2話 神楽と剣術
見たことのない怪物に驚きながらも、
クオンは冷静に、これまでの妖鬼退治で培った技を振るった。
「宵星流 玖式 桜霞一閃」
聞き慣れない言葉が、夜気を裂く。
次の瞬間、刀が弧を描いた。
青白い光が刃を伝い、迫りくる巨体を一閃で両断する。
一体、二体と崩れ落ち、黒い霧となって消えていった。
だが、視界の端まで、ゴブリンと呼ばれるケダモノがわらわらと湧き出す。
「ゴブリンはともかく、巨体のオークは厄介だ。
少なくとも、力ある者たちが数人がかりでも倒すのは難しい」
お師匠様のそんな助言が終わるより先に、
その“厄介”なはずの首が、あっさりと地に落ちた。
「ば、ばかなッ……!?」「凄い……いつの間に……」
何が起きたのか、理解が追いつかない。
ただ、クオンの動きだけが、やけに迷いなく映った。
お師匠様は、クオンが幼い頃の実力しか知らないのだろう。
あの頃から、彼女は血の滲む鍛錬を毎晩続けていたのだ。
それにしても、
私が知る彼女とは別人と思えるほどの成長を果たしていた。
「剣術の“型”を学んだからです」
型とは何か、どれほどの価値があるのか――
考えようとすると、頭の奥がざらついた。
「ほう?」
「指導を付けたのは、よほどの達人だったんだな」
クオンは何も言わず目を伏せた。
「あの、わたくしはお師匠様の戦っている姿も見てみたいのです」
「――え!? いや……俺が前に出るような相手じゃない」
私は思わず疑問を口にした。
「……どういう意味ですか?」
「師匠は――」
クオンがそう言いかけて、
お師匠様が手で制した。
それ以上は言うな、と。
クオンは即座に黙した。
「戦いはな、同じ強さじゃないと起こらねぇんだよ」
その瞬間、草木の間からゴブリンの群れが飛び出した。
考えるより先に、体が動く。
私は衣を翻し、鈴の音を夜空に響かせた。
小刀を握り、祈りを込めて舞う。
――鬼封神楽、邪鬼封殺の舞。
鬼退治の末裔――桜塚家に伝わる神楽演武。
忘れるはずがない。
これは、私が幼い頃から里で踊り続けた舞。
――亡き母上から託された、大切な神楽なのだから。
火に焼かれた“あの夜”より前の記憶は、
こうして今も、はっきりと私の中に残っている。
「どうか、この迷える者たちが安らかに逝けますように」
手を振るうたび、
ゴブリンと呼ばれる者たちの動きが止まる。
まるで息を奪われたかのように、
身体が硬直していく。
一閃。
小刀が通った瞬間、影は音もなく崩れ、
また一体、闇の中へと消えていった。
鈴の音が宵の風を巻き込み、夜気を切り裂く。
その間に、クオンが動く。
「宵星流 伍式 牡紅焔華」
再び、聞き慣れない名が響いた。
ただ、踏み込みの速さと、
炎が交差する刃の軌道が、はっきりと目に焼きついた。
鈍った隙を逃さず、
巨体のオークが崩れ落ちる。
――私の動きが、
クオンと練習した神楽演武のように、妙にかみ合っているのが分かる。
思い出そうとすると、胸の奥がひやりと凍てつく。
だから、考えない。
ただ、舞い続けた。
裂かれる感触に、腕が震える。
それでも、手は止まらなかった。
やがて、
最後の魔物が闇に溶け、夜が静まり返る。
お師匠様の、息を飲むような呟きが聞こえた。
「……すげぇな、こりゃ」
ほんの少し自信げに問う。
「これ以上、どうやって強くなるのですか?」
「確かにクオンの剣術は、
これ以上どこまで伸びるのか、俺には分からん」
その言葉を受け、
私は誇らしげに従者を見据えて微笑んだ。
「だが、ナタレ姫の神楽は――
まだまだ伸びしろしかねぇぞ」
扇を構えた肩が、小さく震えた。
「平安の世へ至るまでに一歳の間、
死ぬほど鍛え上げてやる。覚悟しろ」
言葉を発さず、
感謝を込めて、深く一礼する。
なぜ、鍛える必要があるのかは分からない。
けれど――
ここで立ち止まってはいけない。
そんな確信だけが、胸に残っていた。




