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3話 萌える華

すべての魔物と呼ばれる異形を滅ぼし終え、

クオンはわずかに息を整えながら、呟いた。


「かたがつきました」


その声音には、達成感よりも、

ほんの僅かな疲労が滲んでいた。


「治した直後、血を吐いてただろ。

 病み上がりのくせに、軽く言うなよ……」


一拍。


「……なぜ、そこまで強くなった?」


「姫のために――鍛えましたから」


「はは。あのまぬけが、見違えたな。

 クオンには他の魔法でも覚えさせてみるか」


「魔法……陰陽術の一種ですか?」

私が問うと、答えが返る


「陰陽術ではないッ!」


咎めるような断言。


「魔法とは――クオンに教えた、

(かげ)()(じゅつ)”――あれが、基礎になる(ことわり)だ」


私もクオンも顔を見合わせ、二人で首を傾げる。

あれを陰陽術ではないと言われたのは、初めてだった。


「……平安貴族の令嬢どもめ……!」


頭を抱えるお師匠様。

知らない言葉が多い。

きっと、この世界の言葉や文化を深く見知っているのだろう。


「クオンは貴族ではないですよ?」


「……そうだったな」


「お師匠様の名も教えてほしいのです」


晴明(セイメイ)とでも呼んでくれ。まぁ偽名だけどな」


全く覚えがないけれど、

どこかで聞いたような気がした。


疑念が声になって零れる。


「あれ……この口元……。どこかで見覚えが……」


セイメイ様は慌てて、半面から露出する唇を着物で隠した。


「見るな!

 世の中、知らない方が良い事も山ほどあるんだよ」


「叶うなら、わたくしは全てを知りたいのですが……」


「多くは知りすぎないことだ。俺は後悔してる」


「後悔? 何にでしょうか」


お師匠様の声が、一際低く落ちた。


「――解が欲しいか?」


「はい」


セイメイ様は手のひらに、

淡く青色に光る粒ほどの火が灯る。


腰を落とすと、その火は花に触れ、

円を描き、瞬く間に燃え広がった。


幻想的な青紫の花畑は色を失い、

煙とともに空へ舞い上がる。


あまりの光景に耐え切れず、

私はとっさに目を閉じ、胸を押さえた。


「酷い……なぜ……?」


お師匠様は、

すべての花が燃え尽きるまで、目を閉ざさなかったようだ。


黒い花畑が、静寂の夜に広がる。


立ち上がり、背を向けたまま、低く呟く。


「――これが、後悔だ」


「え?」


「願いを叶えた……夢の果ての景色さ」


私は目を丸くし、

震える両手で唇を覆い、言葉に息を呑む。


――止めることが、できたはずなのに。


この結末を招いたのは――

解を求めた私自身の欲に他ならなかった。


私とクオンに向き合い、最後の一凛を見せる。

それは、焔が花に絡みつくように、淡く光を放っていた。


「だが、時には胸に刻むべきだ。

 この華の名は――“シオン”」


焼かれ、開いてゆく花に手を伸ばすも、

つぼみは燃え、花びらは夜空へ散る。


一片が、クオンの足元へひらりと落ち、

そよ風と共に、夜の果てへと消えていった。


お師匠様は、きっと詩人なのね……素敵よ。


でも。

お花を燃やしたのは――絶対に許せないわ……!!


静寂が包む中、

焦げた紫苑の花びらを、従者が拾い上げた。


風が強く吹き抜け、クオンは静かに呟く。


「私は、命を尊ぶものを悲しませる選択はいたしません。

 世を照らすために民草を燃やすというなら――

 この身を薪とし、明日を照らしましょう」


普段と違うクオンの声音に、息を呑む。


お師匠様の表情が、わずかに変わった。

従者のクオンが己の考えを述べ、しかも異を唱える。


――それは、初めてのことだった。


「馬鹿な考えはよせ」


低く、鋭い声。


「自分が燃える覚悟だと?

 それは“覚悟”じゃねぇ。ただの自滅だ」


だが、クオンの耳に言葉は届かない。


「―陽世(ヨウセー)の術―」


ささやくような言葉と同時に、

抜き放たれた刃が、日の出の如く淡く煌めいた。


白金の光が、夜を裂く。


一瞬、闇が消えたかと思う。

月でも、火でもない。

柔らかく――それでいて、生き物のように脈打つ光。


クオンが、刃を構えている。


その姿を見た途端、胸の奥がざわめいた。

懐かしさとも、畏れともつかない感情。


――違う。

私の知る陽の術ではない。


喉が、ひくりと鳴る。


これは……なに……?


光は、ただ闇を払うのではなかった。

空気そのものを押し広げ、

世界に「在るべき形」を思い出させるように。


「――知ることを、恐れてはなりません。

 私は、どこまでも傍におります。


 行く末が、どのような道であろうと、

 ――闇夜を裂く灯となり、照らし続けましょう」


クオンの声が届く。

けれど、その響きは、いつもより深く、遠い。


まるで――

私の記憶の底から、呼びかけられているようで。


胸が、締めつけられる。


――母上……?


口には出さない。

だが、その面影が、確かに重なった。


神々しい。

そう感じたことに、遅れて気づく。


それは、従者を見る目ではない。

人が、人ならざるものを前にした時の感覚だ。


一歩、踏み出しかけ――

私は、はっと我に返る。


「……クオン。刀を、納めなさい」


光は――儚げに鞘へ沈む。


「ばかたれめ!!」


お師匠様の怒声が、夜に響いた。


「寿命を無駄に使いやがって!」


「ここぞ、という時にしか使いません」


「今が“ここぞ”なのか!?」


短い沈黙。


「……姫の忠心として、義を通さねばなりません」


私は深く息を吐き、

柔らかく、しかしきっぱりと告げた。


「クオンの気持ちは、ありがたく受け取っておくわ。

 でも――二度としないで」


「……はい」


「……今の光で、魔物を呼び寄せたかもしれん」


お師匠様は周囲を見渡し、顎で示す。


「まずは、あの渓谷の滝へ向かうぞ」


森が茂っている。

狼や狐が出るかもしれない。


馬は――

ないのでしょうか。

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