に夜を明かすわけには参りません」


淡々とした言葉が、胸に小さく刺さる。


見れば私の身体は、昨夜の神事装束のまま、

ルカの柔らかな毛に深く沈み、

落ちぬよう支えられていた。


「……私の衣は?」


「あちらに」


視線を向ける。


ルカの尻尾と思しき先に、

私の姫衣が、降伏の旗のように無残になびいている。


(私の……衣が――!?)


「申し訳ありません。

 汚れては今後の障りになると案じ、

 手洗いの上、風に当てて乾かしております」


「そ、そう……

 さすがね、クオン……」


動揺を押し隠し、私は咳払いをした。


「でも……

 なぜルカは、ここまで巨大化しているの?」


「鬼なので」


「えっ、鬼??」


「はい」


それ以上、説明はない。


「……そう」


全てクオン任せでは姫としての品格が危うい。

まずは降りる前に、必ず着替えねば……。


ズシン、ズシンと進んでいた、その時――


足場が崩れた。


ルカの体が、大きく傾く。


「あッ!

 ごめんね――っ!

 ちょっと、落ちるかも!」


可愛らしい声。

だが今は、山を揺らす地鳴りだった。


「え……?」


反り立つ断崖。

巨大な体が宙へと浮いた。


私は反射的にクオンへしがみつき、悲鳴を上げる。


その瞬間。


「ルカッ!

 ――私と戯れるのとでは訳が違うぞ!」


頭上から怒声。


次の瞬間、

ジゲンの髪が木のツタのように伸び、

巨体を易々と絡め取り、支え止めた。


「ご、ごめんなさーいっ!」


低く唸るようにルカが謝り、

体勢を立て直す。


ジゲンは、それ以上叱らなかった。


――あ。


胸の奥で、言葉にならない違和感が弾ける。


(……半身を、分けた……)


昨夜の言葉が蘇る。


(……ジゲンも、鬼なの……?)


喉まで出かかった疑問は、驚愕に飲まれ、声にならない。


クオンは刀を顔の横に立て、

目を閉じたまま沈黙していた。


その時。


谷を渡る風が、唐突に止む。


ざわり、と空気が沈む。


「……あれを見ろ」


お師匠様の低い声。


私は反射的に空を仰いだ。


雲を割り、巨大な影が旋回している。

翼を広げれば、山一つを覆い隠せるほどの巨体。

獣と鳥を繋いだような異形。


――グリフォン。


その名だけで、本能が警鐘を鳴らす。

近づいてはならない。


「もし、あれに襲われたら……」


お師匠様は淡々と言う。


「兵が千いようが無意味だ。

 息をする間もなく散る」


私は唾を呑んだ。


――それでも。

クオンなら、あるいは。


そう思い、全幅の信頼を寄せる従者へ視線を向けた。


「飛ぶ相手は……」


クオンは一瞬考え、

肩をわずかに震わせ――

何も言わず口を閉ざした。


それが答えだった。


「……近づかれぬようにいたしましょう!

 ルカ、静かによ。どうか、静かに……!」


「……はーいっ!!」


晴天に、やけに元気な声が響く。


「……静かに……!

 頼むから、音を立てないように――!」


だがルカは、まるで気にも留めぬまま、

ズシン、ズシンと大きな音を立てて崖を登り続けていた。



やがて何事もなく天を駆け抜け、

お師匠様が呟いた。


「――見えた」

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